第一話 メリーさんの電話
メリーさんの電話という都市伝説を、当然の如く貴方は知っていると思う。なぜなら数多く語られている怪異の中でも、かなりメジャーな部類に入る物だからだ。しかし、ここでメリーさんの知名度に寄りかかって、その説明を省略するのも語り部としてどうかと思うので、簡単に説明しよう。
1:なんか綺麗な西洋人形を拾う
2:やっぱ、汚ねーな、と思って再び捨てる。
3:その人形が実はメリーさん
4:メリーさんから電話が掛かってきて、『私、メリーさん。今、ゴミ捨て場に居るの』などと、自分の居場所を知らせながらやってくる。
5:最終的には、『私、メリーさん。今、貴方の後ろにいるの』と、捨てた本人の後ろに立ち、振り返ってしまった人を殺すんだとか。
シンプルながらも、中々人の恐怖感を煽ってくれる都市伝説だ。小学生の頃、この怪談を始めて耳にした時は、しばらくの間、人形が怖くて仕方なかった思い出がある。
なので、
『私、メリーさん。今、ゴミ捨て場に居るの』
非通知から掛かってきたその決まり文句を聞いた瞬間、俺が思わずケータイを壁に叩き付けてしまったのも仕方ないと言えるだろう。
「え? え? ……ちょっと待て、ちょっと待てよ、おい」
学校帰り。
気だるげな期末テストをやっと終えて、一息吐いていた所である。
のんびりと白玉あんみつに舌鼓を打っている俺のケータイに、非通知の着信があった。普通なら、そんな怪しげな非通知の電話に出ないと思うだろうが、俺の日常では、非通知からの着信は日常茶飯事であり、知人たちからの緊急コールの可能性が高いのだ。なので、俺は素直にその着信を通話状態にしたのだが……その結果があれである。
「待て。落ち着け、俺。ゲッダウン、俺。メリーさんなんて危なげな怪異を呼び寄せるような真似した覚えは一切無いだろ? なら、きっとあれだ。あのクソ幼馴染のやろうが、変声技術を使って、俺に悪戯してきただけだ。そうに違いない」
大きく息を吐き、俺は努めて冷静を装おうとする。
さしあたってはまず、壁に叩きつけたケータイの安否を確認。そして、こんな悪質な悪戯を仕掛けてきた幼馴染を駆逐しに、出かけなければ……。
「って、ん?」
幸いな事に、愛用のケータイは無事だったのだが、メールの着信が一つ。差出人は先生だ。俺は猛烈に嫌な予感がしながらも、その新着メールを開く。
『私が犯人です』
自供された。
疑う前に、真っ先に俺に対して自供してきやがったよ、あの先生。しかも、あの先生が犯人ってことはつまり……悪質な悪戯の犯人という意味ではなく――本物の怪異を、メリーさんを、俺に押し付けた犯人、という意味合いだろう。
どうやってそんなことを? という疑問に応える術を俺は持たない。先生はホラー作家という職業のためか、様々な呪術的、あるいは魔術的ものに長けている。よって、メリーさんという呪いにも似た怪異を俺に押し付けるぐらいやってのけるはずだ。
なぜ、俺に? という疑問には完璧な回答を俺は持っている。それは、俺が『語り部』であり、例え、どんな凶悪な怪異に出遭ってしまったとしても、絶対に死ぬことは無い存在だからだ。物語が存在する限り、生かされ続ける定めにある存在だからだ。
つまり、これから予想される先生の意図は――
『すみません、スズキ君。ちょっと自分が解決策を見つけるまで、そのメリーさんを引き受けてください』
ということだ。
実際、自供メールの後に俺が考えていた通りのメールが送られてきたので、もう間違いない。
「……マジか。…………マジでかー」
ありえない。
自分を慕う元生徒に対して、ここまでナチュラルに非道な行いが出来るか? 普通。いや、そういえば先生は普通じゃなかった。普通に狂人だった。くそ、死ねばいいのに。いや、死ななくていいから、次会った時は、黙って俺のシャイニングウィザードを受け取って欲しい。
俺が思わぬ裏切りに心を痛めていると、再び、ケータイから着信音が鳴り響く。もちろん、非通知だった。
「…………」
ふと、思いついた。
このまま電話を取らなければ、メリーさんとやらはどうなるのだろう? なんかこう、呪いパワーで、自動的に通話になって、強制的に声を聞かせられるのだろうか? それとも、取らなかったらセーフで、このまま怪異終了となるのだろうか?
「試して、みるか」
どうせ死なないのだから、ちょっと様子を見てみることにしよう。あ、ちなみに死なないといっても、死なないだけなので、十分、大怪我や昏睡クラスの事態に陥る事もありえる。なので、俺は今、とても先生に対して怒りを覚えているわけだが……と、おう?
「コールが鳴り止んだ?」
数分間、けたたましく自己主張を続けていたケータイが、ぴたりと鳴り止んだ。ひょっとして、これが正解の行動だったのだろうか? と、俺が気を緩めた瞬間、
「私、メリーさん。今、貴方の後ろにいるの」
背後から、可愛らしくも不気味な声が耳朶をくすぐった。
…………で、電話に出ないからって、過程を省略して、一気に俺の背後にまで忍び寄った、だと!? 意外と短気だ、このメリーさん! 大人げねぇ! いや、子供か! ちぃ、せめてこの事態を予測できていれば、壁に背中をくっつけて、背後に回りようが無いという対処方法を行うことが出来ていたのに……油断した。
「私、メリーさん。電話に出なかったから、ちょっと怒っているの」
しかも、怒っていらっしゃる。や、相手が電話に出ないと確かにイラつくけどさ、電話に出たら出たで、怪異が進行するしなぁ。
「私、メリーさん。今からちょっと説教するから、こっち向きなさい」
嫌です、ごめんなさい。だって、振り向いたら攻撃してくるじゃありませんか。
そして、逆に考えれば、振り向かない限り、メリーさんは最後の行動を、怪異にあった本人を攻撃することは出来ない。これは、長くメリーさんの怪談に付属する対処方法の一つである。
故に、怪異であり、語られ、広められた都市伝説である『メリーさん』という存在は、この法則から抜け出すことは出来ない。
「むー」
はっはっは、可愛らしくむくれた声を出しても駄目だ。
俺はこのまま、先生が解決法を見つけるまで、決して後ろを振り向かない男になり、ひたすらメリーさんを無視していればいい。
「私、メリーさん。貴方が後ろを向いてくれないと、怪異が終わらなくて困るんだけど?」
知ったことじゃない。
「私、メリーさん。命までは取らないから、振り向いて」
真っ平御免である。
「私、メリーさん。わかった、妥協するから。半殺しで終わりにするから」
嫌なものは嫌だ。
「私、メリーさん。………………んじゃ、どーすればいいのよ?」
知らんがな。
俺がひたすら無視を続けていると、メリーさんはしばらく沈黙した後、
「エウレカッ!」
なにか閃いたらしく、なにやら背後でごそごそやっているようだ。待て、何をしている? ちょっと、ストップ。なんか、本棚の方から音が聞こえるんだけど? やめろ、そこは俺の愛読書とお宝本が詰まった神聖な領域なんだぞ!
「……うわぁ……えっ、こんなこと……うー…………はふー……」
まてまてまてまて、何を見ている!? 何を見ている!?
「よぉーし」
後ろでメリーさんがガッツポーズを取る気配がする。
猛烈に嫌な予感しかしない。
「わ、私、メリーさん。今、洋服のボタンを外しているの……」
「ぶはっ!?」
予想より斜め上の方向で的中しやがった!? え? なに、ちょっと。まって、ひょっとして悩んだ末に思いついたのは色仕掛け!? いやまぁ、確かに年頃の男子高校生には、一番効果があるかもしれませんがね!
「私、メリーさん。あ、その……ワンピースを、脱いだ、の……」
しゅる、ばさ、という生々しい布擦れの音が背後から聞こえてきました。お、落ち着け、動揺するな、俺。こんなの嘘さ! おばけなんていーないさ!
「あう……うう、証拠、だよ?」
ぱさり、となにやら後ろから回された白く華奢な腕が、真っ白いワンピースを俺の膝上に落としていきました。脱ぎたてです。しかも、服のサイズが小さめです。どう頑張っても、中学生程度までしか着られないでしょう。
「私、メリーさん。つ、次は靴下を脱ぐの……」
やばい。
正直、色仕掛けという点では、まず外見も知らない奴の、しかも推定童女のものに引っ掛かる変態ではないので、セーフ。けれど、よく考えて欲しい。
けれど、だ。よく考えて欲しい。男子高校生の部屋に、軽く鼻声になりながら服を脱いでいる童女が居る。しかも、部屋の主は、堂々と背を抜けながら、童女が脱いだ衣服を手渡されている。
…………だめだ、この状況を発見した奴が、どんな聖人君子だとしても、通報は免れない。むしろ、聖人君子だからこそ、駄目だ。ちなみに、母親に見つかったら、魂ごと滅殺されるだろう。
「わたっ、私、め、めめめメリーさん! キャミソールを脱いだの! こんちくしょう!」
もう止めろ! 止めてくれ! わかった、振り向くから! 魂ごと殺されるより、普通に半殺しにされた方が幸せだから!
「ひ、ひぃあっ! ま、まだ駄目! こっち向かないで!」
「ぐぇ!?」
俺が振り向こうとした瞬間、首に抱きつくような形で、メリーさんが、俺の動きを封じてきました。首に地味なダメージ。
「だ、駄目! 中途半端だと、もっと恥かしいから! せ、せめて最後の、ぱ、ぱぱぱぱ、パンツを脱ぐまで…………うえぇええええん! やっぱり嫌だよぅ! 恥かしいよぅ!」
そして、ついにメリーさんは泣き出してしまった。罪悪感がぱないです。
「スズキさんの本棚にあった、漫画の真似をしようとしたけど! 無理だよー! いかに怪異といえど、そこまでの変態行為は無理だよー!」
「わかった。わかったから。早く服を着ろ! 俺が母親に滅殺される前に!」
「ひっく、ぐずっ…………うん」
俺は膝の上に置かれた衣類を全てメリーさんへ返し、服を着終えるまで、背中を向けていた。うん、なんかもう、どうでもいいや。先生関連で巻き込まれた怪異で、こんな気分になったのは初めてだぜ、まったく。
「も、もういいよ」
後ろから布擦れの音が消え、代わりに、今にも消え入りそうな少女の声が耳に囁かれた。
もうここに到って、後ろを振り向かないという問答をしている気力もないので、俺は素直に振り向く。
「わ、私がメリーさんだよー……え、えへへへ」
そこには、金髪碧眼で、白いワンピースを纏った可愛らしい童女が居ました。
はにかんだ笑顔と、うっすら染まった笑みで、俺を優しく迎えてくれたのです。
めでたし、めでたし。
「じゃ、じゃあ! 半殺しにするからね! 出来るだけ痛くしないから、我慢してね!」
とはいかないのが現実だ。
可愛い女の子が居ました。仲良く暮らしました。なんて、メリーさんにあるまじき、終わり方である。や、俺は好きだけどね? メリーさんのそういう甘いssとか。でも、実際の怪談や、都市伝説がそうだったら、もはやただのラブコメになってしまうので。
一応、ホラーなので、これ。怪異録ですし。
「しゃぁ! こーい! さぁ、包丁で切るなり! 締め技使ってくるなり! どんとこい!」
「い、いくぞー。えーい」
ぽかぽか、ぺしぺし。
へにょ、ぽにょ。
…………攻撃を受けた擬音なんだぜ、これ。嘘みたいだろう?
「ごめん、メリーさん。効かない。顔を真っ赤にしてぽかぽか殴ってこられても、全然痛くない。少なくとも、俺はこの程度じゃ半殺しにならない。こう、せめて凶器とか無いの?」
「…………私、メリーさん。実は血を見るのとか苦手だし。超非力だし。そもそも、何かの命を奪うという行為が無理」
「無理じゃん! どの道無理じゃん! 振り向こうが、どうしようが無理じゃん!」
「仕方ないじゃん! 私は本家本元のメリーさんじゃなくて、ネット上のドジっ子成分とかが混じった、新世代のメリーさんなんだから! くそぅ、憎い! 私を萌えキャラにしたネットの住民が憎いよー!」
やばい、俺にとっては感謝の念が止まらないよ、ネットの住民の方々。
及び、可愛らしいメリーさんのss、イラストを投下している皆様。毎回楽しんだり、萌えたりしております。今後もなにとぞよろしく。
「ふふふ、形成逆転したようだな、メリーさん。さぁ、どうする? このまま、肩たたき程度の攻撃を俺に続けるか? それとも、大人しく帰るか。俺としては、後者だと、凄く、の凄く助かるわけだが……」
「む、むぅー」
メリーさんは唸り声を上げると、ふらふらと、二三歩交代する。
そして、きっ、と俺の方を睨み、ぎゅっと固く拳を作った。
「こ、こうにゃったら……」
あ、噛んだ。
「こうなったら! メリーさんの最終奥義を発動させるしかない!」
「え? そんなのあるの?」
「あるよ! これを使ったら、私はもうメリーさんと呼べない存在になってしまうけど、もう二度と怪異には戻れないけど……! 私にも意地があるもん!」
「やめようぜ、諦めようぜ。妥協こそが人生を豊かにするんだぜ」
「私は絶対に諦めない!」
そんな少年漫画みたいに叫ばなくても。なんかもう、ほら、底が見えたし? これ以上火傷する前に、やめておいた方がいいという、折角の俺の心遣いを無碍にしやがって。
いいだろう、萌えキャラの分際で、何処まで『語り部』たる俺に傷を付けられるか、試してみるがいい!
「存在構築……世界改変……基盤に刻まれし真実を今、書き換える……」
「ちょっと待って。なんかやばそうだから待って。俺が悪かったから、ほんと、御免って」
世界改変とかマジでやられたら、俺でも死ぬんですけど。
「待たない! さぁ、喰らえ! 今、必殺のぉおおおおおっ!!」
カッ! とメリーさんは全身から眩いほどの光を放ち――――
「新・メリーさんの最終奥義! 嫁化っ!!」
なぜか、メリーさんがウエディングドレス姿になっていました。
「へ?」
呆ける俺に、メリーさんは三つ指を床に付き、深々と頭を下げる。
「不束者ですが、どうかよろしくお願いします」
「待って、待って意味がわからない」
だけど嫌な予感は止まらない!
「メリーさんの最終奥義、それは、私自身を嫁とすることなの……世界を騙し、過程を飛ばして、童女にしか見えない私が、貴方の嫁となる。法律も、倫理も、何もかも無視して、貴方の嫁になったという結果だけを導き出す、つまり……」
びしぃ、と俺を指差して、メリーさんが叫ぶ。
「スズキさん! 私は貴方を社会的に殺したの!」
「ひでぇ」
確かに、世界で唯一、童女を嫁にした男なんて、社会的に終わっている。ネット上では、神扱いされるかもしれないが。
なんてこったい。萌えキャラを甘く見ていたぜ……まさか、こんな…………あれ? えっと、つまり、そうなると……。
「あの、メリーさんや」
「何かな、旦那様」
「ごめん、旦那様は勘弁して……その、さ。過程を無視して、嫁になったという結果を導き出すってことはさ。結果が、出た後に、後々過程が追いついて来るってことか?」
「一部は。法律とか、戸籍とかは一度通っちゃったから、問題ないと世界に認識され続けるよ。でも、童女を嫁にしたという結果は、そのまま回りの人々に反映されるの。うふふ、これで終わりだよ! 貴方も! 私も!」
「すまん、社会的な意味以外にも、物理的に死にそうな可能性があるんだが、俺」
気付くと、部屋の外から、ドアを挟んで猛烈な殺気が俺に向かって放たれていた。慣れていなければ、大の大人でも当てられただけで気絶するだろう、凶悪な殺意。
間違いない……母親だ。
『むー、すー、こぉー…………三分間だけ待ってやる。お前の罪を数えろ』
あかん。
俺が『語り部』だとしても、そんな道理さえ超えて、殺されてしまいそうだ。……や、待て。まだ手はある。母親はあれで、ドラマティックな恋愛に弱い。俺が貸した恋愛小説を、涙ボロボロ流して熟読するぐらいだ。
とりあえず、メリーさんと俺が、愛がある結婚だとエピソードを捏造すれば、なんとか、命、命だけは……。
「って、あれ!? メリーさん! ちょ、逃げないで! どこ!?」
「わ、私、メリーさん。今、貴方の後ろで震えているの……」
「戦わなくちゃ、現実と!」
はい、そんなわけで。
いつの間にか嫁が出来ている新世代怪異、『萌えキャラメリーさんの恐怖』でしたとさ。
ちなみに、母親とは、自分の生活費及び、メリーさんの生活費を全て俺が支払うことを約束したおかげで、なんとか命だけは助かりました。
……羨ましいと思ったそこの貴方。貴方の後ろにもメリーさんがいるかもしれません。
萌えキャラじゃなくて、正真正銘、本物の、ね。
先生が直接出てこないと、こんな感じです。
先生が直接登場した時は…………




