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制服

 いつもの駅に降り、暮れた夜道を咲菜と二人で歩く。

 ずっと黙っている咲菜だったが、横目で見ていると、思い出したように左手の薬指の指輪をそっと触って、フワッと微笑んで……というのを、何度も繰り返していた。

 俺の不用意に放った言葉で、辛い思いさせたようだったけど、どうにかフォローできたみたいだ。

 俺は彼女がリングを大事そうに眺める姿が目に入る度に、胸の内の点るホッとした暖かい思いに、目の前に横たわっていた難問なんか、どうでもよく思ってしまう自分に苦笑する。


 結局、俺の初バイト代は、一個のプラチナのリングとなった。

 まあこの時点で、明日、計画していた咲菜をクラスにみんなが想像している通りの、「ずっと年上のお姉さん」に化けてもらって、あの弁当が全く深い意味のないものであることを納得してもらうという、当初の計画は完全に挫折した。

 どのみち、計画といっても、ほとんど希望的観測から生まれたもので、俺自身、上手く行かどうか、疑問が無かったわけではない。ただ、代わりの案があるかと聞かれると、何も言えないわけだが。


 しかし、なんだかなぁ……。


 最近、俺的には相当珍しくクラスで上手くやっていた。残る半年ちょっと、どうにかこのまま行けたら良いなあと思っていたが、無理みたいだ。フッとため息が漏れる。


 でも、まあ良い。


 左手の薬指のリング、…… それがどういう意味を持つかは、俺だって常識の範囲では知っている。

 確かに今の俺達は、まだまだ「本物」の夫婦とは大分距離があるけど、現状が宙ぶらりんであればこそ、はっきりさせないといけないと思った。

 実際、さっきの失言もそうだが、要らない行き違いをまねいたり、誤解したりされたり、全部、そこら辺りが有耶無耶だったから妙なことになったのだ。


「昇太さん、ほら、星、綺麗ですね」


立ち止まった咲菜は、空をじっと見つめる。


「だね」


 俺は見上げた夜空に、正直驚きを感じていた。

 前、住んでいた都心では、こうは星を見ることは出来なかった。小学校のキャンプの時、夜空を眺めて教わった星座のことを思い出しながら、あれは何座だろうか、あの赤い星は何だろうかとやっていると、俺の右手にやわらかいものが触れ、直にそれが掌を包む。


 掌に触れる冷たく硬い金属の感触。


 その感触に息を飲む。


 改めて俺の渡したものが何をもたらしたのかを、知らされたような気がした。そして思った、俺はこの娘を妻としたんだと。

 

  

 

 家に帰りついた俺は、硬さがさらに抜けた咲菜の笑顔に何度もドギマギしながらも、本来の問題、明日の訪問・料理教室のことに思考を向けようとする。もう打つ手はないと諦めたとは言え、それでも何かないかと足掻いているのだ。


「どうぞ」


 テーブルで一人座ってそんなことを考えると、目の前に麦茶が並々と入ったコップがコトンと置かれた。咲菜は自分のコップもテーブルの上に置くと、目の前の席に座った。 

 いつも笑顔を絶やさない彼女だが、明らかに今までより肩から力が抜けているというか、時として感じていた、「職場で仕事しています」みたいな緊張感が無い。

 咲菜はいつもならスッと背筋伸ばしているのだが、今は頬杖をついて、こっちを見ている。


 今まで、やり手のメイドみたいで、それはそれで良かったんだけどな。


 でもいつもと違う彼女に、こっちの方が微妙な戸惑いを感じていた。

 そんな俺の心の動きを感じているのかどうか、力の抜けた咲菜は何歳も年下に見えてしまい、もう完全に「夢見る少女」であった。


 でもな、これでいて、本当のところは……。

 

 俺は頭を振った。咲菜のこんな少女的な姿を目の当たりにするたびに、いつも「バツ2」なのに……と、そっちに思考が行ってしまう。

 でも、ここまで来て、咲菜の辛い古傷をいつも意識していることは、やはり良くない。俺はさっき、もう彼女の過去との間に、一線を引いたのだ。

 感情的にはまだ完ぺきにではないかもしれないが、もう、後戻りはしない。そう決めたからこそ、形があるもので、その気持ちを咲菜に伝えた。

 



「そうそう、明日、何時に出るんでしょう? お宅はどちらなんですか?」

 

 咲菜は思い出した様にそう言った。見ると困った顔をしている。俺は何事かと目を瞬かせるも、軽く逆算して、大体の出発時間を伝えた。彼女の顔はさらに深刻さを増す。何をこんなに困っている?


「わたし、明日、何を着て行ったらよいでしょうか。昇太さんに恥をかかせるわけにもいかないし……」


 俺に恥をかかせないって……今までに聞いたことのないフレーズに、俺の眉はピクンと動いた。


「あそうそう、昇太さんは何を着て行かれるんですか? わたし、それに合わせます。服あまりないですけど……」


 そう言って、なんかショボンとした。


「えっと、別に俺の服とか考えなくても」

「だって、一応夫婦なんですから、余りちぐはぐでは。フォーマルとカジュアルとか、あるでしょ?」


 そう言うと、ほんのり頬を赤らめて目を泳がせた。

 俺が思ったのと真逆に話が進んでいる。これは間違いなくあのリングの「副作用」だ。思わず腕を組んで唸ってしまった。


 いつも察しの良い咲菜だが、今はそれどころではないらしく、唸っている俺を前にしても、自分の考えの中にとっぷり浸かっているようだった。一人でそわそわして、困ったな、どうしようかな、とうろたえている。


 俺はいつもより何倍も表情豊かな咲菜を眺めていて、いつになくほのぼのとした気持ち包まれていくのを感じていた。

 勝手な妄想にふけっている咲菜に、どうこう言う気も薄れて、なんか眺めてしまう。


 いつもなら平気でスウェットとか、ジャージとかでうろうろする彼女なのだ。というか、ここに来て直ぐの格好と言ったら、段ボールで出来た家に住んでいる人の方が、ずっと気を使っていると思えるような恰好をしていた。…… まあそれはわざとであったのだが。

  

「そうだ、制服があったわ!」


 ポンと手を叩いた咲菜は、すっと立ち上がって、彼女の荷物が積んでいる一角に駆け寄る。


「うちの制服、結構、憧れている人いるみたいなんですよ」


 そんなことを言いながら、服を閉まった箱を引っ張り出して、服を取り出してきれいに並べていく。


「あ、あったわ。良かった。これならきっと、変な風に言われることも……」


 笑顔で顔を満たす彼女だったが、そこはさすがに俺もストップをかける。

 いや、制服は最高に拙いでしょ。超お嬢様学校『聖セラフィム』の女生徒がお弁当の主だなんて……。

 そんなことがバレると、おひれはひれ、どんな噂が学校中を飛び交うことになるか分かったもんじゃない。

 単にクラスでいず楽なるだけで済まなくなる。マジ学校に入れなくなるぞ。困った俺は、俺の反応にキョトンとする咲菜に、もう仕様がないと、事の次第を説明していく。


「ちょ、ちょっと、良いかな」

「は、はい?」


 ほのぼのと自分を見ていた俺が、急に困り果てた顔をしたのが気になったのか、さっきまでの笑顔に変わって、不安そうに俺を見つめる。


「あのさ、俺の妻を見込んでの、たってのお願い、聞いてくれない?」

「た、たっての願い……ですか?」


初めきょとんとした咲菜は、ハッと目を見開くや、みるみる顔は真っ赤になっていった。


「も、もしかしたら、せ、制服を着てですか????」


なんか、勝手にドン引きしている……。

          

   

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