13.予言の聖女つき護衛 ミラ
「ミラ、いい?これは誰にも内緒にしてね。ミラにだけ見せる秘密よ」
その日の夜。
レイナ様の自室で二人きりになると、声を潜めてそう言った。
ミラが小さく頷くと、レイナ様はそっと手を前にかざした。
「確か……こう……?」
眉根を寄せて、記憶を手繰り寄せているのか、指先がわずかに揺れていた。
じっと見守るミラの視線の先で、レイナ様の手元に小さな一輪の花が、ふわりと現れた。
それは、ハミルトン様の髪色と同じ、濃い紫色の花だ。
小花からは、ハミルトン様特有の、癖のある強い魔力が、確かに漂っていた。
「できたわ!」
レイナ様が、ぱっと顔を輝かせたあと、はっとしたように口元を押さえ、誰もいない部屋を見回した。
(可愛い……)
いつでも知的で冷静な姿を見せるレイナ様は、魔法に関しては、子供のような反応を見せる。
その反応に、ミラでさえ、魔法がまるでとても素敵なものに思えてくる。
しばらく輝く瞳で小花を見つめていたレイナ様が、それをミラに差し出した。
「びっくりした?ハミルトンに魔法を教えてもらったの。はい、これ。綺麗でしょう?ミラにあげるわ」
「いえ!レイナ様が作られた、こんな貴重な花を私が持っていたら、ハミルトン様に気づかれてしまいますよ。……魔法を教えてもらったことは、内緒ですよね?」
ミラは慌てて、両手を振って全力で断った。
せっかくのレイナ様からのプレゼントだったが、それだけは受け取れない。
そんな恐ろしい魔力の塊など、軽々しく触れられるものではない。
「あ……そうよね。魔力の受け渡しは、厳罰対象なのよね。ごめんなさい。あの……ミラ、このことは絶対に言わないでね。ハミルトンの魔法を、絶対に悪用しないって約束するから」
「もちろんですよ」
ミラの頷きに安心したように微笑むレイナ様に、「それは別に厳罰対象なんかじゃないですよ」とは言えなかった。
魔力の受け渡しは、禁じられているわけではない。
ただ、そんなことをする者がいないだけだ。
たとえ恋人同士でも、あり得ない。
誰のものか一目でわかるその魔力を、レイナ様に受け取らせ――
魔法を喜ぶレイナ様のことだから、今ミラに見せたように、いずれ人前でも見せてしまうに違いない。
それを分かっていて平然としていられるのは、ハミルトン様くらいのものだろう。
「あ……やっぱりまだ、すぐに散っちゃうわね」
サラサラと霧になって崩れていく小花を見つめながら、レイナ様が残念そうに呟いていた。
(本当に不思議なお方だわ)
レイナ様を見つめ、ミラはそう感じていた。
「予言の聖女」のレイナ様は、その昔、戦争や魔獣被害で荒れていた世の中に、その稀有な能力で平穏をもたらした人物だ。
そして、魔法使いの地位を上げてくれた、尊いお方でもある。
世の中が荒れていた当時、魔法使いはただの戦闘要員としか見なされていなかった。
王家や高位貴族たちは、人間を超えた脅威の力を持つ魔法使いを恐れながらも、その力を利用してきた。
当然、魔法使いにも強い反発はあったという。
だが、相手は国だ。逆らうことはできず、憎しみを抱えながらも命令には従うしかなかった。
それでも、どれだけ国に貢献しても、その功績を認められることはない。
世間からも、魔獣と同じく危険で排除すべき存在のように扱われ、苦々しい思いをしていたらしい。
――ミラがまだ物心もつかない、子供のころの話だが。
(馬鹿げてるわ。どうして大人しくそんな奴らの言うことを聞いてたのかしら)
大人たちの昔話を聞くたびに、そう思ってきたが――
当時の魔法使いは、魔法の使用そのものを厳しい誓約で縛られていたという。
だからこそ、逆らうこともできなかったのだろう。
そして、その状況を変えたのが、レイナ様だった。
「国の窮地に現れる」という伝説通り、常にこの世界に留まっている方ではないが、姿を表すたびに魔法を所望したとされている。
レイナ様が幼いころは、この世界を怖がって、元の異世界に戻りたいと泣かれていたようだった。
神殿でたまたま居合わせた魔法使いが、その場しのぎの慰めに、魔法でお菓子や花を出すと大変喜ばれ、心を落ち着かせたという。
その後この世界に現れるたび、「魔法のお菓子をお願いします」と行儀よく注文するようになった。
心から喜ぶその姿に、魔法は――
レイナ様にとってだけではなく、この世界にとっても、望まれるものへと変わっていった。
レイナ様が望まれる魔法は、とても小さなものだ。
けれど、「この魔法が見たくてまた来たの」と話すその一言が、どれだけ世間に影響を与えるものだったか、レイナ様は知らないだろう。
それほどまでに、「予言の聖女」という存在は、とても大きなものだ。
(あんな役に立たない人間の護衛なんかじゃなくて、魔法使いを護衛につけたらいいのに)
神殿の外をどれだけ強固に守っても、その中に危険があれば、いくら魔法使いだって防ぎようがない。
何度も手落ちを繰り返し、挙げ句の果てにカトリーヌを断罪しようともしない王家に、見切りをつけたのだろう。
ルース王子の補佐官を辞したハミルトン様は、神殿の人事配置にまで手を回した。
そのとき、ようやくミラはレイナ様を一番近くで守れる立場に立てた。
ミラが魔法で出すお菓子に、いつも喜んでくれるレイナ様の姿は眼福だ。
(あの方が、すぐに対抗してくるのは鬱陶しいけど)
ハミルトン様を思い出し、ミラはすっと無表情に戻る。
ミラの雇い主は、とても狭量だ。
「これ見てください。おいしそうでしょう?」
レイナ様がそう言って、ミラのお菓子を嬉しそうに見せると、必ず対抗心を見せる。
「私もお菓子を出すのは得意なんですよ」
などと返しながら、更に見栄えのよいお菓子を出してくるのだ。
本当に面倒くさい方だ。
「花よ、出でろ!」
ふんっ!と息を吐き出して、前にかざした手のひらを見つめるレイナ様はやっぱり可愛い。
手の表面に軽く乗せただけのハミルトンの魔力は、すでに消えていた。
恋人同士でもあり得ないような、魔力の手渡しをして、ミラも自分の魔力を乗せてあげたいが――
(そんなことをしたら、ハミルトン様にどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないわ)
ふと浮かんだ考えを、ミラはすぐに振り払った。
ミラの雇い主は、とても狭量でとても怖い、最強の魔法使いなのだ。
自分以外の魔力に触れさせることなど、決して許さないだろう。




