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コンビニおにぎり

 本当に写真の方かしら……


 変だけど、初めの印象はそれだった。


 決して悪い印象ではなく、なんだか不思議な身近かさを感じた、というのが一番近いと思う。 


 そんな第一印象だったけれど、わたしは昇太さんの話を聞いているうちに、段々と気が沈んでいくのを感じていた。

 と言っても、原因は昇太さん自身ではない。わたしをそうさせているのは、彼がわたしのことを、想像以上にまったく知らされていなかったという事。彼は本当に無責任に、こんなにも全然知らない相手と結婚したということだった。

 

 勝手な話なのだけど、これでも一応女の子。さっさと解消するつもりでいても、淡い夢を抱いていなかったかといえば、嘘になる。

 でもそれが全部自分だけの空回り、頭の中だことだったという事を知らされて、内心、身の置き場の無い恥ずかしさというか、情けなさに、居ても立っても居られない気持ちだった。


 …… あの方も結婚したくないんだわ。


 こういうお話も、わたしにとってはちょっと新鮮だった。


 結婚に対して真っ向から反対するという態度に、これまでは出くわしたことがなかったので、内心、この結婚を駄目にしようと考えていたわたしは、妙な心強さを感じていた。

 

 部屋を連れ出された昇太さんとあちらのお父様は、色々と声を張り上げて言い合いをしていた。内容は全部こっちに聴こえてくる。昇太さんは頑強に結婚を拒んでいた。

 そのうち業を煮やしたわたしのお父様も出て行って、昇太さんに色々と話し始めた。お父様が話す、わたしについての話の内容を聞いているうちに、わたしの心中は穏やかではなくなっていく。


 お父様、わたしのこと全然わかってない!! 

 本当にわたしが、そんなに何もできない人間だと思っているのかしら!!


 わたしは不本意な自分についての評価にイライラしていると、ドアの向こうからわたしの耳に、いきなり思わぬ言葉が飛び込んできた……。


「つーか、結婚とか俺とかの気分で決めていいのかよ、あの娘は」


 ……え? 


 わたしの心は激しく揺さぶられた。


 彼の言葉に、わたしの何かが目覚めかけた。それと一緒に、今まで必死に守ってきた自分の中心が、ぐらっと揺らいだ。 


 気が付いたら立ち上がり、外に出ていた。そのまま部屋の中に座っていたら、この衝撃に自分がおかしくなりそうと思ったから。


「わたし、どうでもいい!!」


 わたしは揺れる自分の心に絶対に気づかれないよう、必死で顔の表情を消した。

 そして続いて繰り出そうとしている、「普通な」彼には、強烈な一撃になるにちがいない取って置きの事実を、心中に準備し身構える。


 そして硬い声でこう言った。



「『今度は』、あなたなの?」

「『今度は』って?」


 そう、そう思いますよね。引っかかりますよね。


 ……次の一言で、きっと、終わりになる。


 この結婚は絶対に成功させてはいけないのだから。そして、これで終わりにしないと、揺れるわたしの心がもう耐えられそうもないから。


「だってわたし、もう二回も『結婚』してるんだもの」


昇太さんは目を丸くしてわたしを見つめた。


 終わったわ。


 これで良かったんだわ。

 これでお父様の計画はピリオドを打たれる。


 ほっとしたわたしの心に、なぜか奇妙な喪失感が満ちていくのを感じていた。あれ? なんだか視界がくすんで……。

 でも、将来のあるこの人を、わたしの不運に巻き込むことは、決してしてはならない。




「分かったっす、良いっすよ、その話、乗ります。俺、その娘と結婚します」


彼はそう言った。


 わたしは自分の意思を貫き通し、今度こそ、思い通りに事が進んだと確信し、もう余韻とも言えるものに浸り始めてたところに、予想もつかない彼の返答が飛び込んできた。


 え? 


 この人


 本当にわたしと結婚する気なの?


 そんな無茶な……。


 わたしとして彼のことをどうこう言うつもりは全くない。ただ彼がわたしの背負っているものをちゃんと理解しているか、いやきっと全然わかっていないに違いないから、こんなことを言い出したのだと思った。

 そう、普通の高校生が、色々な大人の事情で翻弄されたわたしのことなんか、絶対に分かるはずはない。

 わたしは彼の答えを聞いて、ハイそうですかという気には到底なれなかった。

 ということで、いよいよわたしがずっと考えてきた、「男の人に愛想を尽かされるための作戦」を実行に移すことにした。




 まず服装。絶対女の子らしさなんかを出してはダメ。だぶだぶで薄汚れた感じのスウェットに着替える。これは汚れた感じに色を着けてあるわたしの特製。

 次にヘアスタイル。何日もお風呂に入っていないように見えるよう、ヘアワックスで髪の形をボサボサに作る。加えてフケが出ているように見えるように、それらしい小物を髪の毛に振る。

 その次がメイク。不潔さやだらしなさが前面に出るように、工夫を凝らした特殊メイクをする。短時間の間で上手く作り上げるのには結構練習がいった。

 最後に特製香水。あまり名前を出したくないものだけど、みんながウワッという臭いを体から立ち上らせる。これで変な気を起こして男の人が近づいてきても、一気に嫌になると思う。


 わたしは彼のいなくなった少しの間に、急いで準備をし、身支度を整え、玄関から一番遠いところに陣取り身構えた。

 程なく昇太さんは帰ってきて、わたしの変貌にビックリする。二人目の人はここでわたしを置いて出て行ってくれた。

 今度もそう行けば話は簡単だけど、問題はここは彼の家。本当は彼が出て行くのではなく、わたしが出て行くべき。でもわたしが出て行ってしまうと、単に逃げただけにしかならない。

 お父様の意思の届かない、お相手自身、昇太さんの「NO」がどうしても必要。


 彼は不機嫌な顔はしたけれど、やはり出て行きはしなかった。そのうち玄関先に座り込み、すっかり長期戦の様相になってしまう。

 予想はしていたけれど、随分大変な戦いになりそう。仕様がないので次の手を打つ。すなわち罵詈雑言による心理攻撃。


 彼を「いやらしい男だ」と罵ってみる。それでもだめ。いちいち突っかかってみる。それでもダメ。思い切ってやってみても、普段はこういうことをやったことないから、なかなか上手く行かない。

 そのうち口から出まかせを言っていたら、いつの間にか、前の夫の指を食いちぎったことになってしまった。

 流石にそれには彼は目を丸くしたけれど、それでもわたしとの結婚を解消しようとは言ってくれなかった。

 

 もう何をどうしたら良いのかわからなくなって、じっと座っているしかない。

 でもそうしているうちに、昨日から緊張していたわたしは、疲れが出てきてうつらうつらし始めてしまった。こんな事じゃいけないと、必死で頑張ってみても、動かずにじっとしているうちに、すっかり寝入ってしまっていた。





「え? わたし……」


 とっぷりと暮れたアパートの壁に寄りかかったまま寝ていたわたしは、ふと目を覚ました。一瞬どこにいるのかわからなかったけど、直に何があったのか思い出す。


 最後に記憶があるのは、昇太さんと夕ご飯の話をしたことだった。


 彼は夕食を階に行くと言って出て行ったけど、あれからどうされたかしら。


 それを口実に、わたしを置いてどこかに行ってしまわれたかもしれない。

 そうなっても全く不思議ではない状況だった。いや、きっとそうしたに違いない。そう思うと、なぜかふっと胸の内が湿っぽくなる。

 でもそうなることを願って、色々やったんじゃないのと、自分に言い聞かせ頭を振った。

 

「あら、これはなにかしら?」


 見ると目の前に何かビニールの袋に入ったものが置いてあった。

袋の中を覗くと、そこにはわたしの見た事のないものがいくつかコロコロとはいっていた。一つ取り上げてみると、そのラベルにはオニギリと書いてあった。

 なぜこんなものがと思いかけたところで、直ぐに答えは思い浮かぶ。間違いない、昇太さんが買ってきてここに置いて下さったんだ。

  

 袋から取り出してみると、おにぎりとはいっても、わたしの知っているおにぎりではない。とても面白い形をした包装で、その包装の開き方が丁寧に書いてあった。

 わたしは注意深くそれを開く。まるでマジックの様で、一人でそれを開きながらくすくすと笑ってしまった。


 わたしはそのおにぎりを頬張りながら、ふと考えた。じゃあ、昇太さんはどうされたのかしらと。

 目を凝らすと、台所の板の間に横になっていた。わたしはビックリした。


 自分は畳の居間で寝ていたのに、この方は台所で横になっている。昇太さんは板の間で丸まって寝ている。


 わたしの知っている男の人だったら、もし女が男にこんな仕打ちをしようものなら、激しく怒り、場合によっては暴力をふるったと思う。

 それに、このおにぎり。これがわたしのそばにあるという事は、昇太さんがここまで来たということで、わたしが何の変りもなくいるという事は、寝入っているわたしに、何もせずにおいておいたことになるわけで……。


< つーか、結婚とか俺とかの気分で決めていいのかよ、あの娘は >


 先ほどの言葉がよみがえってきた。


 この方はご自分の気分次第で、全部を決めてしまおうと思わない。寝入っているわたしなんか、どうにでもできただろうにそれをしない。

 紛いなりにも結婚したことになっているわたしたち、何をしても誰も責めはしないでしょうに……。


 昇太さんて、そんな方なんだ。


 わたしは自分の手のひらに乗るおにぎりをじっと見つめた。

 

 お腹は空いているはずなのに、胸がいっぱいになってきて、もう満たされた気持ちに包まれていく。


 わたしにとってこのおにぎりは、今までの生涯で、一番、心温まるお食事となった。  

 

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