34. ハミルトンの予言の聖女②
再びレイナが現れたのは――出会いから6年後のことだった。
『〈予言の聖女〉様が、姿を現された』
大神殿から王宮へ、矢のような速さで一報が届いた。
それを聞いた瞬間――
押し込めていた何かが、胸の奥で弾けた。
心臓が、喉の奥を突き上げるほど激しく脈打った。
あれから6年。
自分と〈予言の聖女〉は、同い年だ。
あのとき5歳だった自分たちは、もう11歳になっている。
(変わってるだろうか。……変わってるだろうな)
(あの無邪気なままか、それとも――)
自分だって変わった。
あのころとは違う。
王子の補佐官に相応しくあるべく、言葉遣いも礼儀作法も叩き込まれた。
貴族のような格好をした自分が、あのときの子どもだと気づいてくれるだろうか。
『〈予言の聖女〉様が現れたようです。ご挨拶に参りましょう』
当時4歳だったルース王子に合わせることを口実に、いち早く神殿へ向かった。
はやる心を抑え込み、レイナの控える部屋の扉を開けた。
その先に――
幼い女の子がいた。
6年前、あの庭園で会った、あのときのままの姿だった。
立ち尽くしたままの自分をよそに、大神官が静かに告げた。
『ルース殿下。こちらは、〈予言の聖女〉様でございます。レイナ様と申しまして――今、5歳でございます』
ルース王子が、レイナを興味深そうに見つめていた。
大神官が、それを微笑ましいものを見るかのように、口元を綻ばせた。
『〈予言の聖女〉様のお時間は、6年前にこの世界に来られたままなのですよ。以前、少し怖い思いをされたせいか、その時のことは覚えていないようですが……
殿下と近しいお年ですから、どうぞ仲良くしてやってくださいね』
そう、ルース王子に話しかけていた。
(なぜだ!)
大神官の胸ぐらを掴んで叫び出しそうになる衝動を、理性で押さえ込んだ。
王子の補佐官として過ごした年月で、そうした衝動を飲み込むことには慣れている。
必死に感情を押し殺し、ただその少女を眺めた。
どれだけ見ても、6年前に見た姿と変わらない。
肩先で揃えられた黒髪も。
軽やかに揺れる聖女服も。
小さな手足も。
背が伸びた自分の目線の高さだけが変わっていた。
より、幼く見えるほどだ。
あのとき自分を見ていたレイナは、同じ年ごろのルース王子を見つめている。
彼女にとっての自分は、たまたま部屋にいるだけの、ただの大人にしか、見えていないのかもしれない。
大神官は、レイナが以前のことを覚えていないと話していた。
(あのときのことも、あの約束も忘れたのか……?!)
11歳の自分にとって、5歳の女の子はただの幼い子どもに過ぎない。
今の彼女を見て、心惹かれるわけじゃない。
だが、6年も待ったのだ。
それなのに――
あのときの約束は、自分だけの記憶になっていた。
5歳の彼女も、ルース王子に興味を引かれたようだ。
『ルースくんは4歳なの?私の方がお姉ちゃんね』
そう言って、ルース王子の頭を撫でた。
レイナに向けていた視線が、すっと冷えた。
『ルース王子。そろそろ次の授業が始まりますよ。〈予言の聖女〉様も、聖女のお勤めがございますから。そろそろお暇しましょう』
そう言って、ルース王子を連れて部屋を出た。
あの日は、あまりにも強い衝撃と怒りに魔力が揺れ、王都を中心に暴風雨を撒き散らしてしまった。
それが――二度目のレイナとの出会いだった。
それからというもの。
ほんの少し会っただけのはずのレイナを、ルース王子は気に入ったらしい。
『ハミルトン。今日も大神殿に行こう』
そう言って、毎日のようにせがまれた。
王子の教師たちには、『ルース王子は、この国を担うお方です。もう少し、丁寧な教えをお願いします』と話し、授業を長引かせてやった。
ルース王子にも、『王子としてのお勤めを済ませてからですよ』と説いていたが、王子のレイナへの興味は、一向に薄れなかった。
レイナの前でも、つい口うるさくしてしまっていたのかもしれない。
自分の顔を見るたび、「また来たのか」とでも言いたげな顔をされた。
別に自分だって――
そんな5歳の子どもなんかに、恋愛的な感情を持てるわけがない。
ただ、好きだった頃の姿のままで、他のやつと仲良くしていることが気に入らないだけだ。
大神殿の防御結界を強化したのも、ただ〈予言の聖女〉を守るために過ぎない。
レイナの予知夢に即座に対処したのも、彼女の不安を取り除きたいからではない。
国の有事は、魔法使いにも影響する。
――それだけの理由だ。
……彼女を想ってのことではない。
それでも、レイナを護るために全力を注いできた。
それなのに――
レイナを狙う者はあまりにも多く、いつも隙を突かれてしまった。
そのたびにレイナは異世界へ戻り、再び予知夢を告げに、この世界へ現れる。
時間の誤差は積み重なり、やがてレイナとルース王子は同い年になっていた。
何年も姿を見せなかったレイナが、14歳で再び現れたとき、ハミルトンは21歳になっていた。
7年という差は、もはや埋めようのない距離だった。
その頃には、レイナへの想いなどとうに捨てた――はずだった。
ルース王子と深めていく仲を、ただ見守っていた。
王子がレイナにプロポーズをし、それに笑顔で応える彼女にも、祝福の言葉をかけた。
魔法使い好きのレイナだ。
自分より格下の魔法使いに奪われるよりは、まだマシだった。
仲睦まじい二人の姿を見ていると、ときおり、胸の奥が軋むような感覚に襲われたが――
大人として、その感情を表に出したことはない。
……少なくとも、そう思っている。
そこまで、温厚であるかのように振る舞ってきたというのに。
それなのにルース王子は、二度もレイナの命を狙ったカトリーヌを、真犯人と知りながら婚約者の座に据え置いた。
レイナを襲った男を拷問にかけ、すべてを吐かせたうえで、ようやく辿り着いた真相だったにも関わらずだ。
『アステリア公爵家一族――いえ、あの派閥ごと根絶やしにいたしましょうか』
そう進言したが、王子はカトリーヌの野心に目をつむった。
予言の聖女を二度も危険に晒し、その犯人が婚約者であったなどという醜聞が広まることを恐れたのだろう。
この件は不問とするよう命じられた。
――ならば、こちらも譲る理由はない。
『アステリア公爵家ごと断罪することを認めないのであれば、補佐官は辞します』
そう告げてもなお、カトリーヌを選んだルース王子に、完全に見切りをつけた。
補佐官を辞したのち、すぐに神殿へ手を回した。
魔法使いの部下たちで周囲を固め、そのまま自分の配下に収める。
「呪い返しの魔法」の開発に力を注ぎながら、再びレイナが現れるのを待った。
最後に見たレイナは、14歳の姿だった。
25歳の自分とは、すでに11年の隔たりがある。
今さら彼女とどうこうなろうとは思わない。
――それでも、彼女を護りたいと思っていた。
次に出会うときは、さらに年齢差が開いているだろう。
そう覚悟していた。
――だが。
再び現れたレイナは、成長していた。
18歳の頃の姿と大きくは変わらないが、その佇まいは、以前よりも落ち着いていた。
会った瞬間に向けられた視線に、世代の違う相手に向けるような距離はなかった。
『ご無沙汰しております、ハミルトン補佐官様。……なんか若返りましたよね?あれから5年も経っているようには見えないですよ。若返りの魔法ですか?』
「またうるさいのが来た」という、その視線と第一声に、思わずため息が漏れたが――
レイナにとっての5年という歳月が、確実に彼女を変えていることに、すぐに気づかされた。
彼女は、19歳になっていた。
『実質的な精神年齢は、23歳です』
――そう主張しながら。




