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初めて??

「お、折り入ったお話ですか?」

「……、ああ、そうだけど」


俺はその一言に、目を白黒させるほど咲菜がてんぱったことに、慌ててしまった。


いや、確かに大切な話ではあるんだが、なんで咲菜がそこまでテンぱる?


 俺の大切な話、それは、「俺の実態」についてだった。今まで隠すとまではしないまでも、極力そう言う話をしないようにしてきた。

 

 それは、咲菜の前では結構、胸張ってる俺なのに、実は学校では惨めなボッチだ!なんて話をして、今までのままでいられるとは思えなかった。

 成り行きで始まった咲菜との生活ではあったが、現状、かなり気に入っている。また、咲菜とのかかわりの中で、このところ、クラスの居心地も微妙に変化してきたのだ。

 ここで変なカミングアウトして、全部パーとなるような、藪蛇になるようなことは避けたかったのだ。

 だが、そんな優柔不断ももう許されない。なにせ明日はクラスメートであり、クラスの中ではトップ・カーストの一員である神山さんの家に、咲菜とともに行かなければならないことになっているのだから。そこで、何事もないはずはない。 


 まずはクラスメート対策と、咲菜の弁当が全く他意の無いものであることを演出してもらうために、全くそそられない「オバチャン」に化けてもらおうと考えても見たが、所詮、無理有りすぎな話。

 その為のなけなしの資金は、今、咲菜がイジイジと弄っている、彼女の左手のリングになり、万事休すと言う訳である。

 彼女にリングをプレゼントできたこと自体は、後悔なんかしていない。それはそれで良かったのだが、これで明日の神山家訪問について言えば、話は詰んでしまったということになる。


 だからせめて咲菜はと思い、ボッチバレで受けるであろうショックへの対策として、自分からカミングアウトしそれを和らげようと、折り入った話をしようとしているのだが。


「……もしかしたら、って思いました。」 


彼女は指のリングを胸で大事そうに押し抱きながら、すっと顔を上げた。


「承知しました。わ、わたし、昇太さんが望まれるなら、例え制服ででも、なんででも……」


そういって、思いつめた顔をしてこっちを見つめている。


「あ、いや」


俺は咲菜の纏う、余りに緊迫した空気に狼狽えるしかない。


「でも、もう、薄々お気づきかとは思いますが……」

「ん?」

「わ、わたし、こういうこと、全くの初めてなんです。」

「え?」

「本当なんです。ウソじゃありません。…… それに今更、嘘をついても、無駄ですから。だって、実際にそうなったら、分ってしまう事ですから……」


そう言ったところで、両手を膝でぎゅっと握りしめ、俯いてしまった。


はじめてなのか……。


 俺は正直、へーと思った。とても意外だった。


 咲菜みたいなセレブって、しょっちゅうパーティーとか言っては他の家に訪問し、財界とか政会とかコネとか作るんじゃないの?

 顔見知りじゃないとしても、同じ年の高校生の家に行くのに、こんなに思いつめるほど大変なのことなのかと、首を傾げる。


「そ、それは確かに、『花嫁学』で、そういうことについても、色々と気が遠くなるような、相当具体的なことを学んでは来ました。でもどこまでも知識としてです。…… 実際にとなると、不安というか、怖いんです。それなのに、いきなり制服でだなんて……」

「やっぱ制服、拙いかあ……。実はさ俺も初めてなんだ。いざとなると、どうしたら良いかなんてわからないよ。」

「初めてなんですか?」

「そりゃ、そうさ。……あ、いや、そのことについて、これから話そうと思ってたんだけど」

「昇太さんが、未だに未経験だって言うことについてですか?」

「いや、そんなに狼狽えなくっても、……でも、なんで?」


 いや、いくらなんでも、そこまでお聞きしようとは思っていませんとか、でも、未経験ということで、ちょっと安心しましたし嬉しかったとか、なんかよく分からない反応に終始する彼女。

 こんなことをしていたらいつになっても話は進まないと、腹を据えて折り入っての話を始めた。



 「だからさ俺、学校では、いわゆる、『ボッチ』なんだよな。というか、ボッチだったんだ、ついこの間まで」

「ボッチ、……ですか?」

「だから当然、女の子の家とかに行くのは、全くの初めてなわけで ……」


 狼狽えてクネクネし始めていた咲菜はピタッと止まると、スーッとこっちを向いた。なんか口をポカンと開けている。


 俺はそんな良く分からない反応をする咲菜に、首を傾げながらも、話をつづけた。俺の今まで咲菜に隠してきた真実の姿、更に親父の会社の倒産に伴う俺の家の生活環境の激変、高校3年直前の急な転校、それにともなって必然的なボッチ生活、そこに咲菜の弁当、神山さんたちとの絡み……。

 我ながら、ホントここ一年、色々あったなと呆れながら、俺の話に耳を傾ける咲菜に話していった。 


「ということで、明日、神山さんのところというのは、俺の友達の家というのではなくってさ、なんかよく分からない流れで、咲菜に弁当の作り方を教えてもらうためのものだってことなわけ」


「……」


なんか、咲菜のやつ。目が光を失っている……。


「ん? どうした」

「……」


 反応が無い。自分語りって聞く方にとってはドン引きってこともあるので、ちょっとは覚悟していたが、咲菜だったらもうちょっと親身に効いてくれるかと思っていたので、微妙に傷ついた。

 

「す、すみません」


 彼女はフラフラと立ち上がってスーッとトイレの中に吸い込まれていった。その背中に、凄くいたたまれない思いが湧いてくる。


「つーか、参ったなあ……これ」


 いや、正直、こんな風に拒否られるとは思わなかった。


結構傷ついてしまった俺であった。



+++++++



「はい、分りました。わたし、何でも協力しますよ!」

「えっと、今の話だけど」

「明日の朝ですけど、何時に出ればいいんですか?」

「だから、何か気に障った……」

「お弁当のメニューですが、どんなものが良いでしょう?」

「いや、だから……」


 トイレから出て、顔を洗った咲菜は、さっきとはすっかり違うオーラをまとっていた。なんか妙にテンション高い。押されまくりの俺は、今の反応について問いただそうにも、しゃべらせてもらえない。


「メニューもだけどさ、一番ヤバいのは、何といっても俺たちが結婚しているということと、既に同居しているということで、そういう話、普通、高校生じゃありえないから、やたらに目立ってしまって、相当、不味いかもと」


「結婚、…… 『不味い』ですか?」


 いきなり会話が止まったと思ったら、一瞬、彼女の瞳が揺らいだ。


「不味い、ですか? ですよね。やっぱり、……ね」


「そうだろ? 高校生で結婚なんてありえないだろ。俺たちだって、無理やり引っ付けられたからこうしてるわけで、本当はこんなはずじゃあなかったんだからさ」

「ありえない……ですか? そうですよね、無理やり引っ付けられてこうしてるんですし、本当はこんなはずじゃなかったんですものね」

  

 あれ?


 いや、事実をなぞっただけなのだが、咲菜のやつ、酷く動揺しているように見える。俺はこれにもどう反応していいか分からず、オロオロしてしまう。

 彼女は穴の開いた風船のように、見ている間に小さくなり、シワシワになり、ヘナッと項垂れてしまう。

 ここまで変化が激しすぎると、もうこっちは眺めているしかない。


「大丈夫ですよ、わたし、昇太さんの妻だなんて絶対に言いませんし、他の方々に、決してそう思われないよう行動します……から。」


 ここにきて、彼女のことがすっかり訳分からなくなってしまった。明日はいわゆる「天王山」なのに、この半端ないちぐはぐさは、一体何なのか。



「そ、それは、……助かる」


結局、それしか言えなかった。




 ++++++++++++




「うわ!]


 翌朝、俺が寝ていると、いきなり布団が剥がされた。


「昇太さん!!」

「ん、咲菜?」

「『咲菜さん』と言いなさい!」


俺はその剣幕に一気に眠気が去って、目を丸くした。なんか、「懐かしい」顔がそこにあった。


…… そう、ここに来た時、初めに見せたその顔 ……


 前の相手の指と食いちぎったとのウソを、信じさせるに十分な冷徹で残酷な冷たい視線がそこにあった。


「準備しなさい。もう一時間もしたら出発です」


 俺は彼女の堅い声に飛び起きると、一目散にトイレに駆け込む。 


 トイレに座った俺は、気が付いたら貧乏ゆすりをしていた。ここにきて、相当に拙い状況になったことが良く分かった。きっとこれ、昨日のことの影響であることは、火を見るより明らか。俺の作戦は、ここに来て完全に失敗したことを悟る。 

 俺は今まで状態をキープしたいからこそ、彼女に理解してもらうために自分語りをしたのだが、どうも完全に失敗したらしい。彼女は俺の現実を突きつけられ、徹底的に幻滅し、落胆し、今怒っているのだ。

 


「遅い! 早く!!」

「は、はい!」


 トイレの中から叫ぶ。もう完全に俺は奴隷状態に成り下がっている。


 急かす声に慌ててトイレから飛び出した俺の前には、ライトブルーのワンピースを着、上品なネックレスとイヤリング、さっきまでかぶっていた三角筋の下から現れた縦ロールの黒髪の、それはもう100点満点のお嬢様が仁王立ちに立っていた。


「……咲菜」

「『咲菜さん』です!! 何度言ったらわかるんですか!」

「は、はい」


思わず敬礼した。


……でもさ、俺、そんなに酷いことしたか?


 そんなに俺の自分語りって聞くに堪えなかったのか?、それとも、他に無意識のうちにしでかしたのか?

 ガミガミと怒鳴られながら、心で涙を流す俺であった。


 

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