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シセツの子供たち  作者: 幻覚猫


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10/12

小堀純【9】

(1)


それから2ヶ月。私と織子に見守られながら、カタンは訓練を続けていた。射撃の筋はかなりいい。体術も自身を守る程度にまで上達してきている。しかし、問題もあった。圧倒的なスタミナ不足だ。10年間、ろくに運動もせず過ごしてきたわけだから、これを取り返すのは困難だった。このままでは現場に立つことはできない。

カタン自身もそれを自覚していて、時に悔しさに涙したり途方に暮れていた。

「…ねえ、カタン。」

ある日の訓練中、私は疲れ果てた様子のカタンに声をかけた。

「カタンは、もしかしたらオフィスに配属してもらった方が良いかもしれない。カタンは頭が良いし、その方が上手くいくかもしれないよ。」

前々から感じていたことだ。

シセツに入ったからといって、全員が戦闘員になるわけではない。もちろん、戦いに不向きな人材だって多くいる。そんな人は、研究員になったり、病院で働いたり、オフィス業務などに配属されるのだ。

戦闘員だから良い、などと言うことは一切なく、デスクワークだって立派な仕事だ。私からすれば、むしろ手を汚さずに済むそちらの仕事のほうがよっぽど良いと思う。

私の提案にカタンはうつむく。

まあ、これまで努力してきたのに簡単には受け入れられないだろう。

「仕事は別になっちゃうけど、一緒に暮らすことはできるし…」

「やだ。」

私の言葉を遮って、カタンが強く否定する。

「私は、純ちゃんや織子ちゃんと一緒に居たいの。もっと頑張るから。」

「これまでだって頑張ってきたじゃん。それで難しいの分かるでしょ?」

「絶対、一緒の景色を見たいの!」

カタンがキッとした目で私を見る。

同じ景色って…地獄みたいな光景を見たいって話?

「…全然、気持ち良い景色じゃないよ?」

「そんなことは知ってるよ。」

少し不貞腐れたように、カタンは目をそらす。

「たくさん人が死んでるんでしょう?これまでの二人の様子から分かる。その地獄みたいな景色をさ、分け合いたいの。」

それから再度、私を見つめた。

「きっと、辛い気持ちも三人で分け合えるよ。」

そんなことを、考えてたのか。やっぱりカタンは優しい。

でも、それとこれとは話が別。カタンを現場に出したら、そんなに長く生き残ることはできない。

「私は、園江さんにカタンを事務系にしてほしいと伝えるから。」

私はキッパリと言い放った。

それを聞いたカタンの表情が、くしゃっと歪む。

「純ちゃんのバカ!分からずや!」

「それはお互い様でしょ。園江さんの判断に委ねます。」

分かりやすくプリプリと怒っているカタンを背に、私は訓練場を後にした。


私はその足で、そのまま園江さんのいる支部長室に向かった。

こう言うことは、早く進めた方がいい。もたもたしてると、私まで判断が鈍るから。

支部長室のドアをノックすると、園江さんの返事が聞こえた。私はドアを開く。

「園江さん、今大丈夫ですか?」

「ああ、小堀か。どうしたんだ?」

園江さんはちょうどコーヒーを飲みながら休憩しているところだった。私は園江さんのデスクの前まで歩み寄った。

「カタンのことで、相談があります。」

「カタンか。毎日訓練を頑張っているようだな。通学しながらよくやっている。」

園江さんの言葉に、軽く胸が痛む。

確かにカタンは、私や織子と学校に通いながら、帰宅すればすぐに訓練に取り組んでいた。彼女が努力していることは、私だって分かっているんだ。

「カタンの様子を見て、だいぶ経ちますが…率直に言うと彼女は戦いに向きません。事務系へ配属することをお勧めします。」

私は無駄を極限まで省いた報告をした。

園江さんはそんな私の顔をマジマジと見て、微笑んだ。

「どうしてそう思うんだ?」

どうしてって、え?園江さんもカタンの様子は度々見ていた。細かい説明が必要なの?私は少しうろたえつつ、

「スタミナがありません。10年間閉じ込められていたブランクがあるからだと思います。この先彼女が努力を重ねても、巻き返せる見込みがないからです。」

と、自分なりの解答をした。

「カタン本人は、事務を希望しているのか?」

「…それは…」

園江さんが追い討ちを掛けるように問いかけてくるので、私は言葉に詰まった。

「その様子だと、カタンの希望ではないようだな。小堀、お前自身の私情ではないのか?」

私情。そうなのだろうか?私はカタンを見守り、その上で判断したつもりだが。

「自分の意思にカタンを従わせようとしているのならば、それでは彼女の両親とやっていることが同じじゃないか。」

「それは、違います!」

園江さんの指摘に、カッとなってつい大きな声が出てしまった。

「すいません…大声を。…私はただ、これ以上戦力が上がらないなら、カタンが現場で長くもたないと…彼女に長生きして欲しいんです。」

そう、これが本音だ。カタンにあの地獄を見せたくない、穏やかに長生きして欲しい。綺麗なままでいて欲しい。

「小堀、それをな、『私情』と言うんだよ。」

園江さんが、少し低めの声で私に告げる。

確かに。私情だ。くそ…

「それに私は、カタンに体力勝負をさせたいわけではない。あの素晴らしい記憶力、知能。戦場に出ることが兵士の全てではない。頭脳戦ならあの子に敵うものはいないだろう。」

その言葉にハッとした。そうだ。必ずしも前線に出るだけが戦いじゃない。でもどうすれば、カタンの力を活かせる?

「もう一度、よく考えてみなさい。カタンのためにもな。」

園江さんはそう言って、コーヒーを一口飲んだ。

「…はい、ありがとうございます。よく、考えます。」

私は深く一礼をすると、支部長室を後にした。


寮に帰ると、すでにカタンは自室に居るようだった。

どうやら拗ねてる。部屋から全く出てくる気配がない。

これまで努力してきたことを、私に否定されたも同然だからな。仕方ない。それに、彼女のためになんて大義名分を作って、結局は私の私情だったんだ。悪いことをしてしまった。

明日、きちんと謝らないと。


(2)


次の朝、カタンは一言も口を聞いてくれなかった。朝食を食べてる最中も、全く目を合わせようとしない。ずっとムスッとした顔をしてる。ムスッとしたまま洗い物を片付け、ムスッとしたまま朝の支度をする。とても話しかけられる雰囲気ではない。

私はムスッとしたカタンと黙ってスクールバスに乗るしかなかった。

「おはよ。」

すでにバスの中にいた織子が、私たちに声をかけてくる。

「織子ちゃん、おはよう。」

織子に挨拶する瞬間だけ、カタンが笑顔になった。その直後、またムスッとして私から顔を背ける。

「…はよ…」

ここまで徹底されると、ちょっと凹む。私はしょんぼりと織子に挨拶をした。

どう見ても様子が変だと思ったのか、織子は私をカタンを交互に見ている。

「…あんたたち、喧嘩したの?」

そりゃ誰が見たってそう思うよな。私は頭をうなだれた。

「もう純ちゃんなんか、知らないもん!ぺっぺー、だ!」

ぺっぺーの意味が分からないが、とりま怒っていることだけは伝わった。

「はー…なんだか知らないけど、あたしよりオトナなんだから適当にしときなよ?早く仲直りしなね?」

織子にこう言われてはおしまいだ。なんで小学生に説教されてるの私たち。

挿絵(By みてみん)

そんな織子の言葉に聞く耳を持たず、カタンは学校に着くまで一生私から顔を背けていた。


学校に着くと、通例のヤツが来た。

「小堀ー!小堀小堀小堀ー!!おっはよー!!」

はあ。空気が読めない奴が飛び込んでくる。そう、六ノ野だ。

「はよ…」

今日ばかりは面倒臭いので、サクッと返事をする。

「六ノ野くん、おはよう。」

これまた、カタンは六ノ野に挨拶する時だけにこやかだ。それでまた、ムスッと…もう、勘弁してくれないかな。なかなかに意志が強いな。

六ノ野もすぐに様子がおかしい事を察する。そりゃそうだわ。

「…あれ?なんか、カタン怒ってるの?」

「うん!怒ってる!すごくすごく怒ってる!」

六ノ野の問いかけに、カタンはすぐさま答えた。そ、そんなに、怒ってるんだ。とほほ。

カタンの様子に六ノ野はしばらく悩んだ素振りをして、

「今は朝だし無理だけど、飯の時に話聞くわ。じゃ、また!」

とだけ言って自分の教室へと入っていった。

「…また、給食の時来るのかよ…」

私は当たり前のようになってしまっている六ノ野の給食乱入にそうぼやいたが、カタンは無反応だった。これ、いつまで続ける気なんだろう…


給食の時間、私とカタンはいつものように机をくっつけた。相変わらずそっぽを向いているが、それだけは変わらないんだな、と思うと少しだけホッとする。

遅れて宣言通り、六ノ野が登場する。

「へろー、話聞くマンの登場です。」

六ノ野も空いてる机をくっつける。今日に限っては、本当にどうでもいい。

「へろー、六ノ野くん。」

カタンが六ノ野に向かって、ひらひらと手を振る。もう、なんで私以外は普通なんだよ!ちょっと腹が立ってきたぞ。

席に着いた六ノ野は、めずらしく私ではなくカタンをじっと見てる。しばらく、見つめた後、

「喧嘩してるの?」

と、カタンにズバッと聞いた。なんと単刀直入な…

「喧嘩っていうか、私純ちゃんのこと怒ってるの。だからお話ししない。」

六ノ野のズバッとした質問に、カタンもズバッと答えた。幼児の会話か。

「カタンちゃん、それを世の中では喧嘩って言うんだよ。」

「そうなんだ。じゃあ喧嘩だ。」

やっぱり幼児の会話だ。

「でもね、カタン。喧嘩中でも、無視はダメだよ。それは相手の言い分を聞きません、って姿勢だからね。それはズルだよ。」

突然、六ノ野がまともな事を言ったもんだから、私は目を丸くして彼を見た。

「無視って、それは喧嘩の土俵にも立たせないのと一緒だからね。それはイジメと同じだよ。」

さらに、そう付け加える。これにはカタンも目を丸くしている。まさか、この男に倫理観があったとは…

「喧嘩しても、ちゃんと話し合わないと。喋らなかったら仲直りもできないじゃん?」

六ノ野の言葉に、カタンは小さくコクコクとうなずいた。それから即座に私の方を見ると、

「純ちゃんごめん!イジメるつもりは無かったの!」

と、やっと声を発した。それを聞いて、私は心の底から安堵のため息をついた。

「はぁ〜…やっ…と喋ってくれたよぉ〜…いや、ごめんは私の方こそなんだけどさ…」

全身の力が抜けるのを感じる。

「ちゃんとお話しして解決しよう。ね。」

カタンから建設的な意見が出たのはありがたい。私は、チラッと六ノ野を見る。流石にここで話すわけにはいかない。

「うん、家帰ってからね。」

遠回しにここでは話せないという意図をカタンに伝えた。意味が分かったようで、カタンはまたコクコク頷いた。

「…なーんかさ…」

私たちのやり取りを見ていた六ノ野が、不意に声を漏らす。

「二人は秘密を持ちたがりだね?俺の前じゃ絶対話さないことあるよね?」

六ノ野が急に核心をついた事を言ってくる。今日のこいつ鋭すぎじゃないか?

「そうでもないよ。」

直ぐ様私はそう返す。やばい、返しが早すぎたか。逆に不自然か。

「女は秘密を持っているものなのよ。」

突然カタンがどこから仕入れたか分からないセリフを発したため、私は思わず吹き出した。鼻にご飯粒行くかと思った。

「そーかいそーかい、そのうち腹割って話せる日が来るのを祈ってるぜい。」

六ノ野は食べ終わったトレーを持ち上げる。

「そいじゃ、喧嘩解決マンは去る!まったねー」

そう言いながら六ノ野は自分の教室に戻っていった。

いつも傍迷惑な奴だと思っていたけど、今日ばかりは助かった。あいつ、バカだけど、多分本当はバカじゃないんだろうな。やっぱりバカだけど。


(3)


学校から帰った私とカタンは、リビングに正座で向き合っていた。私たちはしばらく見つめ合っていたが、先に頭を下げたのは私の方だった。

「昨日はごめん。カタンの気持ちを無視して、勝手なことして。」

カタンはまだ、黙って私を見ている。朝までの怒りは感じられない。

私はゆっくり頭を起こすと、

「冷静に判断して、それが正しいと思ってた。でも、園江さんに指摘されたんだ。カタンに戦って欲しくない、できるだけ平穏に暮らして欲しいっていう私情だって。」

その時思っていたことを素直に伝えた。すると、カタンは少し困ったような表情で、

「私こそ、不貞腐れてしまってごめんなさい。でも、今の話で純ちゃんが私のことを考えてくれてたのが分かったよ。」

と返す。それから二人はしばらく黙っていた。部屋の窓から夕陽が差し込んでいる。私たちの頬を温かく照らした。

先に沈黙を破ったのは、カタンの方だった。

「でも、これからどうしよう。正直、純ちゃんの言うことももっともだと思うの。私の体力がつくまで、後どれくらいかかるか分からない。みんなの足でまといになるのは、イヤ…」

「それ、それなんだけどね。」

私はカタンにグッと身を寄せる。

「園江さんにアドバイスをもらって。何も戦場に出るだけが戦いじゃないって!カタンはすっごく頭いいでしょ?それを活かせないかって。」

私の言葉にカタンは小首を傾げる。

「それって…私が参謀にでもなるって話?」

「そう!司令塔だよ。カタンが戦いを動かすの。」

「それだったら、確かに体力はいらないね…でも…」

それまで前のめりに話を聞いていたカタンの表情が曇る。

「私だけそんな楽チンなことでいいのかな?」

「楽チンなんかじゃないよ、人を動かすんだよ?それによって負傷者を減らしたり、効率的に任務を終わらせることもできるんだから。」

私は姿勢を戻して、カタンに真剣な眼差しを送る。

「すごく、重要なポジションだよ。」

そう告げても、カタンは微妙な表情だった。彼女のハイレベルな脳内で、様々なシミュレーションをしているのだろう。

「…いずれにしても、私たちだけでは決められない。班長さんも加えて話し合った方がいいよね。」

「分かった、近いうちに田島班長とアポ取るから。」

私たちは改めて見つめ合うと、大きく頷いた。


数日後、3班班長の田島さんと、私とカタンは小さな談話室にいた。

「小堀から概ねの話は聞いている。しかし、カタン…」

カタンを見つめる田島さんの表情は固い。

「本当にそれでいいのか?任務に一度でも携われば、もう本当の家族と暮らすことはできないんだぞ?」

それは田島さんの言う通りだった。任務に参加すれば守秘義務が発生する。元々、シセツに関する情報は何一つ漏らしてはならないが、任務に関わることでそれがより強固なものになるのだ。

私も織子も、もう本当の家で生活することは許されない。それは、現役を離れた後まで続く。

田島さんは、カタンの家族が迎えに来たことがあるのを知っているのだろう。もしかしたら、カタンはまた自宅で生活出来るかもしれないと、配慮しているのだ。

しかし、カタンは凛とした姿勢で、

「問題ありません。私はもう家に帰る気はないです。」

とキッパリと言い放った。カタンの決意が固いのを感じ取ったのか、田島さんは「そうか…」とだけ呟いた。

しばらくの沈黙をおいて、田島さんが再び口を開いた。

「君の能力を確認したい。シミュレーションをしてみよう。」

「はい!」

田島班長の言葉に、カタンの表情が明るくなる。

田島班長は一枚の地図を開いた。そして、一つの建造物を指差す。

「例えば、だ。このビルに敵がいたとする。ビルは3階建てで出入り口は1階の正面2箇所、裏口1箇所、それから各階の非常口から外階段に繋がるドアがある。君ならどのように人を動かす?」

カタンはしばらく地図をじっと見つめた。

建物周辺の道路をマジマジと見て、

「これ、港区〇〇の地図ですよね。」

と呟く。

「すご、よく分かるね。」

私は感心して声を上げた。

「このビルの目の前の道路は交通量が多く、例えば出入り口から逃げたとしても渡る事はまず不可能です。歩道の手前側をトラックなどで封鎖します。そうなると、もし逃げたとしても片側にしか走れません。」

「つまり、どう言うことだ?」

「この細い横道に誘導するようにもう片側の歩道に人を数名置きます。横道に入った先は…袋小路です。ここにも兵を置けば取り逃がしはありません。」

「面白いな、敵が逃げることを前提にしているのか。」

「はい。しかし、出来ることならば建物の中で片付けたいですよね。単純な話ですが、予め非常ドアは開けられないようチェーンなどでロックしておくだけで、脱出ルートはかなり減らせます。残りのドアの前にはそれぞれ数名配置して、後は堂々と正面から突撃すれば問題ないかと。」

「ははは」

不意に田島さんが笑った。

「我々の中ではなかなか出ないアイデアだ。なるほど、君は事前準備で抜かりなく敵を殲滅するタイプなんだな。恐れ入った。」

それから、私の方を見ると、

「これは、面白いことになるぞ小堀。」

とニヤリとする。完全に戦いを楽しんでいる顔だ。

「カタン、でもちょっと動きが目立ちすぎない?」

カタン曰く、この建造物の前は大通りだ。自衛隊と同じトラックを使っているとは言え、私達の制服は異様だし只事ではないことがバレてしまう。

「純ちゃん、変装って知ってる?例えば警備員や救急隊の格好をしていたら、事件か事故か?としか思われないよ。」

まあ、そりゃそうかもだけど…変装して戦ったことなんかないよ。

カタンの言葉に田島さんがまた笑った。

「変装か。それはいいな。しかし…」

ふと真面目な顔になり、

「それはダメだ。他の職務の方の迷惑になりかねない。悪いがこの案は却下だな。」

と、地図を丸め始めた。

それを見て、カタンはしょんぼりとうつむいた。

「あの…私、不採用でしょうか…」

小さく呟くカタンに、

「いや、そんな事はない。君の覚悟は聞いた。それに、今回のシミュレーションは、任務に当たっての決まり事を伝えていなかった。それにしては、十分に考えられていたよ。」

と田島班長はフォローする。

「俺と一緒にもっと勉強をして、近々みんなを導いてほしい。」

その言葉にカタンの表情がパッと明るくなった。

「3班へようこそ。よろしく頼むよ。」

カタンは跳ねるような素振りで私と田島さんを見て、深くお辞儀をした。

こうして無事、カタンは3班に仲間入りすることになった。

でも、本当に…これで良かったんだろうか。


(4)


日曜の朝、私とカタンはいつも通り朝食をとっていた。

あれからカタンは田島さんと何度も勉強会を開き、お互いに様々な戦略を学んだという。田島さんが舌を巻くことも多かったらしく、彼はカタンの優秀さを絶賛していた。やっぱりカタンは頭脳戦が向いている。

人の位置を把握できる織子と、兵を動かす能力に長けたカタンが揃えば、もはや3班は安牌と言えるだろう。

トーストをかじるカタンの顔を見る。相変わらず美味しそうに食べる子だ。思わず微笑んでしまう。可愛らしいだけだった少女の顔は、今や自信に満ちているように見える。

そんな時、カタンに支給されたスマホから着信の音楽が鳴った。

「純ちゃん、ちょっと出るね。」

カタンは一旦トーストを置いて、電話にでた。

「はい、カタンです。…はい…はい…。…えっ?」

突然カタンの顔が凍りつく。

「…分かりました…あの、小堀純にも同席してもらっていいですか?」

カタンの発する言葉に、嫌な予感がする。しばらく話すと、カタンが電話を切った。

「…どうしたの?」

青ざめた表情のカタンに、私が問う。

「純ちゃん、どうしよう。お父さんとお母さんが、迎えに来たって…!」

ああ、やっぱり。私の嫌な予感はあっていたようだ。

しかも、今回は両親揃ってか…

「カタンはどうしたいの?家に帰るのならば最後のチャンスだよ?」

私は努めて冷静に尋ねた。しかし、カタンは激しく首を横に振る。

「いや、もう絶対帰らない!あんな人たちと暮らせない!私はここに居るって決めたの!」

「そう…じゃあ、なんで私を同席させようとしてるの?カタンが揺れた時に引き止めて欲しいからじゃないの?」

「そんな甘えじゃないよ!」

めずらしく私の言葉を強く否定した。それから、大きく深呼吸をすると、

「…誰かに見てて貰わないと…私、あの人たちに手を上げちゃうかもしれないから。」

と肩を震わせながら言った。

確かに。今のカタンの精神状態なら十分にあり得る。

「…分かった。一緒に行こう。」

私は大きく頷くと、震えるカタンの肩を支えた。

朝食は中断。カタンの人生の決断を見届けに行こう。


面談室には、すでにカタンの両親が座っていた。

見ると、園江さんも同席している。この間のこともあり、気がかりだったのだろう。

私とカタンが入室すると、すぐにカタンの母親が立ち上がりこちらに駆け寄ってきた。

「カタン!この前の事はごめんなさい。」

「それ以上近寄らないで。」

カタンを抱きしめようとする母親に、カタンがピシャリと言い放つ。

シセツでは海外での任務を行うこともある。そのため、何はなくとも全員英語だけは叩き込まれている。勉強のできない私でも二人の会話の内容ははっきりと分かった。

「…なんで、そんな冷たいことを言うの?あなたは優しいカタンでしょ?」

「席に戻って。そうでなければ、一言も話す気ないから。」

カタンにキッパリとそう告げられて、母親はおずおずと席に戻って行った。

それを見届けて、カタンと私は向かいの席に座った。

「お二方とも、ようこそおいで下さいました。それで、今日はどういったご用件でしょうか?」

全員が席に着いたのを確認して、園江支部長がカタンの両親に尋ねる。すると、カタンの父親が口を開いた。

「先日、カタンを家に迎え入れた時は十分な準備ができていなかったのです。故に、再びこちらにカタンを預けることになってしまいました。何度も申し訳ないことをしました。」

「夫婦で良く話し合いまして、やはり親元で暮らすのがカタンの一番の幸せかと思いまして…」

父親に続いて母親も言葉を繋ぐ。

こうして見れば、二人ともいたって普通の人の親だ。なんで上手くいかないのか分からない。

園江さんはしばらく黙っていたが、ふと父親の方を向く。

「申し訳ないとは?誰に対する謝罪ですか?」

「ああ、こちらの施設にご迷惑をかけて、と言う意味です。」

「お父さん、それは違いますね。」

父親の答えに、園江さんが眉をひそめる。

「この施設はもともとそういった施設ですから、謝ることなど何もありません。それよりあなたが謝罪すべきは、2度もこちらに預けられた娘さんではありませんか?」

園江さんの指摘に、父親は何も返せずうつむく。

「それから、お母さん。夫婦で話し合って彼女の一番の幸せを考えたようですが、そこに彼女の意見は入っていますか?」

「そんなの、家族一緒の方が良いに決まっているじゃないですか。」

母親の方は、感情的になっている。彼女の中では、模範的な幸せ家族のイメージしかないようだ。

「10年…」

ポツリとカタンが声を漏らす。全員がカタンを見た。

「10年間、ずっと一人でいたの。そう言うものなんだと思って。学校にも行けない、誰にも会えない。やっとそれが終わったと思ったら、すぐにここに連れてこられて!迎えに来るって言うから、信じて待ってて。迎えにきてくれたと思ったら、また無理だって、ここに戻されて!今更あなたたちの何を信じられるっていうの?」

それは悲痛な叫びだった。私は横から見守ることしか出来ない。

「それはね、カタン。以前も謝ったじゃないの。」

母親がすがるように言うが、カタンは聞く耳を持たない。

「謝る気があるなら、あなたも10年間隔離されてみなさいよ。正気でいることすら難しいよ。正気でいられた私の方が異常だわ。」

憎々しげに言い返すカタンの表情は、見たこともない憎悪に歪んでいた。

「カタン、お前母親に向かってなんてことを言うんだ!」

父親が大きく手を振り上げる。すかさず、私はその手首を掴んで止めた。

「駄目です。暴力は。」

私が短く告げると、父親は手を振り払ってドスンと大袈裟に椅子に座り直す。腕捻ってやった方がよかっただろうか。

「…これから私の意思を言うね。」

カタンが落ち着いた声で宣言する。

「パパは、本当は帰ってきて欲しく無いでしょう?それにママは世間の目が気になるだけ。二人が言い争ってるのを、私見てるの。お医者さんのパパに、学校の先生のママ。自分たちより早くどんどん知識を得ていく私は、さぞかし煩わしかったでしょうね。」

「そんなことは…!」

「黙って聞いてあげてください。」

言葉を挟んだ母親を、園江さんが静止する。

「10年の隔離、これは今でこそ分かるけど虐待以外のなんでもないよね。実の娘を忌み嫌って隔離して、それでまた理想的な家族が形成できると思っているの?」

言いながら、カタンは両親を交互に見る。

「答えは、NOね。今帰ったとしても、またここに戻ってくる。そんな未来しか見えないし…」

カタンはふと穏やかな表情で私の方を見た。

「私はもう、ここに居場所がある。」

つまり、これがカタンが出した結論ということだ。

流石に両親とも、何も言い返すことができない。

「パパ、ママ、ごめんなさい。」

カタンは両親に向かって頭を下げた。頭を下げたまま言葉を続ける。

「もう二度と、会いに来ないでください。次、その顔見た時は…」

ゆっくりと持ち上げたカタンの目には、怨恨の色がはっきりと見えた。

「…殺してしまうかもしれないから。」

挿絵(By みてみん)

ガタッと、父親が仰け反る。母親も怯えたような表情をして、夫の袖を掴んだ。

私も近年稀に見る殺気を感じた。大人しい子が怒ると怖いんだな、というレベルじゃないかも。

「し、失礼する!」

先に立ち上がったのは父親だった。

慌てて追うように、母親が出ていく。

「あ、ちょっと!」

私は急いで部屋を出た。

「カタンのお母さん!」

呼び止められて、母親が足を止めた。

「カタンを一人にしないでってお願いしたのに、なんで約束を守ってくれなかったんですか?」

それは、カタンが連れ帰られた時に私がお願いしたことだった。

私の質問に、母親はポロリと涙をこぼした。

「…約束を守れずごめんなさい。私たちは、親になるべきでは無かった。弱すぎたんです。」

「その言い訳は、卑怯です。」

母親の言葉を突っぱねる。

「…カタンに伝えてください。愛してると。」

それだけ言うと、母親は走って父親と共に行ってしまった。

「…絶対に伝えるもんか、バーカ…」

私は滲む視界を袖で拭き取りながら、面談室に引き返した。


面談室では泣き崩れるカタンを、園江さんが介抱していた。

私が入って来たのに気づくと、

「純ちゃん、純ちゃん」

と何故か私の名前を連呼しながら泣いている。何でか分からないけど、私も泣けてきた。私に向けて伸ばされたカタンの手を握る。

「純ちゃんは、私を一人にしないでね。一人にしないで。」

カタンの懇願に私は大きく何度も頷きながら、ボロボロと涙をこぼした。

ああ。

生き続けなきゃ行けない理由が、できちゃったな。

体調不良が続き、遅くなりました。

また、何故かドール作りに夢中になってしまい…とほほ。

ドールが完成しましてやっと投稿です!私はこんな感じで気ままですが、もしよろしければ今後もお付き合いをお願いいたします!

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