27.羞恥心というものは
微笑むハミルトンを、レイナはじっと見つめた。
やはり彼は、以前より少し痩せたように見える。
けれど、目元のクマは消えていた。
「今日は顔色がいいですね。よく、休めましたか?」
そう声をかけ、少しためらってから言葉を続けた。
「……あの、急に消えてごめんなさい。あの日、摘んだ花に気を取られて、階段で足を踏み外してしまって……」
あのとき、レイナは何も言わずに、この世界から消えてしまった。
どれほど彼を驚かせてしまっただろう。
もしまた会えたなら、謝りたいとも思っていた。
「いえ――私こそすみません。レイナを危険から守れませんでした」
視線を落としたハミルトンの髪が、さらりと肩から流れ落ちる。
「髪、伸びましたね。この世界では、あれからどれくらいの時が経ちましたか?私は――10ヶ月です。もう20歳を越えて、もうすぐ21歳になります」
少し痩せてはいるが、ハミルトンはそれほど年を重ねたようには見えない。
けれど、時間の流れが違うこの世界では、判断がつかない。
「ここも同じです。10ヶ月が経ちました」
「え、そうなんですね。珍しく時間のズレがなかったんですね」
意外な事実に、目を瞬かせる。
「はい。まず、世界間の時間軸を繋ぎましたから」
「世界間……?」
「はい」
言葉の意味が、うまく掴めない。
――時間軸を、繋ぐ?
そんなことが、本当にできるのだろうか。
考えようとしても、思考がどこかで止まる。
穏やかな笑みのまま、ハミルトンが続ける。
「レイナに置いて行かれたくありませんでしたし。
……レイナのいる時間だけが進んで、私だけ取り残されるのも嫌でしたから」
「あ、はい」
あまりにも静かな口調で、とても信じられないことを口にしていた。
何か、とんでもないことを聞かされた気がするが――
考えがまとまらないまま、レイナは小さく頷いた。
「あ。じゃあ、キッカさんも、同じ時間に戻れたんですね。……良かった」
ふうっと息を吐く。
キッカは、怖い思いをしてあれだけ泣いていたのだ。
これ以上、辛い思いをしてほしくなかった。
「キッカさんに、会えるかしら?」
彼女の無事を、この目で確かめたかった。
もしまだ不安なままなら、そばにいてあげたい。
「キッカ……ですか」
「あ、今からお仕事かしら?」
(今、朝……よね?)
壁の時計を確かめようと、ハミルトンの向こうへ視線を向けると、人影に気づいた。
彼の陰になって見えなかったが、そこにミラが静かに控えていた。
「ミラもいてくれたのね。ただいま。ごめんね、急に消えちゃって。びっくりしたでしょう?」
「レイナ様……」
声をかけたその瞬間、ミラの表情が弾かれたように崩れた。
次の瞬間には、ポロポロと涙をこぼしていた。
「あの日、階段にたくさんの花が落ちていて……私が側にいれば、絶対に守れたのに……。あんな実験を――」
「ミラ」
ハミルトンが、低くミラの名を呼ぶ。
その一言で、ミラの声が止まった。
「おしゃべりは後にしましょう。ミラは、キッカをここへ連れて来てください」
ミラの瞳を、じっと捉える。
「いいですか?」
ハミルトンはそのままミラから視線を外すことなく、言葉を続けた。
「キッカには、『私の部下として――魔法使いとして、くれぐれも、くれぐれも恥ずかしくない振る舞いをするように』と伝えておいてくださいね」
ミラの肩が、びくりと揺れた。
こくりと、神妙に頷く。
「当然、これはミラにも言えることですよ。……分かっていますね」
冷ややかな声色に、ミラの表情がぴたりと固まった。
わずかに、息を呑む気配がする。
(相変わらずね……)
ハミルトンが、口うるさい魔法使いの上司の顔を見せていた。
補佐官時代の彼は、とても口うるさい人だったが、それは今なお健在のようだ。
ちらりと、ミラがレイナを見る。
その視線は、何かを訴えかけるようだ。
レイナは、小さく頷いた。
(分かるわ。私だって昔は、細かい人だと思っていたもの)
レイナの頷きに、ミラの表情がわずかに歪む。
やはり何か言いたげな顔をして――
次の瞬間、すっと姿を消した。
キッカを連れて戻ってくるのだろう。
羞恥心というものは、後から来るものらしい。
二人きりになり、部屋の静けさを意識した瞬間――思い出してしまった。
あのとき。
夢だと思って、好き放題ハミルトンの顔に触れていた。
……つねった気もする。
確かに気持ちを伝えたいと思ってはいたが、あの告白はないだろう。
(つねるって何?私、何やってるの?)
思い出すほどに、羞恥心が一気に押し寄せてくる。
今すぐ巻き戻って、自分を止めたい。
「あの……色々失礼でしたね。ごめんなさい」
「――いえ。嬉しかったですよ」
にっこりとハミルトンが微笑んだ。
その笑顔に聞きたい。
(何が?)
(触れたこと?)
(つねったこと?)
(あの告白が?)
頭の中が一気に騒がしくなる。
何か、言葉を返さなくては。
「そ……それは、良かったです。ずっと祈っていたけど、全然戻れなくて……。ちゃんと好きって気持ちを伝えておけばよかったな、って後悔してたので――つい……」
そこで、口を閉ざす。
(私、何言っちゃってるの?)
(良かったです、って何?)
(つい、って何よ……)
(何、また告白してるのよ!!)
シーツを握る手が、震える。
顔も上げられない。
恥ずかしさに、じわりと涙が滲んだ。
「私も……ずっと、後悔していました。レイナを愛する気持ちを伝えられていなかったですし――」
どきん、と胸が跳ねる。
「なぜ、もっと早く研究を終えて、世界の出口を封じられなかったのかと、後悔ばかりでした」
(――ん?……んん?……出口?)
悔いるように話すハミルトンの言葉が不穏だった。
世界の出口とは……この世界とあの世界を繋ぐ道のことだろうか。
「私は、出会ったときから――」
「ただいま戻りました!」
その元気な声に、空気が途切れた。
次の瞬間、ミラがすっと姿を現す。
その手には、キッカの腕がしっかりと掴まれていた。
「……ミラ」
ハミルトンが、低く名を呼ぶ。
「部屋の外から、ノックをして入りなさい」
その一言に、ミラの動きが止まる。
ハミルトンが、ゆっくりと視線を上げた。
ただそれだけで、ミラは動けなくなったように、その場に立ち尽くした。
ミラと――キッカの表情が、強張る。
やはり彼は、礼儀にも厳しい上司らしい。
しれっとサブタイトル足しちゃいました〜
こんな感じのお話なんですよ、なお伝え。
改めまして、よろしくお願いします!




