12話 おまえまさかボクの心を!?
私はまだ「夢の中」にいる。
***
王暦1066年12月初旬の某日。
-------ィィン!!!
移動用魔方陣から出た私は、手で口を押えた。
「うっぷ……ぅ……ぅゔ」
酔った。めっちゃ酔った。
憧れていた移動用魔方陣は、想像を絶するものだった。
緩い浮遊感と不規則に加わる重力負荷。身体の中をシェイクされる感覚と言えば分かるだろうか。
ドロドロになった私の中身が、喉のところまで込み上げた。
「すまん。大丈夫か? 魔力で身体を防御すれば平気な筈なんだが……」
まず、魔方陣を展開する前に教えて欲しかった。
アスモデウス殿下は、私の背中をそっと擦った。
地面には芝生のような草と、小さな色とりどりのきれいな花が風に揺れている。
「ぅぷ……ぅう(泣)」
「あちゃー悪い事しちまったな。お前らもはじめてだったのか」
お前ら?
ふと横を見ると、
「ゔああああ」
四つん這いになってリバースする、コンラード。
「ゔぉろろろろ……」
青白い顔で野太い声を発する、塩少年。
「ぅ……っう……ろ」
はだけた浴衣から、きれいな足を投げ出し悶えるゲオルグ。
そういえば……ジェダイド帝国には、『持ち運べる”移動用魔方陣”の技術が無い』という設定にしていたことを、私はここでうっすら思い出していた。
「すまんかった。ちょっとそこで休んでろ。俺は妖精女王に会ってくる。あっ、それとその場所から絶対に動くんじゃねぇぞ。ここは、妖精族の聖地、アクアラグーン樹海の中心部だ。何が起こってもおかしくねぇ。特に森の中だけは絶対に入るなよ。森の中だけは。いいか」
入るか!? そもそも気持ち悪くて動けないし……。
アスモデウス殿下は、白薔薇のアーチの道へ消えていった。
目の前には小さな泉と、その畔に円形の白いフォリー※が見えた。(※フォリーとは、ヨーロッパの庭園などにみられる装飾用の建物)
この場所は、見覚えがあった。
確かフォリーは、泉の中央の浮島に建てられていたような―――そもそも、泉はもっと大きかったはず。
***
あらかた中身を出した私たちは、口元や手を洗おうと泉へ近づくと、
「不届きもの!」
シュルシュルシュル……
地面から無数の荊棘の蔓が飛び出し、私たちは一瞬で拘束された。
「ええええっ!?」(エスペン)
「あ……これって」(私)
「ヴィティ様、殿下が」(コンラード)
ゲオルグに至っては、青ざめ死んだようぐったりとしている。
「ちょっと……痛い、かな」
パキッ……パラパラ
蔓を凍らせると、それは簡単に砕けバラバラになった。
ガサッ……
「悪魔族か?」
森の中から一人の少年が現れた。
幼さが残る美少女天使のような顔立ちに、エメラルドグリーンの長い髪。私を睨む、星のごとくキラキラ輝く金色の瞳。
きゃ……
「きゃーーーっ!!! レグルス王子!!!」
「っ、え!? な、な、なんで? ボ、ボクの名前を知っ……お、おまえまさか、ボクの心を!?」
狼狽えるレグルスの髪からポンポンと赤や黄色、紫、白など色とりどりの花が咲きこぼれた。
どうしよう、かっ、かわいい! かわいすぎる!! かわい、いや、とうっ……と……尊い!!!
感動で全身が震えた。
「ヴィティ様、お知り合いですか?」
コンラードの声に我に返るも、興奮は収まらない。
「あ、ちょ、直接ではないんですけど、妖精族のかっ、か、か『かっこいい王子様』って聞いていたから、彼かなーって。きゃーっ(赤面)」
私の苦しい言い訳にレグルスは驚き、その拍子に三人の蔓がしゅるりと解けた。
「(小声)かっこいい……ボクが!? (普通の声)あ……そっ、その、ヴィ……ヴィティとは、き、き……君の名前か?」
花を咲き零しながらレグルスが私に尋ねた。
レグルスから咲き零れる花々は、どれも好意的で優しい感情を表していた。そしてそして、「かっこいい」と言われ照れてるレグルスに、更に私は悶え苦しむのであった。
(※小説内の設定では、この花はレグルスの感情によって自然に咲きこぼれる仕組み。)
「あ、あの……」
案の定、レグルスは悶える私に困惑し始めた。
マズイ。ここで危ないお姉さん認定されたら、立ち直れない。ここは是が非でも平静を装わないと。
「は、は、はい。ヴィティ・スノーと申します。この場所を汚してしまって、本当にごめんなさい!」
興奮しすぎて、粗相してしまったことを一瞬忘れるところだった。危ない。
「具合が悪いのか?」
「はい、特にゲ……「もしや、熱病か!?」
ゲオルグが……と言いかけた私に、レグルスがさっと駆け寄り、私の額にすっと手を当てた。
柔らかくて温かい感触の先に、私を見つめる金色の瞳の美少年。
ひゅっと、息が止まった。
違う、必死に息を止めた。吐しゃ物臭い息で、レグルスを不快にさせないように。
その時、レグルスの瞳が大きく見開いた。
臭かった!?
「つ、冷たい……どうして、そんなに冷たく」
レグルスは驚愕し、私を心底心配した様子で見つめるので、
「私、氷の……うぐっ「ヴィティ様!」
決まり文句「私、氷の魔女ですから」と言いかけた私の口を、エスペンが後ろから手で塞いだ。
「大丈夫です! そういう体質なんですよ。ね、ヴィティ様」
エスペンが笑ってない目で、私の顔を覗き込んだ。
エスペンの手、意外とゴッツいな……と思いながら私がコクコク頷くと、レグルスは目を輝かせた。
「氷、体質……あ! じゃ、泉の水で氷とか作れますか?」
エスペンの顔を見る。
エスペンは少し難しそうな顔をしたが「うん」と頷き、私の口から手を放した。
「余計なことは言うなよ」(エスペン)
「はいはーい♪ (レグルスに)氷は、どのくらい必要?」
「いいんですか!?」
瞳を輝かせて微笑むレグルスのエメラルドグリーンの髪から、色とりどりの大輪の花々がどっと咲きこぼれた。
はぁぁぁ、尊い。尊すぎる。まさに天使!!!
***♪氷、製作中♪***
レグルスが作ったトゲのない荊棘のそりに、氷の塊を山盛りに乗せた。
「ありがとう」
妖精族の王子レグルスは眩しく微笑み、ジャスミンが咲く森の小道に消えていった。
色とりどりの花と、甘い香りを残して。
ああ、夢みたい。
これは夢だな。うん。
***
私はまだ「夢の中」にいる。
次回、来週水曜日ごろ更新予定です!




