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カミングアウト

「咲菜さん、すごーい」

「うん、うん」


女子たちが、咲菜のお料理をし試食して盛り上がってる。


「蝶山さん、これ、旨いですね」

「そう言って頂けると、本当にうれしいです」


 さっきまでは女子のノリに押され、俺と一緒に外野席に陣取ってていた安三のやつも、料理の出来栄えに目を輝かせ身を乗り出している。

 そんな中俺だけは、その輪からはみ出したところで、自分の大事にしていたものが、横取りされたような形で気分になって、ちょっと腐っていた。


咲菜はもう、神山さんたちと馴染んでというのを通り越し、すっかり憧れの眼差しを投げかけられていた。いつも俺と一緒に俺は女子とは縁がないみたいな感じで、女子に対して距離を置く安三ですら、咲菜のきらびやかな魅力に、何かと声をかけている。


「ほら、草葉くん、そこでぼーっとしていないで、ちょっとは手伝ってよ。」

 「わ、悪りい」


 いきなり俺に声をかけてきたのは、神山さんだった。


「この人参、切ってくれる?」


弁当の付け合わせで、グラッセを作るということらしかった。

脈絡なく振られた俺は、微妙にびっくりしたが、みんながやっているそばで、何もせずにぼーっと突っ立っているのは、流石に悪いなあとおもっていたところだった。

 分かったと人参を受け取り、指示されたまな板の上に人参を置き、おもむろにそれに包丁を当てる。


「痛っ!」


考えてみればほとんど料理なんかやったことないのに、適当な気持ちで包丁なんか扱うからこうなるんだ。変な違和感にはっとして自分の指を見たら、そこから赤いものが流れていた。


これ位のことで速攻ヘマやらかして、マジ恥ずかしい…。


俺はとっさに血を水で流して指を隠そうとした時、いきなり俺のてはひったくられるように引っ張られたと思ったら、さっとその手を目の高さまで引き上げられ、指の傷を白い細い指が押さえた。


え?


 目の前には、青くなって必死になって止血する咲菜が立っていた。


 彼女は親指で俺の傷口を抑え、じっと血が止まるのを待っている。結構傷口が大きかったので、押さえたところに血が滲み、なかなか止まらない。

 そうしているうちに、咲菜の手が小刻みに震え始めた。じっと俺の傷口を見つめる彼女の唇がへの字にゆがみ、見たこともないほど苦しそうな表情を浮かべていた。見る間に眼尻に溜まっていく。

 俺は全く想定していなかったいきなりの彼女の反応に、胸を貫かれたような衝撃が走った。


…… 咲菜、なんでそんなに辛そうな顔をする?


 だいぶ長い間止血をしていた咲菜は、その指をそっと俺の手から離し、血がどうにか止まったのを確認した。

 そして自分のポケットからキラキラした布で刺繍やレースがついている、いかにも高級そうなハンカチを取り出して、躊躇なく俺の指を包み処置した。

 しかしそうしているうちにも、止まり切っていなかった血が滲み、ハンカチを汚してしまう。

 こんなきれいなハンカチ、こんなことに使って良いのかとこっちはそわそわしてしまうのだが、咲菜は全く気にしていないようだった。 

 そして一通り処置が終わった彼女は、湿った視線を足元に落としたまま俺の手をそっと放すと、とぼとぼと神山さんたちのほうに帰っていく。


 すっかり神山さんたちの存在を忘れていたが、様子から見ると、咲菜の手当の間中、棒立ちになってこっちを見ていたようだった。驚き満面の表情で戻る咲菜を迎えるみんなの顔を見ながら、俺の中を何かが駆け巡った。


 咲菜、どうしてそんなに苦しそうなんだ?


 あれこれと考えることなんかない。咲菜をこんなに苦しめているのは、俺が彼女に強いていること以外に何がある。


 咲菜をこんな目に合わせ、友達を誤魔化し、自分に嘘をついて、何が充実した高校生活だ。


「咲菜、ごめん」

「え?」


 家で呼ぶように彼女に呼び掛けると、彼女はすっと立ち止まった。


「咲菜、もう良い。ありがとう」


彼女はすっと振り向いた。そこには目を見開いてこっちを見つめる彼女の顔。


「みんな、ごめん。俺、嘘ついてる」


 いきなりのカミングアウトのフラグに、場が一瞬のうちに固まるのを感じた。でも俺はもう腹を決めていた。みんなに嘘をついて、大事な人に嫌な思いをさせて、それで自分だけ良い目あうなんてのは、やっぱり絶対におかしい。


「実は俺ら、結婚してんだ」



 ******





「まさかのまさかだよな……」


長身の大林安三は、今、背中を見送った、友達の全く知らなかった一面をいきなり知らされ、腕を組んでうなった。正直、どう対処していいか分からなくなっていた。 

 

「ホント、まさかだよね……」


ボブの茶髪、色白、小柄な小宮さんは、ため息交じりにそう言った。


「何、言ってるの、あんたたちバカじゃない?」

「な、なによ、」


神山さんの言葉に、ポニテを揺らして振り返った大森さんに、神山さん目をきらりと光らせ、含み笑いをする。


「ちゃんと頭を使いなさい。この結婚は『偽装』よ」

「ど、どうして、そんなこと言えるの?」


 今度は小宮さんが食って掛かった。それはそうだ、そう考える根拠が全く見えない。唐突に何を言うのか。これだからと一つため息をつくと、大森さんは解説を始める。


「あの娘たちの距離の取り方、見なかった?」

「え?」


首をかしげる女子二人。安三に至っては、目を瞬かせるしかできない。


「絶対そう、あの娘たち、まだ『そういう関係』になってない」

「「「え?!」」」


キョトンとする安三。赤くなった大森さんと小宮さんは、こいつ!みたいな目で安三を睨む。そうしているうちにやっとのこと分かって、ゲッ!と声を上げると一歩、飛び退いた。


「男って、今まで許された距離より近づくと、キョドるものなの」


 確かにそういうところあるかも。うなずく大森さん。飛び跳ねるポニテと白いうなじに、安三、ますますおり場がないと小さくなる。


「そういえば」

「でしょ!」


 大森さんは、ポンと手をたたいた。確かに二人は絶対に手をつながなかった。人ひとり分ぐらいいつも距離をおいていたのを、何か変だと感じていたのを思い出す。

 そしてつい今、料理教室はひと段落ついたし、怪我人を放っておくのは悪いからと、早めに切り上げて帰ろうとする二人の後ろ姿。

 咲菜が昇太の二歩後をついていくみたいな、ずっとそんな感じ。


「今時、あれはないよ。普通の『彼氏・彼女』だって、あれはない」

「そういえば、ものすごくぎこちなかった」

「うん、うん」


「じゃあ、あのカミングアウトは何?」


大森さんのもっともな疑問に、3人+1人が、そろって首をかしげた。


「絶対、何か理由がある」

「私たちに、彼女いるんだって、見栄はりたかったんじゃ?」

「それだったら、結婚してるなんて言わなくって、付き合ってるって言えばいいじゃない」

「そうよ、結婚してるなんて言うから、変だって話になったんでしょ」

「そっか」


そして沈黙


そんな中、今度は神山さんがぽんと手をたたいた。


「草場君が蝶山さんと仲良くなりたいと思うのは、普通に考えられることだけど、逆に蝶山さんがそれを望むなんて普通ないよ。だからこうなったからには、蝶山さんの方から頼んだとするほうが、ホントじゃないかな。」


「まあそうだよな。あの二人だと、どう考えても蝶山さん主導だろ。」


 女の子がそうそう結婚みたいなことの、重い「お芝居」につきあいそうには思えないと、女運のない安三のしみじみとしたレスポンス。渋い顔をする女三人。


「だとすると、なんだろ、蝶山さんの都合って。」


「結婚したと宣言したら、色々とほかの男は手を出しにくくはなるわな」


安三がそう言った。神山さんの目がキラリと光る。


「それだ! まえ、ラノベでもあったけど、きっと蝶山さんが望まない結婚を迫られていて、それから逃げるために草場君に泣きついたとか。」


「で、あの、豪勢な弁当なんだ!」

「ならあの豪勢さ分かるわ。そんな大変なこと頼んでるんだから、報酬ってことかな」

「そうそうそう、そうに違いない! これで繋がったぞ。間違いないよ」


 一同、納得いく答えが見つかったことで、ホッとする。なんかここにきて、すっかり安三も女の子三人の仲間って感じ。

 こここまできて、みんなお茶にしようと、神山さんが紅茶を淹れてみんなの前に並べ、それにクッキーを添えた。4人の頭はこれからのことを考えてぐるぐる回っていた。


「で、どうする。」


「草場君を助け出す!!」


 聞きなれない低い声が響いた。みんなびくっとしてその声の主を探すと、そこには鋭い目つきをした神山さんが座っていた。


「きっと、あの美貌と凄い弁当で、魂、すっかり奪われてるんだわ。その上、結婚とかちらつかされて……。騙されてる。草場君、騙されてるよ。……絶対に許さないんだから!」


「ちょっと、あんた……」

「あんたがそこまで、テンパることないんじゃない?」

「なんで?」


二人の突込みをスルーする神山さん。その決意をぶつぶつと口の中で唱えている。


「別に友達ってわけでもないし」

「確かにまだ、友達とまでは、いってないかもね」

「じゃあさ、なんで?」


小宮さんの大きな目が、もっと大きくなって神山さんに向けられた。


「あたしは引かないよ、あたしは絶対許さないから」」

「だから、じゃあなんで?って、……まさか」


その場に一瞬緊張が走る。神山さんの朽ち葉おもむろに開いた。


「そうよ、あたし、草場君のこと好きだから」


「……へ?」


神山さんのこれまたびっくりのカミングアウトに、あと三人はまたもやフリーズするのだった。

 

  

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