表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界の予言者は、あの世界の普通女子〜最強魔法使いに溺愛されて、手放してもらえません〜  作者: 白井夢子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/38

29. キッカの、予言の聖女様②


優しい声だった。


張り詰めていた肩の力が、ふっと抜ける。

心にそっと寄り添うような、柔らかさがあった。

絶望の中で泣くしかなかったキッカに、差し伸べられた救いのような声。


呼ばれたのは、キッカの名前ではなかったが――

その声音を聞いた瞬間、誰なのかが分かった。

あんなふうに、誰かを気遣うように名前を呼ぶ人間を、キッカは一人しか知らない。

ミラが、何度も自慢していた相手だ。


顔を上げると、その人がキッカを見つめていた。


覗き込んできたその瞳には、キッカを案じるような、柔らかな光だけが宿っている。

少しだけ下がった眉と、結ばれた薄紅色の唇。

その整った顔立ちが心配そうに曇る様子は、見る者の胸を締め付けるほどに慈愛に満ちていた。


彼女の周囲だけ、時間の流れが凪いでいるかのような、穏やかな空気が漂っている。


(この人が――)


魔法使いとも、普通の人間とも違う。

睨んできたりしないし、怯えや蔑みの色もない。

ただ真っ直ぐに、キッカを見つめている。



『レイナ様は、すっごく優しく『ミラ』って呼んでくれるんだから』


『お菓子だって、『ミラも一緒に食べよう?』って誘ってくれるのよ』


『レイナ様が眠るまで、毎日ずっとおしゃべりしてるの』


――魔塔に来るたび、ミラがいつもドヤ顔で話していた自慢話が、ふと脳裏をよぎる。


(……嘘よ。いくら〈予言の聖女〉様でも、ミラみたいな子に、そんな優しくしてくれるわけないじゃない)


以前はそう思って、顔を合わせるたびにミラを睨みつけてやった。

ミラはすぐ自分のことを自慢するし、そのくせ、こっちを見る目はいつも不機嫌そうだ。


(ほんと、感じ悪いんだから)


だから、先に睨み返しただけだ。

どうせ向こうも、同じように思ってるんだろうけど。



――でも。

今なら、ミラの言葉が本当だったとわかる。


念のために名前を確認すると、やはりレイナ様で――

それまで張り詰めていたものがほどけて、わっと泣き出してしまった。


『帰れなくて、ここにいたの…?』

そう尋ねられた。

――そうだ。レイナ様を見つけるまで、帰ることは許されなかった。

泣きながら頷いた。


名前も聞いてくれた。

キッカの名前を、可愛いと言ってくれた。


『お腹は空いてない?』

そうも聞かれた。

魔法で出したご飯を食べたばかりだったから、『うん』と答えたつもりだったが、ご飯までご馳走してくれると言ってくれた。

しかも、レイナ様の手作りだ。


けれど――

ハミルトン様の命令を忘れたわけじゃない。


『レイナを見つけたら、すぐに合図を送りなさい。迎えに行きます』

『いいですか?すぐに、ですよ』


そう念押しされている。

すぐに連絡しなかったことが後でバレたら、どんな目に遭わされるか分かったものではない。


それでも、目の前に差し出された手と優しい声に、心は抗いようもなく揺れ動いた。


『一緒に来てくれる?』


そんな温かな言葉で誘われたのは、生まれて初めてだ。


レイナ様の作るご飯を食べてみたい。

レイナ様の過ごしている場所も見てみたい。


――それに、繋いでくれた手が。

きゅっと握られたその手のあたたかさが、あまりにも心地よかった。

離したくない。

ただその一心で、キッカはハミルトンのことなど忘れて、握り返していた。



レイナ様の家は、こぢんまりとした小さな建物だった。

物欲のない、聖女様らしい簡素な棲家だ。どきどきしながら、そっと足を踏み入れる。


振る舞われたご飯は、びっくりするくらいおいしかった。

「カレー」と教わった、初めて食べる味。

魔法で空腹を満たしていたはずなのに、あまりのおいしさに、思わずおかわりまでしてしまった。

『さっき買ってきたのよ』と差し出された冷たいアイスクリームまで、つい手を伸ばしてしまう。


ご飯のあとは、お風呂まで用意してくれた。

ミルクの香りが立ち込める、やわらかいお湯だった。


服も洗ってくれると言われた。

洗浄魔法で十分なのに、と一瞬思ったが、『その間、私の服を着てね』と微笑まれて、思わず頷いた。


――こんなふうに、誰かに世話を焼かれるなんて、生まれて初めてだ。


湯上がりにレイナ様の服を身にまといながら、キッカは心の底から思った。

もう二度と、あんな殺伐とした世界には戻りたくない。戻る必要なんて、どこにもないのだと。




レイナ様の部屋は、控えめに言っても、不思議な部屋だった。


部屋のあちこちに、置物が飾られていた。

可愛い仕様だったが、あれは――

紛れもなく、キッカもよく知るあの魔獣たちそのものだった。


『これもどうぞ』


そう言って渡されたものは、水色の毛並みに、頭から伸びた2本の触手が生えていた。

――ラビガイの置物だ。


(なんでこんなのを……?)


思わず、じっと見入ってしまったが、そこにかけられた声に、はっと我に返った。


『向こうの世界で何があったの? 空間の歪みに落とされたって言ってたよね?――誰に、どうしてそんなことをされたの?』


ハミルトン様です!

あの酷い上司が、嫌がる私を空間の歪みに落としたんです!


――そう、声を大にして訴えたかった。

けれど、ハミルトン様にかけられた「誓約の魔法」が、冷たい鎖のように喉を縛り上げる。叫ぼうとした言葉は圧し潰され、喉の奥で音もなく消えていった。


ぱく、ぱくと、唇だけが動く。

言葉にならない。それが、もどかしい。


それでも、レイナ様はそんなキッカの状況を分かってくれた。

質問に答えられるだけでいいと言ってくれたのだ。



『キッカさんも、ハミルトンの部下なのかしら?』


そう尋ねられて、あんな男が上司なんて、認めるのも嫌だったが、渋々ながらもゆっくりと頷いた。


『ハミルトンは――みんなは無事?』と聞かれたときは、一瞬だけ言葉に詰まった。


ハミルトン様が無事なのは、間違いない。

けれど、魔塔のみんながどうなっているかなど、正直なところ分からない。


レイナ様が姿を消してから、ハミルトン様の機嫌はずっと最悪だった。

その苛立ちは常に周囲へ撒き散らされていた。

今なお皆は、過酷な実験に付き合わされているかもしれない。


(でも……私のほうが、よっぽど大変だったし)


誰よりも酷い目に遭ったのは自分だ。

みんなの心配までしている余裕なんて、あるはずがない。


(多分……大丈夫でしょ)


そう自分に言い聞かせて、キッカはゆっくりと頷いた。

それを見たレイナ様は、安堵したようにふっと息を吐き、やわらかく微笑んでくれた。


『あなたと出会えて、良かったわ』


そう微笑まれた瞬間、胸が熱くなった。

キッカだって、レイナ様と出会えて、とても幸せだった。


『ここで一緒に暮らしましょう』


――願ってもない言葉だった。

あの世界に帰るくらいなら、レイナ様のいるこの世界で一生を終えたい。そう心から願った。


一緒に暮らすなら、レイナ様に迷惑はかけられない。野営には慣れているし、眠る場所ならどこでもいい。魔物の影すらないこの世界なら、地面の上だって快適なくらいだ。


本気でそう思ったのに、レイナ様は一緒のベッドで寝ようとまで言ってくれた。

家族にまで紹介してくれるらしい。

色んなところにも、連れて行ってくれるみたいだ。


嬉しすぎて、どうしていいか分からなくなるくらいだった。


(もう、あんな世界には帰らない。ハミルトン様へ連絡するための通信石なんて、あとで壊しちゃおう)


そう考えて、幸せな未来を夢見たのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ハミルトンはいつか部下に集団で謀反を起こされるんじゃなかろーか。
いやあ キッカサイド 面白いですね〜 うんうん 帰りたくないですよね ここからどうなったのか 楽しみです〜
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ