21.魔塔での彼は
最近のハミルトンは、とても忙しそうだ。
新しい魔法の研究と実験に追われているらしい。
魔塔での実験のため、日中は屋敷で彼を見かけることがなくなっていた。
食事やお茶の時間には、どれだけ忙しくても必ず戻ってくる。
共に過ごす時間は、これまでと変わらない。
それでも――最近の彼は、どこか疲れた様子を見せている。
これまで、どれほど忙しそうにしていても、疲れなど微塵も感じさせなかった人なのに。
とても大事な研究なのだろう。
そうは言っても、彼のことが心配だった。
なにか手伝えることはないか、尋ねたことはある。
けれど、少し嬉しそうにお礼を言われ、「実は今――」と教えてくれた研究内容は、レイナにはほとんど理解できなかった。
それが、少しだけ寂しかった。
結局、ただ予知夢を見るだけのレイナでは、彼を手伝えない。
レイナにできることは、屋敷の執務を手伝うことだけだった。
「空間の歪みを閉じる魔法――だなんて。本当にハミルトンはすごい魔法使いなのね。でも……ちょっと忙しすぎないかしら」
夜、寝る前。
ベッドに横になりながら、ミラに話しかけた。
夕食後、また魔塔へ向かうと言っていたハミルトンの顔を思い出す。目元には、少しクマができていた。
「確かに、ハミルトン様は規格外の魔法使いです。あの方の研究魔法も、いつだって常識を超えたところにありますね。毎日、めちゃくちゃな発想の実験ばかりですよ?私も魔塔にいたときは、散々ハミルトン様の実験に付き合わされました……」
「そう、なんだ……」
ミラが遠い目をしていた。
レイナは、曖昧に頷く。
それは、とても大変な日々だったのだろう。
「魔塔って、魔法使いがたくさん魔法を使って、お仕事してるんでしょう?いいな。いつか行ってみたいな……」
魔法が溢れるその場所は、いつか見てみたい場所だった。密かに憧れている場所だ。
けれど魔塔は、国を守る魔法使いたちが、真剣に魔法と向き合っている場所だ。好奇心だけで訪れて良い場所ではない。
「あんな場所、なにも面白いものなんてないですよ。魔法使いは、短気で自己中心的な者が多いですから。男も女も、目つきの悪い奴らが、うじゃうじゃたむろってるだけです」
「短気で、自己中心的で、目つきの悪い人?ふうん……?じゃあ、この屋敷にいる人たちとは、違うタイプの人たちばっかりなのね」
「え!」
「え?」
ミラの上げた驚きの声に、レイナも思わず聞き返す。
(この屋敷にも、そういう人がいるってこと?)
「短気で、自己中心的で、目つきの悪い人、ですよ……?」
「え?誰か……いたかしら?門番の人……?」
屋敷にいる、門番の者だろうか。
そういえば彼は目つきがきつい顔立ちをしていたように思う。短気で自己中な人なのだろうか。
言い当てたのか、ミラはなにも言わなかった。
――否定もしなかった。
「男も女も、って。魔塔には、女の人もいるのね」
「半々でいますよ。魔法使いは強い者が上なので、男も女も関係ありませんが」
初めて聞く話に、思わず心が弾む。
神殿でも王宮でも、魔法使いのことを詳しく教えてくれる人はいなかった。
「この任務は魔法使いに任せればいい」
魔法使いについては、そんな言葉を聞くくらいだった。
好奇心のままに、つい色々と聞いてしまう。
「ハミルトンはミラの直属の上司になるのよね?補佐官をしていたときは、掛け持ちで魔塔でも働いていたのかしら?」
尋ねながら、ふと気づく。
レイナは、ハミルトンについて知らないことばかりだ。
今まではずっと、「ルース王子に過保護で、口うるさい補佐官」としてしか見ていなかった。
これまでの彼は、何をしていたのだろう。
以前は気にも留めなかったことが、急に気になり始める。
「そうです。本来なら掛け持ちなんて、王宮でも魔塔でも認められないんですけどね。魔道主になるだろうと言われていたハミルトン様は、魔塔に入る年になって、それを拒否して王宮に入ったんです。それでいながら、魔塔を魔法の研究に利用するという……本当に、自分勝手な――あ、いえ。とても自由な発想を持つ方なんですよ」
うっかり本音が出かけたのか、ミラはわずかに視線を逸らした。
「そんな勝手――いえ、自由な振る舞いを許されるほど、偉大な方です。私は不幸――いえ、光栄にも、ハミルトン様直属の部下として任命されて、長く仕えています」
「そう……なのね」
ミラの不満が、言葉の端々ににじんでいた。
確かに――そんな中途半端な立場の上司につくのは、苦労があるのだろう。
「ハミルトン様は補佐官を辞めたあと、完全に魔塔所属になったんですけどね。これでやっと、落ち着いてくれるかと思ったら、さらにめちゃくちゃな研究ばかり始めまして……巻き込まれる私も、周りの部下たちも泣いてましたよ」
「それは……大変だったのね」
ミラの愚痴は、まだ止まらない。
「でも私はこうして、すべての条件をクリアして、レイナ様の護衛を勝ち取りましたから!本当に……本当に、頑張って良かったです!」
ミラが、ぐっと手を握りしめる。
「条件……?私の護衛になるのに、そんなものがあったの?それに勝ち取ったって、他にも候補の人がいたってこと?」
「はい。ハミルトン様の部下は、レイナ様の護衛をみんな狙っていましたからね」
誇らしげに胸を張る。
「条件は――女であること。防御魔法に長けていること。そして、攻撃後の魔法の証拠隠滅が完璧であること、です!」
「そう……なのね」
レイナは、曖昧に頷く。
――どこか、聞いてはいけないことを聞いた気がした。
(攻撃後の、魔法の証拠隠滅ってなにかしら……)
何か不穏なものを感じるが、そこは深く考えない方がよさそうだ。
「ハミルトンの部下には、ミラの他にも女の子がいるのね」
証拠隠滅については、それ以上追及しないことにした。
「はい。……というより、ハミルトン様の部下は、女しかいませんよ」
「え、そうなの?」
「男の魔法使いなんかに、負けませんから」
「ふうん……?」
どうやら――ハミルトンは、女性の魔法使いに囲まれて、日々を過ごしているらしい。
ほんの少しだけ、胸がざわついた。
怒ると怖いハミルトンだが、あれだけ整った容姿をしているのだ。
それに、この国随一の魔法使いの実力者だ。
彼に憧れる魔法使いの女の子は多いだろう。
「ハミルトンは――魔塔で、すごく人気でしょうね」
「え……?」
ミラが目を丸くし、じっとレイナを見つめた。
(今の、やきもち焼いてるみたいじゃない!)
思わず、言葉に棘が混じってしまったかもしれない。
面白くない気持ちが、そのまま声に出てしまった気がする。
「あ、だってほら、ハミルトンはあの見た目でしょう?」
「まあ――あ、いえ!その……ハミルトン様に想いを寄せるような者は、魔塔にはいませんよ」
おずおずと、言いにくそうに答えられ、視線を逸らされた。
――明らかに、嘘だ。
ミラはいつもレイナの側にいてくれる。
きっと、レイナの気持ちに、気づいてしまったのだろう。
魔法使いの女の子に嫉妬していると察して、気を遣ってくれたのだ。
「そうなの?みんな真面目なのね」
そう言って微笑み、この話はそこで終わらせた。
* * *
すうすうと聞こえる穏やかな寝息に、ミラは静かにレイナ様の部屋を後にした。
今日も怖い夢など見ずに、ゆっくりと休んでほしい。
レイナ様は、短気で、自己中で、目つきの悪い魔法使いたち――この屋敷にもいる、ハミルトン様や執事のエドガー様とは違う。
理不尽に八つ当たりなどしない、とても魔法使いに優しい聖女様なのだ。
魔法使いたちの、憧れの人である。
(でも……あの方のどこを見て、魔塔で人気があるなんて思ったのかしら?)
ミラは小さく首をかしげた。
ハミルトン様の、どこに好かれる要素があるというのだ。
あんな上司を好きになる者など、いるはずがない。
レイナ様が戻る前から取り組んでいた、呪い返しの魔法の開発だって、本当に大変だった。
『ミラ、今度はお前が攻撃してみなさい』
そう言って、攻撃魔法が返ってくると分かっていながら、部下たちに試させてきたのだ。
『手加減は不要です。本気で消すつもりで打ちなさい』
――などと言ってくる、本当に、最悪な上司だ。
だが、その冷徹なまでの実験を重ねたからこそ、あの魔法は完成した。
(最悪な上司だけど……それでも)
この世界で――
レイナ様を守れるのは、ハミルトン様しかいない。
ミラは、レイナ様がハミルトン様を選んでくれることを、強く願っていた。




