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34話 ルーシーの香り


 ゲオルグ、コンラード、エスペン……ごめんなさい。


 だけど、”ヴィティ人生”の最後に、三兄弟の末っ子ウィリアム君(愛称「ウィル」)を間近で拝めたのは僥倖だった―――


 薄れゆく意識の中、めっちゃかわいいウィル君の後ろ姿を思い浮かべ、脳内で反芻していると。

 突如、ウィル君が去って行った方角から、甲高い叫び声が響き渡った。


「エエエエスタァァァーーーアアアアア!!! 俺が悪かったーーーーーっ!!!」

()()() ()()()()() 」


 ウィル君? と、おとうたん―――って、()()()()()さん!?

 リアルに昇天しかけていた意識が、シュッと引き戻された。 


「いいいいいったい何がどうなってこうなっ、わああああ!!!」

()()()()! この おねーさん おそらから ぴゅーっと おちてきたの」


 混乱しているテオドールさんに、必死で説明する幼いウィル君の声。

 尊すぎて涙が。


 ウィル君、私に興味が無くなったんじゃなくて、助けを呼びに行ってくれていたのね。 


「(裏返った声)空から落ちたって!?」


 うつ伏せに倒れた私にテオドールさんが駆け寄る気配がする。

 

「どうしてこんなことに……()()()()()()ーー……()!? 誰?」


 やっと気づいたか。


(※テオドールさんは、元勇者候補。聖女エスタを裏切った事を長年申し訳なく思っており、エスタっぽい人に会うたび、だいたいこうして全力で謝罪する。というキャラ。)


 薄目を開けると、私を覗き込む青いロン毛の髭面の男性の顔面に固まる。


 テオドールさんて、こんなだった? (※こんなでした。)


 少々戸惑うも、長い髪の間から見える優しさを湛えたグレーの瞳に、私は安堵を覚えた。


 これは、何とかなるかもしれない。


「(小さくかすれた声)フ……わ、私は、ヴィ……ティよ。私を、この、も、森の外まで運んでちょうだい、は……早く……」


「森の……外だと。こんな大怪我をしてるのに魔獣が徘徊する森に行けと?」


「(小さくかすれた消え入りそうな声)お願い……はやく」


 懇願する私にテオドールさんは困惑していたが、少し間をおいて、


「分かった」


「父さん、その人誰?」

「どうしたの!?」

「オシュにい レーにい あのね おそらから ぴゅーって おちてきたの」


「「え?」」(オスカー&レイ)


 オスカーとレイ!?


「オスカー、レイ。ルーとウィルを頼む」


 ルー。  ()()!?

 ここに、ルーシーがいるの!? ちょっ、待って。どこどこどこ?


 テオドールさんに抱えられた私は目を見開き、子どもたちの声のするほうへ視線を向けようと必死に足掻いていると、


「急がないといけないようだ。父さんはちょっと森の外まで行ってくると母さんに伝えてくれ」


 テオドールさんが走り出した。


「え!? 一人じゃ危ないって。その人怪我してるのに」

「かあさんに怒られるよ」


 オスカーたちの声が一瞬で遠のく。


 ルーシーがそこにいるのに!

 あと、もうちょっとでルーシーを拝めたのにぃー!


 ん?


 テオドールさんの胸から、ほんのり甘い香りがした。

 これって、赤ちゃんルーシーの香り!? 

 たぶんさっきまでルーシーを抱っこしていたテオドールさんの()に、今度は私が顔を埋めている……

 

 これって、究極の『聖地巡礼』では!?

 (※推しの匂いをかぐのはアウト。だけど、これは完全に不可抗力です!)


 しかも、あったかーい!

 心までも満たすこの暖かさ!


 ああ、温泉みたい。 


 こんなに温かい感覚って、この世界へ来てから初めてかもしれない。

 テオドールさんが王族だから? 三兄弟のお父さんだから? 


 ここで私(=作者)は、ふと思い出した。

 地上に降りたヴィティ様(覚醒後)が、何千年も抱えていたであろう『寂寥感』を。


 ―――『氷の魔女ヴィティ』は、触れるもの全て凍らせてしまう最強の魔女。


 ヴィティ様は、人や物に触れられない。(※一部の特殊な場合を除いて)

 これから先、現れるかもしれない愛する人にも……


 だからずっと、ヴィティは心身ともに強い異性を求めた。

 いつか、この氷を恐れずヴィティを愛し、力強く抱きしめてくれる誰かが現れると信じて……



 ―――にしても、テオドールさん温かすぎ。


 危機的状況のはずなのに、その温かさに抗えず、瞼は次第に重くなっていくのであった。

 


 *** テオドール SIDE ***


 俺は、森の中で行き倒れになっていた見知らぬ女性を抱え走っていた。

 その女性は、幼馴染のエスタに似ていた。

 (本気でエスタと思った。焦った。)


 その女性は、大怪我をしているのにも関わらず、魔獣がいる森の外へ運べと言った。はじめは罠かと疑ったが、女性は苦痛で顔をゆがめ、子どもたちのほうへ顔を向ける。


 子どもたちの前で話すには、憚られる内容かもしれない……何か深い事情がありそうだ。


 そう察した俺は女性を抱え、話を聞くタイミングを窺がいつつ森の出口まで急いだ。


「はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……」


 魔獣除けの霧が薄くなり、森の南出口へ差し掛かった頃。

 走り続けて熱いはずなのに、ゾクリと寒気を感じた。


 氷系の魔獣か!?

 俺は立ち止まり、辺りを見渡した。

 

 この森は通常であれば、日中は気温が上がり蒸し暑くなる。


 なのに今日は、いつもは聞こえるはずの鳥の声も木々のざわめきも、全て凍り付いたかのような異常な静けさに包まれていた。

 

 何かおかしい。


 おもむろに腕の中を覗き込むと――――



「うわっ!? なんで!?」


 

 次回、来週水曜日更新予定!

 応援ありがとうございます!

 


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