婚約?
……あの娘の婿さんには、いろいろ苦労を掛けるかもしれない。
蝶山さんはそう言った。じゃああの娘の何が、そんなに相手を困らせるのか。まさにその当事者になろうかという俺にとっては、聞き捨てならない一言だ。
俺が話の続きを待って睨みつけていると、微妙に目を泳がせた蝶山社長は、少し上ずった声で話し始めた。
「娘のことを悪く言うのは、正直、辛いのだが……仕方あるまい」
「はあ」
「君に納得してもらうためには、そのことを話すのが一番近道だろうしな」
そう自分に言い聞かせるように言った蝶山さん、一つ深呼吸をして口を開いた。
「実は娘だがな、何もしないんだよ、『生活』ということを。」
「へ?」
「食べることも着ることも、身の回りのことなにもかも」
「はあ」
「だから、あの娘の部屋とかだがな、ちょっと、人には言えない状態になる」
「『人に言えない状態』ですか……」
色々想像力を働かせてみるが、女の子というものに全く縁のない俺にとっては、全くといって想像がつかなかった。
コホンと蝶山さんは咳払いをし、話をつづけた。
「いやな、君だったら、少々汚くても構わず、どうにかやってくれるんじゃないかと思ったのだよ」
「は? なんでそうなるんです。話、見えないっすけど」
「だから、泥まみれ、ぼろぼろの人間の世話を……」
そこまで言って、きゅっと口を結んだ。なんかすごく慌て始めた。俺は更にじっと成り行きを見守る。
「まあなんだ、それは良い。兎に角、君に頼みたいんだよ」
「だから、そんな良く分からない理由で、いきなり結婚なんですか?」
俺はそんな話しじゃ到底納得出来ないと突っぱねた。
「そうかね、君がそういう態度だったら、仕様がないこうしよう。私は君の父上の会社の負債をリカバリすることが出来る。いやな、以前から草葉さんの会社『ウィード・テック』さんの持っているノウハウには興味があって、色々と調べさせてもらっていたんだよ。だから私が一言言えば、直ぐにでも融資できるだろう。」
「……なあ、昇太」
俺は声をかけた親父の方に顔を向けた。済まなそうにこっちを見ている。
要するに、よく分からんがかなり問題ありの女と俺が結婚し、そいつの面倒を見る代わりに、うちの会社を立て直してくれるという話なんだよな、これ。
でもそこまで整理してハッとした。
「つーか、結婚とか俺とかの気分で決めていいのかよ、あの娘は」
「わたし、どうでもいい」
綺麗なソプラノの声がいきなり割り込んできた。蝶山さんの向こう側に、いつの間にか頭の髪の毛ボサボサになってる、つまらなそうな目をした病的に色白な女の子が立っていた。
薄暗いところでは分からなかったが、まさに整った顔立ちは、どこかの博物館のルネッサンスの彫像のように美しく、逆に髪の毛だけではなく服装とかも、滅茶苦茶な乱れ様で、俺は口をぽかんと開けるしか出来なかった。
「今度はあなたなの?」
「『今度は』って?」
あれ、なんか変じゃないか? 俺が自分が今の言葉の何に引っ掛かったのかを解析しているうちに、本人が言った。
「だってわたし、もう二回も『結婚』してるんだもの」
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「16の時一回、二ヶ月で離婚して、17の時二回目、1か月で離婚した」
この間18歳になったそうだ。結局、咲菜は俺と同い歳だった。もう愕然とするしかない。
いや同じ歳でバツ2とか、有り得んだろう。こっちなんか、女の子と付き合ったこともないぞ。
親父はその話を聞いてうろたえている。蝶山さんは苦虫を噛んだような顔をして、口の中でブツブツと何かを言っていた。言った本人はしらっと何でもないような顔している。
俺と言えば、なんかスッキリした。この話がどういう話なのか、俺なりに納得できた気がしたから。
「一つだけ聞かせて下さい。なんでそんな短期間に二回も結婚することになったんです?」
「いや、ただ付き合うだけだったら簡単に別れたり、他に行ったりできるだろうが、『結婚』となったら、一定の縛りがかかる、普通は」
要するに、この娘に一緒に居させるのを強制するために、男に「結婚」という縛りをかけたということ。だがそれすら、これまでの二人の前夫たちには、無力だったという事みたいだ。
それにしても、一ヶ月と二ヶ月なんて、なんなんだよ。
俺は改めて咲菜の顔を見る。それが気に食わなかったのか彼女は口を尖らせた。まんま小さな女の子だ。そうしているうちに、俺の中の警戒心が霧のように晴れていった。俺みたいなのに、こんな綺麗な娘との縁談が舞い込んできた理由が、分かった気がしたからだ。
蓋を明けてから、実はこうでしたみたいなにより、こっちの方がずっと気分的には良い。
……で、どうする?
超・問題有り女でかつバツ2、一方、俺は高校3年生、彼女歴なし。このアンバランスさって笑えるレベルだ。
でも、この話しOKしたらこれからの人生どうなる? もう普通の人生なんて有り得ないことになる。
いや待て、でも考えてみると、すでに俺の人生はもう微妙なことになりつつあった。
会社が傾いて、家を失い、学校をかわり、ポツンと一人でいる高校生活を送っている俺。それにどう考えても、今の家の経済状態から言ったら、進学は無理。学校生活は今年で終わりになるだろう。
高校出て働くという事が即ダメだとは思わないけれど、俺の夢とか計画とは、かけ離れたことになるだろう。
俺は改めて、ちょっと先につっ立っている咲菜を眺めた。
自分の醜態を他人にバラされて、嫌だっただろうし、恥ずかしいに違いないのに、そんな素振りは全く見えず、ある意味、自信満々、ある意味、高貴さすら漂っていたりする。
本当に良くわからない女だ。
そうしていると、なんだか色々と頭をもたげていた迷いが、すっかり晴れてしまった。逆に悪戯心みたいなのがむくむくと頭をもたげ始める。こういう、役にも立たないであろう、要らんことがしたくなるのは、昔からの俺の悪いところ。
でもとうに道から踏み外しかけている俺なのだ。それだったら、ちょっと外れてジメジメした気分になるより、とことん変な人生を歩んでみる方が、楽しいかもしれない。
「分かったっす、良いっすよ、その話、乗ります。俺、その娘と結婚します」
「ほ、ホントかね? ホントにホントかね?!」
蝶山さんは興奮して頬を赤くした。なんか風格ある、冷徹なヤリ手ビジネスマンには、ちょっと似合わない顔。
「はい」
「昇太……すまん」
振り返るとなんか親父は目に涙を溜めてる。
そんな俺たちを見て、咲菜はくるっと目を一回りさせて、フーンと言った。




