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第二話 落ちる女

注意:グロいです

――ぐしゃあ。


 空には青。

 染めるのは赤。

 花びらの如き桃色が舞い、生温く俺の掌に落ちる。

 そっと、握ると、ぷち、と小さな音を立ててそれは弾けた。

 ――ああ、それはなんて。

 感情が上手く言葉に出来ない。目の辺りにした現実を、テキストに変換できない。

 困った、これじゃ、語り部失格だ。自分の気持ちぐらい、正確に測って、言葉にしなければ、どうして語り部を名乗れるのだろう?

「…………なるほど」

 俺が頭を傾げていると、隣で同じく、その【華】を見ていた先生は、ぽつりと、いつも通りの無表情で呟いた。

「美しい」

 その呟きで、納得した。

 そうか、俺は感動していたのである。こんな、世界中の平和が約束されていると嘯くような快晴の日に。

 脳漿を飛び散らすほど醜悪で。

 心を奪われるほど美麗な。


 飛び降り自殺を見てしまったから。



●●●



「嫁が出来ました」

 あのメリーさん騒動のもろもろが片付いた後、俺は極上のスマイルを浮かべて、先生の自宅を訪ねた。金属バット片手に携えて。

「それはよかったですね」

 先生はいつも通りのいけしゃあしゃあとした口調と、無表情を張り付かせて、特に感慨も無いように答える。

 よぉうし、野球部の四番に習ったバッティングをここで見せちゃうぞー。

「笑顔のままで凶器を構えるのはやめてください、怖いでしょう」

「……怖いと思っているなら、少しは反省しましょうぜ。ねぇ、先生。いくら本物じゃないとしても、怪異を押し付けてくるとか……非常識が過ぎると思いませんが?」

「童女と結婚した人に常識を問われましても」

 がんっ!

 俺の振り下ろした金属バッドが、先生の机をへこませた音だ。本当は頭を狙ったのだが、さすが先生。剣道有段者だけのことはある。きっちり見切って避けやがって。

「殺す気ですか?」

「まぁ、軽くは」

「時の流れとは恐ろしいですね。貴方が私の生徒だった頃は、あんなに自分を慕ってくれていたのに」

「ええ、ほんと恐ろしいっすよねぇ。昔は多少なりとも、先生にも常識があったのに」

 先生は凍りついたような無表情で。

 俺は、燃え上がるような笑顔で、互いに睨み合う。

「…………はぁ、もういいですよ」

 先に折れたのは、俺の方だった。

 金属バッドを手放し、肩を竦める。やっぱり、先生を脅かすには、金属バッドではなく、チェンソーぐらいは用意した方が良かったかもしれない。

「それより、先生。あのメリーさんの解決策は出来たんですか? どうにかしてもらわないと、俺の社会性が抹殺されたままなんですが」

「それについてはご心配なく。もう既に彼女の戸籍を用意しました。もちろん、年齢は貴方と同年ということで。これなら、ロリコン呼ばわりされることは無いでしょう?」

「…………」

「え? 何か問題でも?」

 こて、とロボット染みた機械的動きで小首を傾げる先生。

 違う、違うんだよ、先生。大切なのは、中身じゃなくて、外見なんだ。確かに、リアルロリと結婚した鬼畜野郎から、合法ロリと結婚した鬼畜野郎に多少緩和されたけどさ。それでも俺の社会性は依然、致命的なんだよ……。

「しかし、あのメリーさんが引き起こした世界改変という怪異。都合よく、結婚したという結果だけを周囲に納得させるとは、なかなか侮りがたいものですね」

「ええ、まぁ。俺を知っている大抵の人物は、俺があの童女と結婚した、という結果だけを認識しているみたいっすよ」

 どうやって結婚したのか? とか。

 過程は問われず、結果だけ。

 まるで、よく出来たおままごとを強制されているようで、滑稽であると同時に、現実味の無さが恐ろしくも思えた。

「メリーさんが言うには、メリーさんと俺が『離婚』すれば、認識がまた元通りに戻って、メリーさんの事は都合よく解釈されるらしいっすけど」

「へぇ、そこら辺は柔軟に対応する怪異なんですね」

「本人曰く、もう怪異ではなく、人間に近しい存在になってしまったってことですがね」

 もう神出鬼没に移動なんて出来ないし。

 普通に飯も喰う。

 その代わり、メリーさんという怪談から切り離された、一個の存在として確立したんだとか。

 それがメリーさんにとって、幸だったのか、不幸だったのかはわからないけれど。

 少なくとも、目を輝かせながら、俺秘蔵の甘味を盗み食いしている様は、中々幸せそうに見えた。……もちろん、その後、しっかり説教して涙目にしてやったが。

「あー、それで、先生。そのメリーさん関連で、少し頼み事があるですが」

「ほう? 貴方が自分に頼み事ですが」

 先生は目を丸くして、俺を見つめてくる。

 確かに、俺が先生にこうして頼み事するのはかなり珍しい。その逆は頻繁にあるが。

「その、メリーさんの怪異の余波として、俺は母親にメリーさん共々家から追い出されまして。現在、知人が経営するアパートを借りて生活しているんですよ」

「つまり、同棲ですね」

「…………一応結婚しているので、同棲ではありませんよ、先生。まぁ、愛の無い結婚でしたが」

 不思議と結婚より同棲の方がいかがわしいイメージって多いよなぁ。念のために言っておくが、俺はメリーさんといかがわしい真似はしていない。むしろ、してたまるか。

「そんなわけで、家賃、及び生活費が俺の貯金だけでは中々難しいので、仕事をください」

 愛の無い結婚ではあるが、二人分の生活費は俺が支払わなければならない。そうしなければ、母親に魂ごと滅殺されてしまうのだ。社会的に俺を殺しただけでは飽き足らず、物理的な恐怖を与え続けるなんて……やはり、メリーさんとは凶悪な怪異なのかもしれないな。

「ふむ。幸い、仕事のアテはありますし。君は仕事をきちんと最後までこなしてくれるので、仕事を割り当てるのに文句はありませんが、しかし」

 先生はじっと、俺を見つめて、心底不思議そうに訊ねてきた。

「スズキ君。貴方がさっき言った通り、さっさとメリーさんと『離婚』をすれば、こんな苦労をしなくても済むのでは?」

「……あ」

 そういえばそうだった。

 しかし、不思議と、そうする気もなぜか起きない。そうしてしまえば、あっさりと問題は片付くのに、だ。

 俺はその理由を、出来るだけ、冷静に、主観を交えないように考え…………その結果、

「いや、先生。流石の俺も、童女を身一つで放り出すほど鬼じゃないんで」

「このお人よし」

 先生にそう呼ばれても仕方が無い、自分自身の甘さにうんざりしたのであった。



●●●



 先生は美人だ。

 艶やかな黒髪の短髪に、銀縁の眼鏡。切れ長の目に、長いまつげ。鼻筋はすっと通っていて、薄い紅色の唇は、常に横一文字に結ばれている。体格は長身でありながら、華奢。まるで、枯れ木のようだ。その華奢な身を隠すように、先輩は着物を好んで纏う。

 冷たい美人。

 クールを通り越して、先輩の無表情は、周囲に物理的な冷感さえ与えるほど、寒々としている。慣れていない人間からすれば、それはもはや隔意に値する代物で。自然と、先生の周りからは人が遠ざかってしまうのだ。

「あ、あのぅ、すみません。ちょっと、道を聞きたいんですが~」

 しかし、なぜかよく逆ナンされるという、不思議な体質である。

「申し訳ありません、急いでいるので」

 先輩はナンパしてきた女子大生には目もくれず、歩を進めている。あっさりと袖にされた女子大生は、一瞬、ぽかんと口を開けた後、なぜか恨みがましく俺を睨んできた。完全な八つ当たりに付き合う道理も無いので、俺は鼻で笑って、先生の後に続く。

「やれ、どうしてあの手の輩は何処にでもいるのでしょうか?」

「そりゃ、先生が其処にいるからじゃないっすかねぇ?」

「はぁ、何故自分なんかに声を掛けるのでしょうか?」

「きっと飛んで火に居る方の虫なんですよ、きっと」

 午後の昼下がり。

 俺の住む町から電車で二駅ほど離れた、都心に近いベッドタウン。その大通りを、俺は先生と並んで歩いていた。

 先生の着物姿は人の注目を集めやすいので、様々な人の視線を浴びながら、けれど、先生は平然と全てを無視して、淡々と歩みを進めていく。

「それで、今回の仕事は何でしたっけ? 先生」

「七条から回された仕事は、とあるマンションに出る自縛霊の退散、ですね。なんでも、自殺した女子大生の霊が、ある条件の時に、飛び降り自殺の光景を繰り返すんだとか」

「ある、条件ですか?」

 俺が尋ねると、先生は立ち止まり、空を仰ぐ。俺も真似て空を見上げるが、今日は雲一つ無い快晴だった。まるで、世界は万事平和とでも言わんばかりの。

「こんな風に空が青い時、彼女は飛び降り自殺を繰り返すんだそうですよ」

「へぇ、そりゃなんともはた迷惑な――」

 空を見上げていたから、ふと、気付く。

 俺たちがちょうど歩いていたその進行方向。たった今から、調査に向かおうと思っていたマンションから、小さな人影が身を投げたことに。

 それは自殺と言うには、余りにもあっさりしていて。人間が空を飛べるのなら、ちょっと其処のコンビニまで飛んでいこう、というぐらいの気軽さで。

 しかも、その人影は、落下途中に俺の視界から消えた。

「えっ?」

 霊とは元々存在が気迫であり、『見える人』でも、途中でその存在を見失うことは少なくない。けれど、今回のこれは何かおかしいと直感が告げる。

「危ないですよ」

「ぐぇっ!?」

 と、先生がいきなり俺の後ろ襟を掴んで、引っ張ってきた。それが結構乱暴な動作だったので、軽く窒息しそうである。

 なにするんですか! と抗議の声を上げようとした、その時だった。

「あは♪」

 耳元に、本来だったら聞こえないはずの声が聞こえて。


―――ぐしゃあ。


 空から女の子が降ってきた。



●●●



 マンションで自縛霊に出遭ってから、俺と先生は幾つか、彼女と生前に交流があった人物を当たり、話を伺った。

「彼女は自殺するような人では無かったです」

「いつも明るくて、ちょっと常識はずれで気まぐれなところはあったけど、そんな、悩みなんて……」

「あいつは天才でしたよ。人にはわからない物を見て、人にわかるように変換する。そういった芸術に特化していました。そう、だからあいつの事を、まるで神様扱いする輩だって、たくさんいた……でも、本当に死んで、神様になることはなかったじゃねーか」

 自縛霊になったと思しき女子大生の名前は、青井あおい ゆう。資料として渡された写真を見る限りでは、確かに、死ぬような人間には思えない。茶髪のショートヘアに、猫を連想させる野性味溢れる、笑顔。頭の悪さ全開の横ピース。こんな、馬鹿……もとい、悩みのなさそうな人が自殺をするだろうか?

 しかし、彼女は陽気で軽い一面と共に、芸術家として、天才の域にある人だったらしい。通っていた芸大でも、彼女の才覚と並べる学生は、片手の指の数ほどが精々。実際に、多くの賞を取り、近くに、絵画展も企画されていたそうだ。

 おまけに、死ぬ数日前には、長年アプローチを掛けていた男性からやっとOKを貰い、めでたく恋人になったばかりだとか。まさに、プライベートも仕事も絶好調。死ぬ理由なんて、少なくとも俺たち外部の人間からは分かりはしない。

「……今日は、わざわざご足労いただき、ありがとうございます」

 なので、俺と先生は、その自縛霊になった彼女の恋人を訪ねる事にした。

 待ち合わせ場所は、彼女が通っていた芸大近くの喫茶店。時刻は午後六時を過ぎた辺り。そろそろ陽も落ちて、空が薄暗くなってくる頃合だ。

 俺と先生は失礼の無いよう、今回の仕事の依頼主でもある彼氏さんへ挨拶をする。

「初めまして、赤塚と申します。霊媒師や陰陽師といった本職ではありませんが、人には見えない物が見えやすい性質ですので、こういった仕事をよく引き受けます。こちらは、自分の助手のスズキ君です」

「どうも、スズキです」

「これはどうも、ご丁寧に。私は影崎と申します」

 影崎、と名乗った青年は、隈が目立つ白々とした顔で愛想笑いをして見せた。こんな時まで、そんな礼儀を気にしなくてもいいものを。律儀、というよりは、真面目。一見、優男そうに見えるが、その芯はどこか頑固そうでもあった。

「今回、自分達は貴方からの依頼を七条から回されて、引き受けました。その際、七条から幾つか資料は貰っていますが、それら全てに目を通した上で、貴方から話を聞かなければならないと判断し、今日の機会を設けさせていただいた次第です。恋人がお亡くなりになり、まだ一週間ほどしか経っておらず、一番辛い時期でしょうが、どうかご協力をお願いします」

「いえ、こちらこそ。正直、霊障の専門科なんて眉唾と思っていましたし。直接会えて、逆に安心しました、誠実そうな方々ですし、真剣に調査していただけるのなら、嬉しい限りですよ」

 そう答えて微笑む影崎さんの姿は、やはり弱々しい。よく見ると頬もこけており、やつれている様子がありありと伝わってきた。

「まず、貴方と亡くなった青井さんとの付き合いは、どれくらいでしょう?」

 しかし、先生はその弱った姿を理解しつつ、あえて淡々と質問を切り出す。

「ええっと……確か、高校から、でしたね。一年の頃からずっとクラスが同じで。よく、あいつの無茶な思いつきに振り回されましたよ」

「貴方が今所属している大学に受験したのも、彼女の影響で?」

「はい。あいつと……ユウと関わっていると、普段見慣れた物でも、何か素晴らしい物に見えてくるんですよ。それを趣味であるイラストに書き連ねていったら、ユウに『才能あるよ! 絶対、私と同じ大学行った方がいいって!』と勧められまして。まぁ、後は押し切られるようにずるずると」

 ははは、と乾いた、けれど何処か穏やかに影崎さんは笑みを作った。

「あー……恋人の方にこう言うのも何ですけど。こう、いい関係っすね、影崎さんと、青井さんって。恋人である前に、ナイスコンビっていうか」

「ふふ、良いコンビ過ぎて、逆に付き合うのが遅くなってしまいましたがね。どうも、私とあいつは近すぎて、あんまり恋人になる実感というか、決意が薄かったのかもしれません」

 どこか遠くを見るように語る影崎さん。

 恐らく、亡くなった彼女との記憶を思い出しているのだろう。

「……答えづらいことでしょうが、影崎さん。青井さんが、自殺を行った理由に、心当たりは?」

「…………」

 先生の質問に、影崎さんの表情に影が差した。表情は苦悶に歪み、ぎりぃ、と奥歯を強く噛み締める音が響く。

「わかりません。すみません、わざわざ来ていただいたのに……でも、本当に、わからないのです。あいつは、死ぬ前日も、いつも通りで、これから死ぬなんて、これっぽっちも。遺書だって、どこを探したって無いんです……」

 鬼気迫るその表情を彩るのは、深い悲しみと、自身を燃やす怒り。彼女を失った悲しみと、それを防げなかった自分に対する怒りが、今、影崎さんで混沌と渦巻いているのだろう。

「あの日、あいつは……私の目の前で、ベランダから飛び降りました。笑っていました。最後まで、いつも通りに。私に、いつも迷惑をかけることを承知で、無茶な芸術活動に付き合わせるような、そんな…………」

 それ以降、影崎さんが口を開くことは無かった。




●●●



 沈痛な面持ちの影崎さんをタクシーに乗せた後、俺と先生は夜の大通りを歩いていた。場所はちょうど、昼間、自縛霊が降ってきた場所。

 醜悪なはずの投身自殺。

 脳漿を血液と共に撒き散らし、幻影とはいえ、俺の体にも付着した。本来なら、トラウマ物の光景だが、不思議と吐き気は催さない。

 ただ、代わりに……醜悪なはずの死を、俺は美しいと思ってしまった。青井悠という女性の死はまるで、一つの芸術品みたいに、完成されていたから。

「……先生。俺、あの影崎って人の話を聞いて、嫌な想像をしちゃったんですが」

「嫌な想像ですか。恐らく、それは今、自分が考えていることと同じでしょうね」

 ですが、と先生は言葉を繋げて、俺に告げる。

「自分はそれを、嫌な物だと否定したくはありませんね。例え、狂っていたとしても、愛には変わりないのですから」

「愛、ですか」

「ええ、世界で最も素晴らしい物で、同時に、世界で最も都合が良い物です。なぜなら、愛のために、と言葉を付け加えれば、どんな行動でも、それなりに納得されてしまうのですからね」

 生きるための殺人よりもきっと、愛のための殺人の方が世間には認められる。

 正当防衛で人を殺すよりも、愛を持って人を殺した方が、人は惹かれる。

 愛は時に人を狂わせる。

 故に、愛とは素晴らしき物で、同時に人間の手に余る代物だ。

 ああ、けれど、今回のケースで言うのならば、青井悠という人はきっと――。

「先生。このまま放って置けば、一ヵ月後には消えていますよ、あの自縛霊」

「でしょうね。随分、存在が気迫でしたから」

「それでも、伝えた方がいいんっすかね? 俺たちが考えた真実なんて、きっと、ろくでもない」

「…………スズキ君。それを決めるのは自分たちではありません」

 先生は、昼間そうしたように、空を仰ぐ。

 今宵は満天の星空。少し手を伸ばしたら、それに届きそうなほどに、星を近くに感じてしまう。本当は、いくら手を伸ばしても届きはしないのに。

「語り部なら、貴方の思う真実を伝えなさい。語って、終わらせなさい。この、愛おしくも悲しい怪異を」

「了解、しました」

 ならば、俺は語り部として、言葉で伝えよう。

 手が届かない場所にも、言葉として、物語として紡いだなら、いつか、届かない場所へ届くかもしれないから。

 死者が報われるなんて、幻想を抱いていられるから。



●●●



 後日、俺と先生は晴天の日を選んで、影崎さんを連れ出した。場所はもちろん、自縛霊が落ちてくるあのマンションの前だ。

「あの……これは、やっぱり私に何か原因があるってことでしょうか? やはり、ユウは私のことを恨んでいて。ああ、きっとそうだ! 私にはわからないことをユウは悩んでいて、それで――」

「うるさいですよ、影崎さん」

 影崎さんが呟く自虐の言葉を、先生はすっぱりと切り捨てた。依頼人とか、恋人に先立たれたとか、そういう都合を全部無視して、冷たい言葉を浴びせかけた。

「確かに、『これ』は貴方が原因と言っても過言ではないかもしれません。ですが同時に、貴方がそこまで自分を責めてもどうしようもない物なのです」

「そんな、どうしようもないって……」

 呆然とする影崎さんへ、止めを刺すように先生は告げる。

「だから、しっかりと見ていてください。貴方の恋人が死ぬ様を」

 そして、先生の指はすっと、上を指した。見ると、そこには当然の如く、満面の笑みを浮かべて落下してくる彼女が。

「さぁ、逃げないで。最後まで目を見張って、受け入れてください」


――ぐしゃあ。


 空には青。

 染めるのは赤。

 舞うのは桜。

 醜悪な死を、美麗な芸術に変換する一瞬の作品。

 生と死の狭間にあるからこそ、人の心をここまで奪う、魔性の芸術。

「……うぁ、あああ……」

 影崎さんは、それを見て、がくりと膝を着く。

 頭を掻き毟り、額に血が流れるほど、強く、自虐するように。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 訳もわからず、眼前の死体へ頭を下げる。

 救えなかった事を悔やむように。

 理解できなったことを、恥じるように。

 しかし、

「やめなさい、影崎さん。彼女はそんな言葉を望んでいません」

 先生はその行為を強制的にやめさせた。

 腕を掴み、髪を掴み、乱暴に彼女の死体を直視させる。

 そして、『後は貴方の仕事です』と、俺に目配せを。

 ああ、わかったよ、先生。そこまでお膳立てされたなら、俺も覚悟を決めて語ってやる。

 青井悠という芸術家の狂気を。

 この怪異の終焉を。

「ねぇ、影崎さん。もっとよく見てくださいよ、『それ』。どうっすか? 正直な、感想を言って欲しいんっすけど?」

 俺が語りかけると、当然の如く、影崎さんは憤怒の表情に染まる。

「感想……ですって!? こんな、こんな非道なことをされた感想なんて……」

「違う。恋人の死体を見て、あの瞬間を見て、『綺麗』だと思わなかったのか? って聞いてんだよ」

「綺麗、だって?」

 影崎さんの表情は赤から青へ。

 すうっ、と血の気が引く音すら聞こえそうな、見事な変化だ。

「ば、馬鹿なことを言わないでください! 恋人の死体を、恋人が死んだ瞬間を、綺麗だなんて……」

「いいや、嘘だね。影崎さん、アンタは俺たちより何倍も、その『芸術作品』の美麗さに気付いているはずだ。ただ、それを認めなくないだけで」

「――っ」

 影崎さんは息を飲む。視線を右下へ逸らす。理解を拒否するように。

 ならばと、俺は更に言葉を畳み掛ける。

「なぁ、俺たちよりよほど彼女の事を理解しているんだろ? 影崎さん。なら、いい加減認めてやれよ。いつも通りに笑って逝ったなら、いつも通りの言葉を掛けてやれよ」

「…………うぅ、うぅううううう」

「じゃないとさ、いつまで経っても報われないぜ、それ」

 芸術に限らず、作品は評価されて始めて価値を持つ。

 ならば、愛する者のためだけに創り上げた作品は、愛する物の評価を受けなければ、価値を得ることは出来ない。

「…………」

 のそりと、顔上げて、今にも死んでしまいそうなほど青白い顔をして、影崎さんは、その死体に声を掛けた。

「なぁ、ユウ…………」

 すると、今まで微動だにしなかった死体は、青井悠の亡霊は、ゆっくりと起き上がる。砕けた頭部と、折れた首を支えながら、半分潰れた顔を恋人へ。

 影崎さんは、一度、ぐしゃりと顔を歪めたが、それでも、何とか笑みを作る。穏やかな、恋人を慈しむ、笑みだった。

「お前は毎回毎回、本当にしょーがないことばっかりする奴だけどさ。お前の作る作品は、悔しいけど、綺麗だ。見事だ。感服するよ」

 そして、影崎さんは告げる。

 愛しい人へ、別れの言葉を。


「さすが天才芸術家、青井悠だっ!」


 死人に口無し。

 亡霊たる彼女は、既に死んだ彼女の残滓に過ぎない。

 けれど、確かに聞こえたのだ。


『えへへ、でしょー?』


 能天気で、陽気で、自信に溢れたその声が。

 恐らく、影崎さんにも。いや、影崎さんに、こそ。

「あ、あぁ……」

 役目を果たした作品は、消えていく。霊子が崩れて、光の粒子へ。影崎さんは、それを掴もうと手を伸ばし、けれど、結局触れる事なく、その最後を見送った。

「女は愛すればこそ、華となり。男は華を眺めて、涙を流す。人は華とはなれぬから、きっと彼女は逝ったのだろう。愛しい彼へ、己の華を捧げるために」

 俺は空々しく言葉を紡ぐ。

 この怪異を、終わらせるために。

「これにて、怪異『落華』は幕とする。願わくば、女の最後が、男にとって誇れるものになりますように」

 ああ、つまるところ、この怪異の原因はたった一つだけ。

「きっと、彼女の愛は狂っていたのでしょう」

愛する者との未来より、愛する者に捧げる芸術を選んだ、一人の狂人が居たことだった。




先生が登場すると、こんな感じです。

この結末が幸せかどうかは、貴方次第。

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