待ち人
三度目の結婚をするため、わたしはついこの間、ここにやって来た。とても暑い日だった。車から降りた時にギラギラした日差しを、何故かよく覚えている。
わたしはこの前の結婚が大失敗に終わったことにも懲りずに、こんなにもすぐに、また結婚させようとするお父様の感覚に、心底がっかりしていた。
無理やり結婚させることをやめてほしい、もし無理にさせたとしても、それでは終わらないということを、あれほどやっても分かってくれなかったのだから。
わたしはもう二回の離婚経験者なのだから、ちゃんとした男性なら見向きもしてくれないだろうと思っていた。普通の女性としての幸せは、私には関係なくなってしまったと信じていた。
それなのに無神経に結婚を無理強いするお父さんに、そんなやりかたでは誰も幸せには絶対に出来ない、何の益にもならないことを知って欲しかった。
だからどんなむちゃな方法を使っても、わたしとしはもう、父様の言いなりにはならない。
徹底的に反抗し、人に無理強いすることのもつ酷さを、気付いてほしいと思っていた。
ここに来た時のことが、ずっと脳裏に焼き付いていて、良く思い出す。
このアパートの一室が次のお相手の家で、これから自分が暮らす場所と知らされた時、失礼だとは思うけど、膝から力が抜けるような思いだった。
錆びた階段を上がり、倉庫のドアのような玄関の扉を開けると、見覚えのある方がそこに待っておられた。--- 草葉さんのお父様だった。
このお話しが持ち上がる前も、何度か家を訪ねてこられたことがあって、その時はわたしがお茶をお出しした。
草葉さんのお父様の会社についての話題は、我が家の食卓でも出ることがあった。お父様が食卓で仕事の話をされることはほとんどないことだったので、わたしでもしっかり覚えていた。
今度の結婚のお相手は、その草葉さんのお父さんの息子さん、草葉昇太さんだ。
お父様と草葉さんのお父様がお話している間、わたしは横目で家の様子をうかがっていた。ここに三人も住んでおられるという。大変だろうなと思った。
今まで知っていた世界とはずいぶん違って、ビックリするばかりだった。でも考えてみると、今までの生活に嫌気がさしていたわたしにとって、今までと違うという事は、それだけでも歓迎するべきことだと思えてきた。
昔から続くわたしたちの会社のため、結婚して人脈を作るための術となり、子供を産み、素晴らしい後継者を生み出すことこそ、わたしたち蝶山の家に生まれた女の最も大切な役割だと、日頃から事ある度に聞かされてきた。
ほとんどが家庭内学習で、学校にまともに通ったことのないわたしたちは、同年代の人たちと殆ど関わりがないまま大きくなる。だから教えられたことしかしらないわたしたちは、大人たちのやり方に特に疑問も持とうともしなかった。
しかし、今のわたしは違う。
わたしは自分が、姉たちのように言われるまま、何も考えないで生きて行って、幸せになれるとは思えない。
姉たちはたまたま幸運だから幸せを掴めたのだ。わたしはそうではない。
自分で頑張って、それでももし幸せになれないんだったら、諦めがつく。納得もできる。
でも、それをしなかった初めの結婚では、あんなに惨めで悲しい結末を迎えた。残っているのは悔しさと後悔。時が経つにつれ人任せにばかりしていた自分が馬鹿だったと分かってきて、それ以来、ずっと自分のことを腹立たしく思って来た。
そう、何もしないで人まかせにばかりしていたら、わたしは一生、こんなもやもやした中に生きていくことになるに違いない。
そんな風に考えるようになったわたしを、お父様はここに連れてきた……。
暑い部屋の中、わたしたちは「草場昇太さん」の帰りを待った。
その人はわたしと同じ年。ずっと年上だった今まで二回とは違う。
わたしにとって物珍しい部屋の風景を眺めながら、来るべき人のことを色々な想像を巡らした。
渡された写真を見ていると、その人は明るくて元気そうな男の子に見えた。今まで普通に幸せに暮らしてきた、普通の人のようだった。
わたしはその写真を眺めながら、ちょっとホッとした気持ちになった。
今まで付き合ってきた特別な人、セレブと言われるような人が持っている独特の気難しさや身勝手さに、無理して合わせることをせずに済むかも思ったから。
でも同時に湧いてくるのは、不安と寂しさ。
普通ならまだ学校に通っている年頃のわたしは、既に二回の結婚と離婚を体験している。
こんな滅茶苦茶な人生を歩いてきた女なんか、普通の人が受け入れてくれるはずはない。
もし受け入れてくれたとしても、きっと住む世界が違い過ぎて、話が通じなくって距離が出来たり、寂しくて辛い毎日になるんだろう。
どうしたらうまく付き合っていけるだろうか……
……ちょっと待って、わたしったら何を
そこまで考えて、何か期待しかけかけている自分に気づいてハッとした。
でもダメ、この結婚もお父様が無理強いしてのもの。絶対に上手く行きはしない。愚図愚図していると余計悲しくて悲惨なことになるだけ。
今回も前回と同じように、いいえ、あれから更に工夫を重ねたもっと凄い作戦を実行して、出来るだけ傷が浅いうちにお別れしなければならない。
ガチャ
ドアが開いたら、そこには半そでのカッターシャツを着た、高校生の男の人が立っていた。
「おう、帰ったか」
奥に座っていた、草葉さん-----昇太さんのお父さんが声をかけた。
わたしは無意識のうちに、その男の人をじっと見つめていた。
これが、今度のお相手?
……え、なに?
写真のそれよりずっと細い印象。そして伏し目がちな眼差し。写真の中の彼とは違って、もっと存在感の薄い、陰のある人に見えた。
その瞬間、わたしの鼓動が不意に早まった。
なに? なに? なに?
こちらを見つめる彼の眼差しに、なぜか意識が引き込まれていく。
自分の心が今までに感じたことのない何かを感じていることに、すっかり戸惑ってしまうわたしだった。




