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この世界の予言者は、あの世界の普通女子〜最強魔法使いに溺愛されて、手放してもらえません〜  作者: 白井夢子


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26.あの世界と、この世界


(夢……?)


ここは、麗奈にとっての現実の世界だ。

彼は、この部屋に――この世界に、いるはずがない。


目の前にある背中の輪郭が、わずかに揺らいで見えた。


(やっぱり、夢……?)


ずっと、会いたいと願っていたからだろうか。

伝えられなかった言葉が、胸に残っているせいだろうか。


「ハミルトン」


そっと名前を呼ぶ。

久しぶりに口にしたその響きに、胸が震えた。


彼が、ゆっくりと振り返る。

10ヶ月ぶりのその顔を、麗奈はただ見つめた。


(少し痩せた……?)


最後に見たときより、やつれて見える。

あのときも目元に深いクマを浮かべていたが、今はそれがさらに濃く刻まれている。

顔色も、あまり良いとは言えない。


記憶の中の彼と、目の前の彼が、どこか少しだけ違って見えた。


(夢……よね)


「相変わらず、仕事が忙しいのですか?」


それでも、麗奈はゆっくりとハミルトンに歩み寄る。

そっと、その頬に手を添えた。


ひやり、とした感触に、指先がわずかに強ばる。

人肌にしては、冷たい。


(やっぱり……夢なのかしら)


彼の目元へ、そっと指先を移す。


「ちゃんと眠ってますか?」


触れているのに、何の反応も返ってこない。

それでも――

夢でもいいから、伝えたい。


「私、ずっと後悔していたんです。どうしてちゃんと気持ちを伝えなかったんだろう、って。私たちの婚約なんですけど……」


話しかけると必ず微笑んでくれた彼は、やはり何も言ってくれない。


(夢でも、少しくらい返事してくれてもいいのに)


そっと頬に触れたまま、ほんの少しだけ指先に力を込めて、ぎゅっとつねる。

それでも、何の反応もない。


(やっぱり、夢ね……)


頬から手を離し、今度はやさしく撫でながら、言葉を続けた。


「婚約を、本当のものにしませんか?私……ハミルトンが好きなんです」


「レイナ……!」


――声が、返ってきた。

次の瞬間、強く抱きしめられる。


何が起きたのか、分からなかった。

広い胸の中に閉じ込められたまま、思考が追いつかない。


ふわりと、懐かしい香りがした。

白檀のような、静かで奥行きのある、落ち着いた香り。

それは、二人だけの香りだったものだ。


香りも、彼の体温も――夢とは思えないほど、はっきりしている。


(夢……よね?ここ、私の部屋……よね?)


夢か、現実か。

夢じゃないなら――


(私、抱きしめられてる?ハミルトンに?……ちょっと待って。私、本当に告白しちゃったの?!)


思考が、一気に追いつかなくなる。


「愛しています。……出会ったときから、ずっと」


噛み締めるような声だった。

絞り出すようなその響きに、時が止まる。

ぎゅっと、抱きしめる腕に力がこもった。


(夢――じゃない)


この香りも。

この腕の温もりも。

その声も。

その、言葉も。

全てがあまりにも現実だった。


そして、気づく。


(夢……あの、予知夢――?)


あの世界で見た、あのときの光景。

ハミルトンに似た背中が、誰かを腕の中に閉じ込めるように抱き寄せていた。

顔も、相手の姿も、なぜか見えなかった。


(あれは……今の、私……?)


「ハ……」


名前を呼ぼうとする。

けれど――


(ちょっと……待って……)


ぎゅう、と腕の力が強まる。


(なんなの……これ……っ)


息が詰まる。

きつく締めつけられて、声が出ない。

優しさとは違う、逃がさないような強い力。

――これは、夢じゃない。

この苦しさは、確かに現実だ。


バシバシとハミルトンの胸を叩く。

「苦しい」と伝えようとして――


その瞬間。

ふっと、体が浮いた。


ジェットコースターが落ちるときの、あの心臓が跳ね上がる感覚。

体の中身だけが、その場に置き去りにされるような、暴力的なまでの浮遊感。


重力が、一瞬で消えた。


抱きしめられて何も見えないまま、抗えない力に引き込まれていく。


(ちょっと――!?)


視界のないまま、どこまでも落ちていく。


そこで――意識は途切れた。






(朝……?)


まだ、まどろみの中にいるようだった。


とてもいい夢を見ていた気がする。

きっと今日は、目が覚めても寂しくならない――そんな気がした。

目を閉じたまま、レイナは夢の余韻に浸る。


「目が覚めましたか?」


優しい声が、すぐ近くで響く。

ずっと、聞きたいと願っていた声だ。


(……待って)


聞こえるその声が、近い。


(近すぎない……?)


違和感に、ゆっくりと目を開ける。

視界に入ったのは――ハミルトンだった。

こちらを見つめて、微笑んでいる。


「あの……」

「はい」


「ここは……?」

「レイナの部屋ですよ」


穏やかな声。やわらかな笑み。

――なのに、何かがおかしい。

なぜ彼がレイナの部屋にいるのだ。


「あの……どうしてハミルトンはここに?」

「私は婚約者ですから」


あまりにも当然のように言われて、言葉に詰まる。

確かに、彼は婚約者だ。

――でも、それは仮のはずで。


(仮……よね?それに……ここ……)


はっとする。

ここは、どこだろう。

どっちの世界なのか。


目覚めたばかりで思考が追いつかなかったが、レイナは現実世界にいたはずだ。


体を起こし、周りを見回す。


(帰って……きたの?)


スプリングの効いた、広々としたベッド。

身体を沈めれば、そのまま眠りに落ちてしまいそうなほど柔らかい。


柔らかな日差しが差し込む、大きな窓。

薄いレースのカーテンが、風に揺れて光をやわらかく振り撒いている。


見覚えのある景色だった。

――ハミルトンの屋敷にある、レイナの部屋。


猫足のテーブルセットも、変わらない。

ソファーの上に置かれた、うさぎのぬいぐるみも、見慣れたものだ。


――うさぎのぬいぐるみ?


(待って。あれって……)


その見慣れたうさぎは、元の世界のレイナの部屋に、長年飾っていたものだ。

眠ることを怖がるレイナのために、幼いころ両親が買ってくれたもので――

あの世界で出会った女の子に、安心してもらうために手渡したものだった。


(あの子――キッカさん!)


「ハミルトン、キッカさんは?あの子はちゃんと、ここに戻れたの?あの子は無事なの?」


「……キッカ、ですか?」


ハミルトンが言い淀む。

レイナの部屋にいたあの子に、彼は気づかなかったのだろうか。


「あの子も、私の部屋にいたの。まだ私の世界にいるなら、すぐに迎えに行かなくちゃ。あの子、きっと泣いてるわ」


「レイナ、落ち着いてください。キッカは無事ですよ。一緒に連れて帰っています」


「本当に……?良かった……」


ハミルトンの言葉に、ふうっと安堵の息をついた。


「キッカさんね、誰かに世界の歪みに落とされたみたいなの。詳しいことは言えないみたいだったけど……酷いことする人もいるのね。絶対に、許せないわ。ハミルトン、犯人を捕まえてあげてね」


「――キッカは、魔法使いという立場にプライドを持っていますから」


一瞬の沈黙のあと、低く続けた。


「失態を、誰かに代わって報復してもらうことは、望まないはずですよ。……彼女のためにも、その話はもうしない方がいいでしょう」


確かに、魔法という素敵なものを扱える魔法使いは、誇り高く生きるのだろう。

レイナとしては許せないが、キッカが望まないのであれば、そこはもう触れない方がいいのかもしれない。


「そうね、そうするわ。キッカさんは、ハミルトンの部下なんでしょう?すごく可愛くて、良い子ね」


レイナの言葉に、ハミルトンは何も言わず、ただ微笑んでいた。



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― 新着の感想 ―
自分で自分を捕まえろとか、難儀な注文してはるわーーー。 部下をあちこちに飛ばしまくって見つけたらチェンジリングみたいにしたんでしょうか、執念深すぎ怖すぎ ((( ;゜Д゜)))
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