終わりが始まるガヴォット
グレーな気分を抱きながらも、仕事へ向かった。いつものように電車に乗って、上野で降りる。平成も明治も、やっぱりここは混んでいる。公園で遊ぶ人、動物園へ向かう人……。
気がつくと、私にとってのいつもとは、学校生活ではなく、レストランでピアノを弾く毎日を表すようになっていた。
「帰りたくないな……。」
こんなことをつぶやいてしまうほどには、この生活が気に入っている。
「こんにちは〜。」
レストランのドアを開けると、そこはいつもと違った。
思わず弾んでしまいたくなるような、陽気なバイオリンの音色が響いている。
ゴセックの、ガヴォット。
小学生くらいの小さなヴァイオリニストが発表会で顔を真っ赤にしながら弾いているのを聞いたことがある。
今、レストランに響いているのは、そのかわいい演奏と、また違う雰囲気の演奏だ。
楽しくて、明るいけれど、どこか哀愁漂う……。
金色の世界が広がった気がした。
演奏を終え、弓を弦から離すまで、茜音はその場から動けずにいた。
「彼がこの間話したヴァイオリニストよ。」
後ろから話しかけてきたのは相川だ。
「すごく上手ですね!」
そのヴァイオリニストとやらを、茜音は見たことがあった。上野駅に行くまでの途中に一度、すれ違ったのだ。鼻歌を大きな声で歌っていて、正直、変な人だった。
「あなたと彼に大事なお願いがあるって廣瀬さんが仰っててね、普段はあなただけの時間だけど、彼を呼んだの。」
そうなんですね、と茜音は頷く。大事なお願いとは何のことだろうか。
「守沢くん! 待っていたよ!」
前方から廣瀬が走ってきた。
「お待たせしちゃってすみません」
「いやいや、大丈夫だ、」
この店のオーナーである廣瀬崇史に頼まれ、相川はヴァイオリニストを呼びに行った。
やがて、相川、廣瀬、ヴァイオリニスト、茜音の四人は会議室と書かれた部屋へ入った。こんな場所があるとは知らなかったが。
廣瀬、相川が並んで座り、テーブルを挟んで向かい側に演奏者組が座った。
「君たちへのお願いというのは」
廣瀬が話し始めた。自然と息を呑む。
「二人に、七日後の夜会で、デュオリサイタルをして欲しいのだ。」
茜音ととなりの彼は目を合わせた。
「楽しみなんだけど!」
「はい!」
そして、テンポの良い会話を交わす。
「二人とも、驚くなよ! 夜会と言ってもただの夜会じゃないんだ!」
そんな中、オーナーの声で、再び会議室に静寂がおとずれる。
「政府企画の鹿鳴館での夜会だぞ!」
茜音は、驚いた。たぶん、隣の人も。
相川と廣瀬が会議室から出て、そこには演奏者組だけが残された。
先に口を開いたのは、茜音ではない。
「僕は、東京音楽学校、本科二年の川上楓!よろしくね!」
ヴァイオリニストは川上楓と言うらしい。キラキラしていて、なんだかこちらまでテンションが上がってくる。
「私は守沢茜音です! 桜ヶ丘女学校の二年です。」
当たり前のように平成にいた頃の学校名を言ったが、思えばここは明治である。この学校があるかどうか、わからない。
「へえ! 桜ヶ丘女学校に通ってるの。 すごいお嬢様じゃないか」
どうやらこの時代から桜ヶ丘女学校は存在していたようだ。
それにしても、川上が現役音大生というのは納得だ。
「川上さんとデュオができるの、楽しみです!」
「僕も! 茜音ちゃん、頑張ろうね!」
「はい!」
きちんと話してからまだ少しからたっていないけれど、才能があって、すごい人なのに、少し変わっていて面白い。そんなところが、学校の親友、渚と重なって見えて、少しだけさみしく思えたけれど、安心することもできた。




