36.魔法使いというものは
糸をきゅっと引き、縫い目の際で玉留めを作る。
最後に糸の端を中に隠して、プチンとハサミを入れた。
レイナは手元のうさぎのぬいぐるみを眺め、ふうと息を吐く。
「はい。これで……完成、っと」
少し歪な形のお腹を、むぎゅむぎゅと揉みほぐす。
綿を整えると、ふっくらと丸みを帯びて、愛嬌のある表情になった。
(……うん、可愛い)
「ミラ、お待たせ。はい、どうぞ。ミラのミミゴンちゃんよ」
完成したばかりの手のひらサイズのぬいぐるみを差し出すと、ミラがぱあっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます……!」
笑顔のミラが、受け取ったぬいぐるみを早速キッカに見せると、キッカも腰につけていたものをさっと取り出した。
二人で見せ合う様子が、なんとも微笑ましい。
「水色とピンクの、お揃いのラビちゃんね」
「レイナ様、これはミミゴンです」
ミラにすかさず訂正されて、レイナは小さく笑う。
「そうね。ミラのぬいぐるみはミミちゃんだったわね。名前を間違えて、ごめんなさいね」
どうやら、まとめて「ラビちゃん」と呼ぶのはだめらしい。
ミラは自分のぬいぐるみの名前を、とても大事にしているようだ。
レイナは思わず頬を緩めた。
お互いのぬいぐるみを見比べるように、二人はじっと視線を向け合っている。
そこに、ハミルトンが姿を現した。
ちょうど昼食の時間になったようだ。
「おかえりなさい、ハミルトン」
「お待たせしました」
声をかけると、ハミルトンの視線がミラのぬいぐるみに向く。
「あれは?」
「あれは、ミラのミミちゃんです。キッカとお揃いに作ったんです」
「レイナが?」
ハミルトンの視線が、二人に向けられたまま止まる。
ぬいぐるみを抱える二人から、目を離そうとしない。
「ハミルトンがいない間、二人はずっとそばにいて守ってくれているんです。お礼の気持ちで」
少し笑って、言葉を重ねる。
「二人はとても頼りになるんですよ。ハミルトンの、優秀な部下ですから」
「――私は、そばにいない間も、防衛結界を張ってレイナを守っています」
「あ……はい。いつもありがとうございます」
お礼を伝えたが、ハミルトンの視線は動かなかった。
ぬいぐるみを抱えたままの二人に、静かに向けられたままだった。
「よかったら、ハミルトンにも作りましょうか?少し特別に……落ち着いた色合いの、グレーのラビちゃんはどうですか?垂れ耳の」
「グレーのラビ?垂れ耳……?ハングラビ、いいですね」
冗談のつもりだったが、ハミルトンがほんの少し口元を緩めた。
すでに名前まで付けている。
どうやらハミルトンも、ぬいぐるみを気に入ったらしい。
(魔法使いって……みんな可愛いところがあるのね)
「特別、ですか。……楽しみです」
「ハングラビちゃん、待っててくださいね」
初めて知った彼の一面に、つい口元が緩んだ。
* * *
ふと気配を感じて顔を上げた瞬間、ミラは息を呑んだ。
ハミルトン様が、そこに立っていた。
いつの間にか昼になっていたらしい。
ぬいぐるみを見守ることに夢中になっていて、まったく気づかなかった。
嫌な予感に、指先に力が入る。
ぎゅっとミミゴンを握りしめた。
嫉妬深くて、狭量な上司だ。
レイナ様にミミゴンを作ってもらったことが知られたら、面倒なことになる。
内緒にしておくつもりだったのに、よりによって今、戻ってくるなんて。
ひやり、と空気が冷える。
ハミルトン様から向けられた視線が、ひどく冷たい。
レイナ様がミラのために作ってくれたことが、気に入らないのかもしれない。
その冷ややかな視線が、ミラと――キッカへと移る。
胸の奥が、ぎゅっと縮こまった。
(……キッカのせいだ)
そう思った途端、じわっと苛立ちがこみ上げる。
キッカが、あんなふうに見せつけてくるから悪いのだ。
あの子が持っているのは、レイナ様が子どものころから部屋に飾っていたラビガイの置き物だ。
それを、見せびらかすように腰に付けて歩いている。
キッカは本当に自慢したがりで、子供っぽい。
(私なんて、レイナ様の手作りなんだから)
そう思ってミミゴンを見せてあげたのに、キッカはまたラビガイを誇らしげに掲げてきた。
つい睨み返しているうちに、ハミルトン様が戻ってきてしまったのだ。
(キッカのせいで見つかっちゃったんじゃない!)
ハミルトン様の視線が逸れない。
ぬいぐるみを抱えたままの自分たちを、じっと見据えている。
息をするのも、少しだけ苦しい。
その張り詰めた空気に、やわらかな声が差し込んだ。
レイナ様だった。
『ずっとそばにいて守ってくれていますから。お礼の気持ちです』と言ってくれた。
さらに、ハミルトン様にも作ってあげると言い出して、まるで庇うように話を逸らしてくれた。
そのおかげで、あの方の視線が緩んで、張り詰めていた空気がやっと和らいだ。
ハミルトン様には、ハングラビを贈るらしい。
あの、長い触手を持つ厄介な魔獣だ。
『特別、ですか』
ハミルトン様は、そう答えていた。
ハングラビが完成したら、「私のは特別ですから」なんて言いながら、絶対に見せつけてくるに決まってる。
――本当に。
ハミルトン様は、嫉妬深くて、狭量で、すぐ張り合ってくる、嫌な上司だ。
* * *
「あれ、キッカじゃない?」
ライラの声に、ルナは顔を上げた。
口いっぱいに頬張っていたサンドイッチを、慌てて飲み込む。
魔塔の食堂に入ってくる、キッカの姿が見えた。
その隣にはミラもいる。
「ほんとだ。ミラも一緒じゃない。わざわざ魔塔にお昼を食べに帰ってくるなんて、また自慢しにきたんじゃない?」
ライラが少しだけ声を落として、言う。
ルナも小さく頷いた。
あの二人は、いつもそうだ。
護衛に選ばれたことを、さりげなく見せつけてくる。
ルナだって、レイナ様の護衛役を狙っていた。
この食堂にいる他のみんなも、同じだ。
キッカがハミルトン様に空間の歪みに落とされたときは、さすがに気の毒だと思った。
けれど、結果的にレイナ様の護衛になれるなら、ルナが立候補すればよかったと、今でも思っている。
もし、あの時落とされたのがルナだったら。
そうだったら今ごろ――
キッカの腰に付いているラビガイは、自分のものだったはずなのに。
ルナはむうっと口を尖らせる。
「ミラ、それなんなの?」
ライラの声にはっとして視線を向けると、ミラの腰に付いているものに気づいた。
ピンク色のそれは、頭から長いツノが生えている。
――ミミゴンだ。
「これ? レイナ様が、私のために作ってくれたの。ミミゴンよ」
そう言って、ミラは得意げにミミゴンを見せてくる。
「そんなの付けてたら、ハミルトン様に目をつけられるわよ」
ライラの言葉に、ルナも大きく頷いた。
レイナ様の手作りなんて、あの狭量な上司が許すはずがない。
そこへ、キッカが割り込んできた。
「私なんて、異世界のレイナ様の部屋にずっと飾ってあったラビガイを付けてるのよ?さっきだって、ハミルトン様に睨まれたわ」
一歩前に出て、わざと見せるようにラビガイを揺らす。
「でもね、レイナ様がラビガイを取られないようにって、ハミルトン様にも作ってあげることにしてくれたの」
「何言ってるの?私のミミゴンを取られないように、ハミルトン様にも作ってあげることにしたのよ?」
すかさず、ミラがかぶせてくる。
いつもミラは、『キッカって、すぐラビガイを自慢するよね』って言ってるくせに。
(ミラだって同じじゃない!)
ミラもキッカも、魔塔にいるハミルトン様の部下たちは、どうしてこうも目つきが悪くて、性格まで似てくるのか。
(ほんとみんな、そっくりなんだから!)
ルナは、ガブッとサンドイッチにかぶりついた。
自慢話ループなお話。




