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この世界の予言者は、あの世界の普通女子〜最強魔法使いに溺愛されて、手放してもらえません〜  作者: 白井夢子


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22.いつだってそれは


柔らかな日差しが差し込む朝食の席で、ハミルトンがふっと息をついた。


「ようやく――完成を迎えそうです」


口元には微笑みが浮かんでいるが、その目元には、日に日に濃くなっていたクマが、はっきりと刻まれていた。


「そうなんですね。やっと一息つけますね」


レイナも、どこかホッとする。

彼を心配する日々も、ようやく終わりに近づくのだろう。

いよいよ、空間の歪みを閉じるという、あの魔法が完成の時を迎えるらしい。


「あとは最終的な確認をしたいので、今日はミラを魔塔に連れて行こうと思います」


「ミラを?魔塔に……ですか?」


ハミルトンの言葉に目を瞬かせると、側に控えていたミラが、激しく首を振った。


「いえ!私はレイナ様の護衛です!絶対に離れません!絶対に、です!」

「――ミラ」


とても静かな声だった。

だが、その一言だけで、ひゅっと空気が冷えた。

ハミルトンは、冷ややかな視線をミラへ向ける。

逆らう余地など、最初からないらしい。


(これからミラは、あの「めちゃくちゃな発想の実験」に付き合わされるのかしら……)


ミラが小さく身を震わせていた。


(何をするのかしら……)


行きたくないのなら、引き留めてあげたい。

けれど、ハミルトンはミラの上司だ。

それが魔法使いとしての務めなら、レイナが口を挟むべきことではないのだろう。


「ミラ、頑張ってね。帰ったら一緒にお茶を飲みましょう?魔塔のお話、聞かせてね」


情けない顔で頷くミラに、レイナは微笑むことしかできなかった。






「行ってらっしゃい。あまり無理をしないでくださいね」


玄関先まで見送り、レイナは二人に声をかけた。


「確認を終えたら、すぐ戻ります」


微笑むハミルトンと、どこか沈んだ様子のミラが、姿を消した。

いつもなら彼を見送ったあと、レイナはミラと二人で執務室へ向かう。

けれど、今日はひとりだ。


玄関先に残されたレイナは、二人が消えた空間を、しばらく見つめていた。


ハミルトンの防衛結界が張り巡らされたこの屋敷に、危険はない。

護衛がいなくても、レイナは安全だ。ひとりでも、まったく問題はない。

それなのに――

どこか、落ち着かない。

ミラがいないだけで、何かが足りないような気がした。

いつも、隣にいたからだろう。


ハミルトンの屋敷で過ごす毎日は、とても穏やかだ。

常に側にいてくれるミラと、忙しそうにしながらも、必ずレイナとの時間を作ってくれるハミルトンがいる。

これが、この世界のレイナの日常になっていた。


レイナに向けられるすべての危険がなくなったわけではないが、この屋敷にいる限り、これからも同じ毎日を過ごしていくのだろう。


(それも悪くないかも……)


ハミルトンと、何かを約束したわけではない。

けれど、彼から向けられる気持ちが、ただの「偽りの婚約者」というだけのものではないことには、もう気づいている。


そして、自分でも分かっている。


きっと私は――

ハミルトンに、惹かれている。


ハミルトンのことが、心配だった。

夕食後にもまた魔塔へ向かう彼の帰りは、深夜を過ぎるころだとエドガーから聞いている。

そこまで真剣に取り組む魔法は、きっとレイナのためだ。

空間の歪みを閉じる魔法で、魔獣の突然の出現が二度と起こらないようにしようとしているのだろう。


「そんなに無理しないでください。ハミルトンとミラがいれば、危険なんてないですよ」


そう声をかけたかった。

けれど、その魔法はこの世界を護るためのものだ。

レイナ個人の思いで、止めていいことではない。


それに――口には出せない気持ちもあった。


ハミルトンの部下はみんな、女性の魔法使いらしい。

魔塔でほとんど一日中研究を重ねる彼の側には、常に誰かがいるのだろう。

そのことを、少しだけ気にしてしまう。


ミラはハミルトンのことを男性として見ていないようだが、他の部下たちは分からない。

長い時間を共に過ごしているのなら、彼に惹かれていても、おかしくはない。


(早く研究が終わればいいのにな)


ずっと、そう思っていた。


(どんな人たちなんだろう……)


どんな女性が、ハミルトンの側にいるのか。

気にしても仕方のないことなのに、どうしても考えてしまう。


(本当に、何を考えているのよ、私)


はあ、と小さく息をついた。

――そのとき、ふと思いつく。


「今日、研究が完成するなら、お祝いを贈ろうかしら?」


ハミルトンは、確認を終えたらすぐに戻ると言っていた。

そうであれば、あまり時間はかからないはずだ。

もしかしたら、お昼前には帰ってくるかもしれない。


そのときに、庭園の花で花束を作って渡し、魔法の成功を祝うのもいいかもしれない。


「先に花を摘んでから、執務室に行こうかしら?」


用意しておけば、花束で出迎えることができる。

いい思いつきに、レイナは自然と足取りを軽くした。

そのまま、庭園へと向かう。




庭園には、今日も色とりどりの花が咲き乱れていた。

レイナの好きな、パステルカラーの可愛らしい花畑だ。


庭園の花は、自由に摘んでいいと言われている。

ハミルトンも、よくレイナのために花を摘んできてくれていた。


可愛い紫色の花を見つけて、そっと摘む。

すると、折ったそばから、また小さな淡い紫色の蕾が顔を出した。

とても不思議で――とても素敵な花畑だ。


(お祝いに相応しい、明るい色がいいよね)


紫色の花。ピンク色の花。黄色の花。クリーム色の花。

あれも、これもと、目に留まるたびに摘んでいたら、気づけば両手いっぱいになっていた。


「執務室で、これを包んで花束にしよっと」


満足げに花を抱え込み、レイナは屋敷へと足を向けた。


(花のプレゼント、喜んでくれるかしら?)


嬉しそうに微笑むハミルトンを思い浮かべて、思わず、ふふっと笑ってしまう。

枯れない魔法をかけて、ずっと飾っておいてくれるかもしれない。


ハミルトンのことを考えるだけで、胸が弾んだ。

この安全な屋敷で、きっとこれからも、こんなふうに幸せな時間を重ねていく。

――それが、当たり前のように思えた。


だから、油断したのだ。





いつだって、この世界での別れは突然だ。

これからも同じ時間が続くのだと、そう思った瞬間に、それは訪れる。


階段を上っている途中だった。

抱えていた花束から、いくつかの花がこぼれ落ちた。

その色に、ほんの一瞬、気を取られる。


そして――足を踏み外した。


そのときになって、その事実を思い出した。


悲鳴をあげる間もなかった。

ぐらりと体が傾く。


その瞬間、体の輪郭がぼやけていく。

あの、いつもの感覚だ。


それは――

元の世界へ引き戻されるときのものだった。


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― 新着の感想 ―
ジャストタイミングで空間が封鎖された後で帰還の法則は発動しない&階段下のキャッチなどで安全対策も発動、に1票。 あれだ、こけたりとかの危険も考えるとミラさんには起床中、ずっとそばにいてもらわないとで…
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