33.ハミルトンの予言の聖女
忘れもしない。
あれは、5歳の頃の記憶だ。
レイナと初めて会った、あのときを――忘れられるはずがない。
今なお心に刻まれている。
あの日は、謁見のために王宮へ足を運んでいた。
並外れた魔力を見込まれ、国から通達を受け、5歳ながら戦力として呼び出された日のことだった。
* * *
父に連れられて、謁見の間で目にした連中は、本当に忌々しかった。
(たかが普通の人間のくせに)
思わず、唇の端が歪む。
王だからといって偉そうな顔をしていた。
同じ部屋にいた取り巻きの連中も、似たようなものだ。
どれだけ金を持っているのかは知らないが――こちらを見下しているのは、はっきりと分かった。
子どもだから、何も分からないとでも思っているのか。
その視線も、言葉遣いも、何もかもが癇に障った。
異世界から、伝説の〈予言の聖女〉が現れた。
――そんな理由で呼び出されたこと自体が、気に食わない。
その聖女が予知夢を見たらしい。
もうすぐ戦争が始まるだの、友好国が攻めてくるだの、そんなくだらない話だ。
(だから、何だっていうんだ)
戦争が起きようが、関係ない。
敵がいるなら、消せばいい。
(そんなこともできない無能なら、あいつらの方が消えればいい)
そうとしか思えなかった。
王宮や神殿の、やたら偉そうな連中は嫌いだ。
ただの人間たちも、嫌いだ。
あいつらは魔法を怖がり、魔法使いを魔物でも見るような目で見てくる。
そのくせ自分に危険が迫ると、守れと命じてくる。
――まるでそれが当然だと言わんばかりに。
(何が国の戦士だよ)
(ふざけんなよ。危険な場所に送り込む、奴隷みたいなもんじゃねえか)
あいつらは、体のいい言葉で取り繕っているだけだ。
そんな上辺だけの笑顔や言葉に、騙されるつもりはない。
(だいたい、〈予言の聖女〉ってなんだよ)
(たかだか5歳の人間だろう?)
(そんな子供の夢を信じるなんて、バカじゃねえのか)
考え出すと、イライラが止まらなかった。
謁見の間を出た途端、父の手を振り切り、たまらず闇雲に走った。
父の呼び止める声も無視して、ただ走り続けた。
そしてたどり着いた先が、あの庭園だった。
視界が開けたそこは、色とりどりの花々が咲き並んでいる場所だった。
淡い色ばかりを集めた花は、色ごとに揃えられ、完璧に整えられていた。
まるで、「綺麗に見えるものだけ」を選び抜いた庭だ。
(気持ち悪りぃ庭だな)
色の絨毯が、どこまでも続いていた。
――この王宮の外は、花どころか、瓦礫の山になっているところが多いというのに。
ここだけが、光を浴びる場所だ。
指先をかざす。
(こんな花――!)
叩きつけるように魔力を放つ。
空気が歪み、花壇がえぐれた。
整えられた花々が、一瞬で舞い散った。
(ザマアミロ!)
少しだけ、胸が軽くなった気がした。
そのまま何度も魔法を放つ。
(あの王も!)
(あの偉そうな取り巻きも!)
(ただの人間も!)
(こんな風になってしまえ!)
この王宮の外のように、何もかもなくなってしまえばいい。
花々を刈り取り、風を起こし、空へ舞わせる。
辺りには花吹雪が舞い、視界は花の色で埋め尽くされた。
「わあ!」
声がしたかと思うと、花吹雪の向こうから子どもが駆けてきた。
小さな女のガキだった。
花に見とれているのか、まっすぐこちらへ駆けてくる。
(こいつ……何だ?この服……まさか〈予言の聖女〉か?)
聖女だと分かるような衣装だが――質が違う。
布はやけに柔らかく、光を含んだように淡く揺れている。何枚も重ねられたそれは、動くたびにふわりと広がった。
他の聖女が着ている、あの簡素な服とは別物だ。
「すごい!すごい!魔法みたい!」
舞い散る花に手を伸ばしながら、そう言った。
「お前、魔法が好きなのか?」
そんな奴、いるわけがない。
――そう思いながらも、つい口にしていた。
「好き!」
少し考えて。
「大好き!」
当然のように返された。
「……変わってんな。なんで好きなんだよ」
「なによ。あなたは魔法、好きじゃないの?魔法使いが一番かっこいいのに」
ぷいと顔を背けて、すぐにまた、花の方に顔を向けた。
「魔法使いが一番かっこいいのか?――ただの人間よりも?」
変なやつと思いながら、声をかけた。
「当たり前でしょ。わたし、大きくなったら、魔法使いと結婚するんだもん」
「……ほんと、わけ分かんねえな」
思わず笑うと、〈予言の聖女〉が眉間を寄せて、口を膨らませた。
また、ぷいと顔を逸らし、そのままこちらを見ようともしない。
(変なやつ)
そう思うが、心はなぜか弾んでいた。
〈予言の聖女〉が夢なんて見たせいで、自分は戦争に駆り出されることになった。
実際に会ったら、何か言ってやるつもりだったが――
(こいつが見た夢だっていうなら――行ってやってもいいか)
そう思えた。
とても凄惨な夢だったらしい。
他国の奇襲を受け、家は焼かれ、物は奪われ、斬られた人々が、そこら中に転がっていたという。
『〈予言の聖女〉様は、今でも夢を思い出しては、怖がって泣いている』
さっきの謁見でも、そう聞いていた。
(そんな夢が、なんだっていうんだ。泣くほどのものか)
そんなふうに思っていたが、この子が怖がるなら、その戦争を止めてやってもいい。
自分には、それだけの力がある。
それに、魔法使いと結婚したいっていうなら――
少しだけ考えてから、口を開いた。
「じゃあ、俺が結婚してやるよ」
そう声をかけると、〈予言の聖女〉がやっとこちらを向いた。
ぱちりと見開かれた目が、妙に可愛く見えた。
「私は魔法使いと結婚するんだもん」
「俺、魔法使いなんだ」
舞い散る花吹雪の中から、きれいなものだけを手元に集める。
――さっきまで壊していた花だ。
指先から、紫色のリボンを取り出し、花束にして手渡した。
「リボン、空から出てきた!魔法?あなた、本当に魔法使い?」
「ああ。だから、ちゃんと待っとけよ。――約束だからな」
戦争を片付けたら、またこの子に会いに来よう。
――そう思っていた。
その後、自分を探しに来た父が、めちゃくちゃにした庭園を元に戻していた。
『それでも責任の追求は免れられんだろう』
そう言って、父は渋い顔をしていたが、結局その罪を問われることはなかった。
あの花吹雪を見てから、〈予言の聖女〉が、「異世界に帰りたい」と泣くことがなくなったらしい。
そのため今回のみは、不問とされた。
それを聞いて、やはりあの子は本当に魔法が好きだったんだと、嬉しく思わずにはいられなかった。
〈予言の聖女〉は、レイナという名前らしい。
(レイナ……)
忘れないように、何度も心の中で繰り返した。
戦争を片付けたら、絶対に会いに行こうと思った。
戦争自体は、始まる前に食い止められた。
とても詳細に語られた予知夢から、敵国から奇襲を受ける場所は特定されていた。
そこに待ち伏せするだけで、全てが片付いたからだ。
だが――
王都に帰る頃には、レイナはもう、どこにもいなかった。
予知夢の正確さが知れ渡ったせいで、都合の悪い奴らがそれを恐れて、レイナを襲ったと聞いた。
それを聞いた瞬間、体中の血が煮え立った。
レイナを狙った者を含めた者すべて――王都ごと焼き払ってやろうかと思ったが、〈予言の聖女〉の伝説を教えられ、それをとどまった。
『〈予言の聖女〉は、世が荒れるたびに現れ、この世を救う』
だったら、またこの世界に戻ってくる可能性もある。
この世界は、荒れている。
ひとつ戦争を食い止めたくらいで、平和が訪れるはずがない。
――だから、また現れる。
もし、またあの子がこの世界に戻ってきたら、今度こそ危険がないように守らなくては。
再び会える確証なんてなかった。
それでも、会いたかった。
会って、もっと魔法を見せてやりたかったし、話をしたかった。
だから、〈予言の聖女〉に最も近い場所で、あの子を待つことにした。
本当は、〈予言の聖女〉が現れる、神殿に潜り込みたかった。だが、神殿は魔物以上に強い魔法使いを、忌み嫌う。
だから――
魔塔に入る話を蹴り、2年後に生まれた王子の護衛兼側近として王宮に入ったのだ。
何年経っても現れないあの子を、それでも、待ち続けていた。




