六ノ野崇志【1】
(1)
本日は快晴。実にお出かけ日和だ。
俺は普段買い物に出歩くことなんてほとんどないが、新しくできたショッピングモールが何となく気になって1人で出かけてみることにした。
「崇志様、本当にお一人で行かれるのですか?護衛は付けなくともよろしいのですか?」
俺の世話係が心配そうに確認してくる。
「そういうの、いつもいいって言ってんじゃん。俺だって一般ピーポーよ?」
「一般…とは、言えないと思うのですが…」
「ただの中学生。たまには1人を満喫させてくれよ。」
そう、俺の家は超がつくほどの大金持ちだ。おそらく、世界の富豪番付みたいなやつの上位に食い込んでいる。何だってそんな金持ちなのかはよく分からないし興味も無いけど、誘拐などを恐れて皆が1人で歩かせることを嫌がる。金があるのは便利だが、こういうところは結構煩わしくて面倒臭い。
「せめて、送迎くらいはいかがですか。」
世話係が提案してくる。うーん、それくらいならいいか。どうせ学校も送迎してもらってるんだし。
「分かった、じゃあそこだけ頼むよ。」
俺が頷くと、世話係は納得したようだ。ふう、出かけるのも一苦労だ。
ショッピングモールは、出来たばかりのせいか沢山の人で賑わっている。何か危険を感じたらすぐに、と渡されたGPS機能付きの防犯ブザーがポケットの中に納まっている。何かなんて、無いって…
早速店を徘徊するが、男物を扱う店はやっぱり少ないな…女の人の方が身なりを気にするからだろうな。一通り店を見て回ると、すでに昼飯の時間に差し掛かっていた。そんなわけで、フードコートに行ってみることにする。
フードコートも人でいっぱいだ。そんな中、俺の謎のセンサーが反応する。
ここ…小堀がいる…!!
もちろんただのカンだ。しかし、このカンが外れたことはこれまで一度もない。
じっくりとフードコートの端から端まで見渡すと…見つけた!小堀の後頭部!!
見つけるや否や俺は小堀の方へ突進して行った。
が。
向かい合わせに座っている人間が…
男?
男??
男???
は?マジか小堀。
「やー、小堀!」
相手が男とか知るか。俺は、小堀の頭を後ろからポフポフと叩いた。くるっと彼女が振り向くと同時に、怪訝な表情になる。
「…嘘でしょ?なんでこんなところに六ノ野がいるの?」
小堀の向かいにいる少年はポカンとしてる。よく見ると幼い。しかも顔立ちが小堀に似ている。兄弟か?
「俺だって新しいお店に興味あるもの。たまたまだよ。」
「遭遇率が高くて、キモい…ああ、久人。」
小堀は一度向かいの少年に声をかける。
「こいつは同じ学校に通ってる六ノ野崇志。六ノ野、この子は私の弟の久人。」
彼女は交互に紹介した。やっぱ弟だったか。そりゃ俺を差し置いて、他の男とデートとかあり得ないもんな。
「初めまして。姉がお世話になっています。」
久人くんはにっこりと笑うと俺に挨拶をしてきた。しっかりした弟君だな。それに、小堀に似て美形だ。
「初めまして。俺は将来君のお兄さんになる予定の男だよ!」
「ならねーよ、適当なこと言うな。」
すかさず小堀が突っ込んでくる。その向こう側で、一瞬弟君の表情が曇るのが見えた。ん?キモかったか?
「ねー、お昼一緒に食べていい?」
俺は2人に問う。
「やだよ、今日くらい兄弟水入らずにさせてよ。」
「いいじゃない、姉ちゃん。僕、六ノ野さんと仲良くなりたいな。」
断ろうとする姉を、久人くんが制止する。小堀は「久人が良いなら…」としぶしぶ受け入れてくれた。
?何だろう。この弟、きな臭いぞ?
(2)
3人でのランチはなかなか盛り上がった。久人くんが小学5年生だということ、俺と小堀が小学校からの付き合いであること、フードコートに並ぶお店についてなど話は尽きない。
が、話しているうちに俺は久人くんの右手の薬指、小指が欠損していることに気がついた。失礼かもしれないが、つい目がそこに行ってしまう。久人くんも俺の視線に勘付いたようだ。
「…ああ、これ。気になりますよね。これは僕が覚えてないような小さな頃に、姉にもがれたらしいです。」
驚くことに、久人くんは笑顔であっさりとそう教えてくれた。
「久人…!」
小堀は眉をひそめる。が、久人くんは話を止めない。
「姉は子供の頃、力の制御ができなかったんです。だから遊び半分で僕の指をブチッと…」
「久人!」
今度は小堀ははっきりと久人くんに怒りをぶつけた。
「…でも、こんなことがあったから僕らはまだ家族で居られるんです。そうでもなければ、とっくにバラバラだった。」
久人くんの最後の言葉に、小堀の怒気が引いていく。
長い付き合いの中、小堀に一度だけ聞いたことがある。小堀の母親は2回離婚しているらしい。そして、今は3回目の結婚生活をしているとか。確かに、彼の怪我がなければ兄弟は今もこうして会っていなかったかもしれない。
「…ごめん、私ちょっとトイレ…」
居た堪れなくなったのか、小堀が立ち上がった。
フードコートには、俺と久人くんが向かい合わせで残された。
「…お前、姉ちゃんの何だよ?」
急に久人くんの声色と口調が変わる。
「何って…同学年同士だけど?」
「姉ちゃんに付きまとってんだろ?変態ストーカーが。」
おやおや、随分と口の悪いこと。
「何が将来俺の兄になるだよ。気色悪いこと抜かすんじゃねえよ。」
なるほど、こっちが本性ってわけね。演技が上手だな。
「俺は本気で言ってるけど?問題でも?」
「あるに決まってるだろ、クソメガネ。姉ちゃんはな、俺と結婚するって決まってるんだよ!」
久人くんのとんでも発言に、俺は目を丸くした。
「君らね、血の繋がった兄弟でしょ?結婚できないんだよ?」
「お前バカだな。籍を入れるだけが結婚じゃない。内縁の妻って便利な言葉知らないの?」
久人くんがせせら笑う。まさか小5から内縁の妻って言葉が出てくるとは思わなんだ。
「こうやって、右手を見せておけば姉ちゃんは俺に逆らえない。姉ちゃんは永遠に俺のもんだ。」
ニヤニヤとする久人くんの様子に、俺はピンときた。
彼はわざわざ小堀に右手を見せてるんだな。小堀の罪悪感につけ込んで、いいように丸め込んでると。でも、普段の生活ではどうなんだろう?もしかして…
「久人くん、本当は義指持ってるんじゃないの?」
俺の言葉に久人くんは軽くのけぞる。どうやら図星だったみたいだ。
呆れた俺は大袈裟なくらいのため息をついた。
「それをお姉ちゃんに会う時だけ、わざわざ外してるってわけ?」
「…たまたま忘れただけだよ。」
久人くんは流石に罰が悪そうに目をそらせた。
「ふうん、たまたまねえ。きっと小堀と会うときは毎度たまたま忘れてるんだろうね。」
「う、うるせえな。」
余裕たっぷりだった久人くんは、途端に俺の手によって窮地に立たされたわけだ。
「んまー…お姉ちゃんには言わないであげるよ。でも、そう言うのってさ」
小堀は帰ってきてないが、俺は席をたった。
「クソほど卑怯だよ。」
吐き捨てるように彼に言うと、俺はフードコートを後にした。
その後、小堀と久人くんがどんな会話をしたのかは分からない。久人くんはきっといつも通り可愛い弟を演じ続けたのだろう。そして、小堀は久人くんを可愛い弟と信じきっている。まさか、自分を女として見ていることなんかこれっぽっちも気が付かずに。
しかし、小堀は俺が思っていたより色んな人間に好意を持たれていることは分かった。多分、以前教室まで来た高等部の生徒も、小堀に心を寄せてる。小堀は気付いてないが、そういう表情をしていた。ゴミ当番の話なんか嘘っぱちだ。
この先、小堀の隣を勝ち取るのは難航しそうだが、まあ俺ならいけるでしょ。
(3)
実は俺は、小堀がどんな施設に入っていて、何をしているのかを知っている。知ったのはごく最近のことだが、金に物言わせて散々調べたんだ。突然やってきた転校生のカタンもおそらく同じ施設にいる。コソコソ話が多いのもそのせいだな。
親父が気にしないのをいいことに、俺は六ノ野家専属の情報屋やら探偵やらを好き勝手使っていた。しかし、俺の家も得体が知れない。金持ちだからって情報屋やら探偵が要るか?…まあ、どうでもいいけど。俺が妙に肝が座っているのも恐ろしく行動力があるのも、こんな謎の多い家の血筋なのかもしれない。だからこそ思うのか、情報屋に頼るばかりでなく俺が直々に小堀のことを調べる必要性を感じるようになってきた。
そんな矢先、小堀とカタンが揃って数日休みを取るという情報を隣のクラスの友人から得た。
「どうしたんだろうね?2人揃って。」
俺がとぼけて、その友人に聞いてみる。
「さー、分かんないけど。あの2人にはあんまり関わんないのが、暗黙のルールだからなあ。」
友人と2人、煎餅をポリポリと食べながら教室のベランダで日向ぼっこをする。
「ああ、でも。なんか、『色々とありまして』って言ってたな。それで納得しちゃう先生も先生だけど。」
彼の言葉に、ピンと来た。『色々とありまして』てのは、先生に仕事を伝えるための合言葉ってやつだな。
「さんきゅ、煎餅あげるよ。」
「おー、ありがと。じゃ、またな。」
情報のお礼になるか分からないけど、俺は煎餅を全部彼に渡して教室に戻った。こんなチャンスはない。
すぐさま、教室の担任に駆け寄った。
「先生、来週の月曜から水曜まで休みます。父の出張に着いて行くことになりまして。」
うちの学校は特殊だ。
お金持ちか、シセツの子しかいない。みんなシセツというものの存在自体は何となく知っているが、その中で何が行われているかは知らない。知らなくて当然だ。国が隠蔽する機密事項なんだから。とことん調べているのは俺くらいだろう。
しかし、俺だってシセツが何をしているのか初めて知った時は震えた。
まさか特殊能力を持つ子供を集めて、兵器に仕立てていたなんて。小堀もその1人だと分かり、こんな俺でも胸が痛んだ。
シセツの子供たちは指定された学校にしか通えない。高等部まで用意しているのはシセツの温情というもんだろう。教員はもちろん事情を知っている。シセツの関係者ではないが、合言葉などで生徒が仕事に出ることを理解していて、それ以上決して問い詰めない。休みが多いことも黙認していて、学校ぐるみでシセツに全面的に協力しているんだ。
そして、富豪の家に生まれた子供にとっては、シセツの子が最強の鉄壁になる。これが、この学校に金持ちかシセツの子供しかいない理由だ。
俺の親は俺にさして関心がない。とりあえず、俺が家を継いでくれさえすれば良いという考えだ。親がそんな姿勢なもんだから、俺も遠慮なく好き勝手金を使わせてもらっている。ラクなもんだね。
早速、情報屋に連絡して小堀とカタンの行く先を調べてもらう。この情報屋もどうやって調べているのかは全く分からないが、腕は確かだ。
自室のパソコンから通知音がなる。
「坊ちゃん、千葉ですね。」
早速、チャットに連絡が来た。
「いつもありがとう。また、振り込んでおくよ。」
そう返信をして、すぐにチャットを閉じた。
シセツの人間はほとんど公共交通手段を使わない。
物分かりのいい運転手を探さなきゃな。
(4)
「崇志様、お一人でご旅行ですか?誰も付けずに、大丈夫ですか?」
俺が1人で旅行、と聞いて世話係が呼んでもないのに部屋に来た。彼女は相変わらず心配性だ。
「大丈夫だよーん、父さんもOK出してるし。」
父さんは俺の頼みにNOを出すことはほとんど無い。何でも二つ返事だ。
「それに、運転手を頼んだ人が護衛のスペシャリストみたい。まー、何とかなるでしょ。」
世話係を安心させるため、追加の情報を出した。両親よりもこの人の方がよっぽど親らしい。
「でも…」
「あーもう、決めたんだから行くの。俺、千葉の海沿いで遊びたーい。たまには1人になりたーい。」
「そうですか…」
世話係はしょんぼりとしてしまった。うーん、悲しませたいわけじゃないんだけどなあ。
「美味しいお土産買ってくるからさ、期待しててよ。」
お土産と聞いて、少しだけ世話係の表情が和らぐ。
「一緒に食べようね。」
「はい、分かりました。くれぐれもお気をつけて。」
やっと納得してくれた。やはり女の子は笑顔に限るな。
出発の朝、頼んでいた運転手が家の前に車を付けてくれた。
「崇志様、お気をつけていってらっしゃいませ。」
見送りに来てくれたのは世話係だけだった。ま、別に良いけどね。
「2泊3日だから、すぐ帰ってくるよ。じゃ、楽しんでくるね。」
そう言いながら、彼女に手を振ると車に乗り込む。
「よろしくお願いします。」
まずは、運転手に挨拶。彼はこちらを見て、会釈をした。
「◯◯線まで行って。千葉に行くなら必ず通る道だから。」
「かしこまりました。」
もちろんこの運転手は事情を知っている。尾行もかなり慣れているそうだ。
早速、車を指示したあたりまで移動してくれた。
通り過ぎる車を観察し、しばらく様子を見る。
「…あの車ですね。」
運転手は一台のワンボックスカーを見て、アクセルを踏んだ。
「何で分かったん?」
興味本位で俺が尋ねると、
「金髪の少女が運転していました。間違いなく本来運転できる年頃ではないです。」
と運転しながら答えを返してきた。
ああ、カタンが運転してるんだ…すごいな、シセツ。まだ14歳の女の子が運転できるなんて。何でもありじゃないか。思わず笑ってしまった。
「メチャクチャですね。驚きました。」
運転手もそう言ってわずかに笑った。
「さあ、楽しい尾行の旅の始まりだぁ」
俺はこの時、ワクワクしていた。小堀の裏側に触れられることに。学校では見られない彼女の姿を見れることに。
この旅が、小堀と俺の間に大きな溝を作ってしまうことも知らないまま。
はい!珍しい人が軸になって動いています。ひょうきん者の彼が、実は何考えて行動しているか見える一話になっておりますので、よろしくお願いします。




