伝えなきゃ
その翌日に、再び夜会についての会議をした。
話し合っているのは、何を演奏するかについて。
結局、デュオの曲は、マルティーニの歌曲、『愛の喜びは』と、チャイコフスキー作曲のメロディになった。
ソロは、川上が、シューベルトのアヴェ・マリア。この美しい曲を、彼が弾くとどんな色を奏でるのか、楽しみになる。
そして、茜音は『別れの曲』を選んだ。鴎外に買ってもらったショパンのエチュードに楽譜が乗っている、素敵な曲。ショパン自身も「こんなに美しい曲を書いたことがない」というほど。
きっとこれがこの時代最後の演奏になるから、後悔しないように、気持ちを精一杯のせて弾こうと思う。
演奏曲が決まってから、茜音は必死に練習をした。
演奏会まであと五日。開店前のレストランで音を合わせている。
「茜音ちゃんの伴奏だとすごく弾きやすいや。」
「私も、川上さんの演奏だとすごく楽しく弾けます!」
予想以上に、二人のデュオは相性がいい。
「鹿鳴館で演奏したら終わりなんてもったいないなぁ。」
練習をしている二人のところに廣瀬がそう言った。
叶うのならば、何回だってここでデュオをしたい。
叶えられない願いが、すごく悲しい。
「愛の喜びは一瞬のものなのに、その悲しみは永遠に疼く。」
屋敷に帰ってから数時間後。
鴎外の声がした。『愛の喜びは』の歌詞だ。
「鴎外さん、これ知ってるんですね!」
彼は頷いた。
「五日後の夜会で演奏するんです。しかも鹿鳴館でですよ! いまからテンション上がりまくりです」
ハイテンションの茜音を見て、鴎外の整った目が三日月を描いた。
「その夜会、僕も招待されているんだ。」
「そうなんですか!?」
「ああ。茜音ちゃんの演奏、楽しみにしているよ」
鴎外が部屋から出ていくのを見送って、鼓動が高鳴った。あの人も自分の演奏を聞くのなら、なおさら良い音を奏でなければならないと茜音は思った。
どうしてかなんて、とっくに気づいてる。
その日の夕飯のあと、茜音はミワに呼び出された。
「これ、着てみてください。」
そう言って差し出されたのは、茜色のバッスルドレス。
「これ、鴎外さんが用意したんですよ」
何かをいう間さえ作らずに、ミワは茜音を裸にした。
そして、あっという間に着替えさせてくれた。
「まぁ! やっぱりよく似合ってます」
彼女は手を叩いてくれた。
「ミワさんってなんでもできるんですね」
そんなことはないと謙遜されるけれど、着付け、化粧、髪結い、料理……。女性らしいことが何でもできる。女として憧れる。
「それにしても鴎外さん、趣味がいいですよね。しかも茜音さんに茜色のドレスなんて、もう洒落てます」
言われてみれば、そうだ。
「名前と同じですね」
ミワと茜音は二人同時にすごいとつぶやく。
「茜音ちゃんは慕っている方とかいらっしゃらないの?」
それは、唐突だった。平成にいたころは毎日のようにしていた恋バナだけど、久しぶりで、なんだかくすぐったい。
ここで嘘をついたら、後戻りできなくなる気がしたから、正直に答えた。
「います。」
恥ずかしい。
「まあ! だれか予想はつきますけどね」
にこにこ笑うミワ。
「え、なんでですか!?」
「なんとなくですね。」
「すごい……」
「私だって女性なのよ。女の勘はよく当たるわ。」
この人がいうとなんだか説得力がある。
「応援してますよ」
伝えなければ、ダメなのかもしれない。




