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これからのこと(最終話)

 ヘルミオーネは、アレウスの背中に回した手に力を入れて自分の方へ引き寄せた。

「私もずっと悩んでた」

 アレウスの大きな手が、ヘルミオーネの髪に絡みつく。

「何を…?」

「あなたが貴族じゃないと思ってたから」

「それは……悪かったよ」

「そうじゃないの。なんて言ったらいいのか…。きっと最初に舞踏会であったなら、私はあなたを好きにはならなかったと思うの」

「私は魅力的ではない?」

 ヘルミオーネは、アレウスから身体を離すと、白い手袋をはめた手を綺麗に整えられたアレウスの髪に伸ばした…と思うと、いきなりクシャクシャに掻きまわした。

「こらっ、何をするっ」

「私が好きになった人は、こんな髪をしていないわ」

「おいっ」

「あなたが貴族だったら、確かに問題はなくなるけど、でも、違うから私は好きになったの。だから」

「本当のことを知ったら、私のことを嫌いになった?」

「嫌いになれたら上手くいく?」

 アレウスの髪をかき混ぜていたヘルミオーネの指が髪からこめかみ、それから頬に流れていく。

「それは…難しいな」

「どうして?」

「私も迷っていた。逢わない方がいいのに、逢いたくて。逢った時に決めようと思っていたが、こうして────」

 アレウスはそこまでいうと、ヘルミオーネの手首を握って、話を続けた。「こうして、逢ってしまったからな」

「……だから?」

「もう、離せないって、ことだよ。ヘルミオーネがどう思おうとね」 

 そう言ったアレウスの口端が緩み、向かい合うヘルミオーネの口端も同じように緩んだ。

「わからないわ。アレウスは嘘つきだもの」

 ヘルミオーネがクスクス笑いながらそう言うと、アレウスは対照的に真顔になり、スウッと長椅子から離れて床に跪くと、ヘルミオーネのドレスの裾に手を触れ、そっと、キスをした。

「アレウス?」

 ヘルミオーネの顔から笑みが消え、見開いた目の中の丸い瞳が細かく揺れる。

「これからはずっと、傍に。ヘルミオーネ、私と結婚してくれないか」

 そういって、アレウスは嵌めていた手袋を外すと、スッとヘルミオーネの前に手を差し伸べた。

「冗談でしょう?」

 衝撃を押さえるかのように口を押えたヘルミオーネの指が小刻みに震えた。

 だが、アレウスは真剣だった。

「いっておくが、これは夢物語じゃないぞ。言った通り、私はこの家の中では望まれない跡取りだし、この家の雰囲気は知っての通りだ。この手は幸せの切符とは限らない」

 なんていうプロポーズだろうと、ヘルミオーネは思った。乙女の物語なら優しい貴公子は、優雅に跪き、ただ愛を乞うはずだ。なのに、アレウスの言葉はまるでこれから戦いにでも行くかのようだ。

 しかし、ヘルミオーネは、そんな乱暴なプロポーズを前にニヤリと笑った。

「一つ条件があるわ」

「条件?」

 同じようにニヤリと笑ったアレウスが少し首をかしげた。

「私に嘘はつかないこと。からかわないこと。それから────」

「一つじゃなかったのか?」

「一緒に戦ってくれること」

 ヘルミオーネは、アレウスの視線を捕え、そして、まるで挑発するかのように微笑んだ。

「もちろん」

 アレウスの手がヘルミオーネの腰に伸び、グッと引き寄せた。

「まだ、返事をしてない」

 文句をいうヘルミオーネの唇がアレウスによって塞がれる。

「離せるわけがないだろう」

 身体が折れてしまうのではないかと思える程、力任せに抱きしめられながら、それでも、ヘルミオーネは、抵抗などすることなく、少し頬を染めて、その広い腕の中で、酔っているかのように静かに目を閉じたのだった。


 その夜、自分の屋敷に戻ったヘルミーネは、就寝前、鏡に向かいながらいつものようにエウリュナに髪を整えてもらっていた。

 下の階から聞こえるのは、ヘルミオーネがプロポーズを受けたことを喜ぶ両親の笑い声だ。

「いつから、気が付いてたの?」

 そんな弾む家の中にいて、鏡越しにエウリュナを見ても、エウリュナの様子はいつもと変わらない。

「私も最初は気が付きませんでした。馬車の中では、いつも横顔しか見れませんでしたし、頬杖もついていましたし。でも、おかしいと思ったのは、お嬢様が怪我をした時の手当てが見事だったから、でしょうか」

「それで、聞いたの?」

「はい。お見送りをした時に…。その時、アレウス様がエウロスが命を懸けて守った人だと知りました」

「それでも…いいの?私、そのアレウスと」

 恐る恐る鏡越しにエウリュナを見ても、エウリュナの表情も髪を整えるその丁寧なブラッシングにも変わりはない。

「勘違いをなさっているのですよ。アレウス様は」

 声もいつものように冷静だ。

「もし、お嬢様に命の危険が及ぶようなことがあれば、私もエウロスと同じようにしたと思うのです。ですからアレウス様を恨むなんてことはありえないのですよ。守りきったエウロスをとても誇りに思っているのですから」

 エウリュナの目が優しく笑う。エウロスを思い出してでもいるのか、それが真実だと表すように。 

「私は、エウリュナをそんな酷い目に合わせたりしないわ」

 思わず振り返り、ヘルミオーネが必死の形相でエウリュナを見上げると、エウリュナは驚いたように、目を見開いたあと、クスっ笑った。

「そう願いたいものですね。これから大変ですし」

 そのままヘルミオーネを立ち上がらせ、寝室へと誘う。

「大変?」

「そうですよ?奥様のあの楽しそうな声をお聞きしたでしょう?恐らくあしたから婚礼の準備ですよ。新しいドレス、道具、お嬢様のマナーも確認しないといけないでしょうし、そうそう、お勉強も」

「えええ?」

 驚いて振り向こうとするヘルミオーネの背中を無慈悲にもエウリュナは押した。

「忙しいですから、早くお休みくださいませ」

「なんてこと…やっぱり、やめる、結婚なんて」

 頭がクラクラする。これから、どんな目に合わせられるのかと思うと眩暈がしそうだ。

 しかし、エウリュナはヘルミオーネの言葉を聞き入れない。

「さあ、ベッドにお入りを。大丈夫ですよ、アレウス様が導いてくれますよ」

 ほとんど無理やりベッドに入れられ、掛布を体に乗せられ、その上、ヘルミオーネは、目を閉じるように強要された。

 アレウスが、導いてくれる。

 誰も居なくなった部屋で、その言葉を思い出しながら改めて掛布を頭まで被れば、頭の中で鐘の音が響いた。

 その音に導かれて細く伸びる赤い絨毯を進んでいくと、その先にヘルミオーネを待っている人影が見えた。

 洗いざらしの黒い髪。すこし意地悪そうな笑顔。

 そう、あれは私の好きな人。

 忘れたくても忘れられなかった……。

「アレウス」

 ヘルミオーネはその名を呼びながら、ゆっくりと眠りに落ちて行った。


 楽しんでいただけた方もそうでない方も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 勝手ながら、拍手のコメントは閉じさせてもらいました。誤字脱字を含む感想は、感想欄へとお願いしたいと思います。と、いうか、是非お願いします。


 最後に、今まで拍手でコメントをいただいた方、不表示で誤字脱字を優しく指摘していただいた方、ありがとうございました。

 

 それでは、また、妄想が溢れ出す頃。

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