買い物 2
大胆なドレスとか、見るからに高そうなワンピースとかが、おしゃれにディスプレイされて高級ブティック。
その真ん中で、それにしても場違いなところに来てしまったと、思いっきり後悔しながら、今試着室に行ったばかりの咲菜を、早く帰ってこないかとじりじりしながら待っていた。
「昇太さん……」
「……え?」
振り返ると、美術館にかかっている古い絵画の中で澄ましているような、どこかの国のお姫様みたいな女の人が立っていた。
スタンドカラーのブラウン系のロングドレス。全体にあしらわれた細かな模様、裾には上品なレースの飾り。なぜか髪の毛がアップになっている。
はっきりとした顔立ち、すらっとした襟元、全くもって芸術品のようだ。俺は自分の語彙で表現しきれないのをもどかしさを感じるほど、彼女は美しかった。
「咲菜……」
「昇太さん、どうでしょう?」
照れる咲菜ときょどる俺に満足したかのように、店員さんがコメントする。
「ご主人様、いかがでしょうか。奥様、本当にお綺麗な方ですね」
ご、ご主人、様??
俺は目を丸くして固まった。
ここに来て直ぐに着ていた制服らしいブレザー姿以外は、咲菜がちゃんとした服装になったのを見た事がなかった。何故かずっと、自分で持って来たスウェットか、お袋から貰ったという服以外、着ないのだ。
そんなたるんだ服と比べ、明らかにこっちの方が普通に見えるのだ。少し日本人離れしたその顔立ちには、絶対こっちの方が似合っていた。
店員さんはただ眼を瞬かせているのを肯定と思ったのか、咲菜のことを更にべた褒めする。
「ご主人様、こんな方のコーディネートをさせて頂いて、本当にうれしいです。もしかしたら、モデルとか、されてるんでしょうか?」
「え? いいえ、そんなことは」
咲菜が慌てて答える。
「街とかで、声かけられません? スカウトの人に」
「いいえ、わたし、そんなことは一度も。ずっと家にいますから」
「そうですか? まあ、ご主人から大切にされてるんですね。こちらのような奥様を、人の目にやたらとさらすというのは、抵抗おありかもしれませんね。ウフフ」
分ります分りますと、一人で納得している店員さんだった。
俺を「ご主人」と連呼する店員さんに、咲菜はその度にビクッと反応する。そして申し訳なげに、上目づかいでこっちを見る。
それから、この店で何着か試着させてもらったけれども、どれを着てもお姫様になってしまう咲菜だったので、これは趣旨が違うと次の店に行くことになった。
店員さんにしては、こんなに素敵に似合ってられるのに……と、未練たらたらだったが、今回はしようがない。
……しかし、美人というものは、何を着ても決まってしまうものだな。
ある服でお姫様になったかと思うと、次の服でどこかの貴族の奥様になり、その次の服では平安時代のお姫様みたいな感じだった。
「済みませんでした……」
「ん?」
その店を出て、じゃあ次にどこ行こうかと考えていると、ショボンとした声で謝罪された。何のことだろうかと立ち止まると、かなり深刻な顔をしている。
「なに?」
「……あ、ですから」
そう言うなり見る見るうちに落ち込んでいく。ショッピングモールのど真ん中で、ぱっとしない男と今にも泣きそうな女が突っ立って何やらやっている。これはやたらと目を引く。果たして行き交う人々がチラチラとこっちを伺っている。
「じ、じゃあ、ちょっと」
俺はたまらないと彼女の手を引いて、手近なコーヒーショップに入った。
さっきまでのニコニコした咲菜はどこに行ってしまったのか。雨に濡れた猫のように、小さくなっている彼女に、俺は頭を掻いた。
でも、余りせっついてはもっと小さくなってしまいそうだったので、出てきたコーヒーを啜りながら、口を開くのを待つ。
「お嫌なことをしてしまいました。済みません」
「嫌なこと?」
そこでまた口ごもる。咲菜は俺になにか悪いことをしたと思っている。となると彼女の謝罪に、心当たりがないわけではなかった。
「わたし、調子に乗っていました。昇太さん、そういうのお困りになるの分っていたのですが、なんだか気が緩んでいたというか」
「いや、まあ」
「店員さん、『優しそうな彼氏ですね。プレゼントですか?』って言われるものだから、『いいえ、そんなことありません。主人とお友達のお宅にお呼ばれしてるんです』って言ってしまったんです」
「……そっか」
当然、ハタチそこそこの夫婦ということになれば、店員さんたちも気になってしようがなくなる。かくして、さっきみたいに「ご主人」の連発となったということみたいだった。
「済みません、お嫌でしたよね、わたしみたいなのの『ご主人』みたいに言われて」
「つーか、咲菜、自分はどうなの?」
「へ?」
「『妻』のつもり……じゃないの?」
彼女は青くなった。
「あ、そ、それは」
どうも、俺が責めているようにとっているようだった。おまえは妻の資格もないのに、なぜ勝手に妻を自称するのかと。
確かに俺は、咲菜のことを、妻として、というか正確には彼女のこれまでの経歴を受け入れる自信ができないと、宣言したことがあった。
正直、俺自身その時の自分の言葉に引っかかっていたが、それを面と向かって言われた本人が、気にしてないはずはない。
咲菜の性格をかなり知るようになって、咲菜は決して図々しい女ではなく、どちらかと言うととても繊細な遠慮深い人間なのだ。そこまで考えてたところで、今度はこっちが青くなった。
落ち込むというより、怯えているとすら見える状態になっている彼女を見て、俺は大きなため息を付いた。それは彼女にというより、俺自身の器の小ささと、配慮の無さについてのそれである。
「咲菜、……出ようか」
「……はい」
駅前であった時のルンルンした感じは最早、完全になくなり、すっかりこれから牢屋にでも引っ立てられていくかのような悄気る方である。俺は更に深い溜息をついて、思わず天を仰いた。
手を差し出しても、悲しそうに首をふるだけで、つなごうとはしない。
……まいったなぁ
これじゃあ、明日の服どころではない。兎に角、元気を出してもらわなければ、こっちが参ってしまう。
それから、ショッピングモールをあてども無く歩きながら、どうにか咲菜を元気にする方法はないかと探しまわった。
似合わないような大人の服ではなく、ちょうど高校生の女の子が好きそうな店とか、スウィーツの店とか、果てはオモチャ屋とか。でもどれもダメ。
そうこうしているうちに、俺の目に今まで全く眼中になかった一つの店が飛び込んできて、俺の目を釘付けにした。
待てよ……
咲菜が今、何をこんなに落ち込んでいるかというならば、俺が咲菜のことを妻と認めないみたいな言い方をしてしまったからである。彼女は自分が妻としては見られていない、拒絶されていると思って、こんなに悲しんでいるのだ。
でもそれは本当なのか? 俺は彼女を、妻として認めてないのか。
つーか、落ち込んでる咲菜を見て、どんなことをしてでも元気になってほしいと思っている俺。もう完全に、自分の今月のバイト代を、全部そのことにつぎ込もうと思っている俺。
……もう、そろそろ、意地を張るのも止めにしようか。
咲菜がバツ2でも、彼女が俺のことを何も経験のないガキだと笑っても、もう初めの時のように、彼女が何処かに行ってしまったらいいだなんて、絶対に思いはしない、いや思えはしない。
ということで、決まりだ。
「咲菜、ちょっといい?」
「……はい?」
肩を落とした彼女は、上目遣いでこっちを見た。その目にこっちだと合図をすると、一人歩き始める。彼女も俺の後をとぼとぼと従った。
「いらっしゃいませ」
その目的の店に入ると、ちょっと小柄だけど、さっきの店と引けをとらない綺麗な女の店員さんが出てきて、俺達に声をかけた。
やはり自分がここにいることについての場違い感に、微妙に緊張するも、そんなことにきょどる暇はない。後から着いてきた咲菜を引き寄せ、そのお姉さんに預ける。
「あの、この娘にあうサイズのやつ、どれでしょう」
「サイズですか、はい、かしこまりました。そちらにお座り下さい。はい、失礼します。」
何が始まるの?と目を瞬かせながら俺の方に目を向ける彼女に、俺は思わず目を泳がせる。
店員さんはカウンターの引き出しから、サンプルのリングを取り出して、これでいかがでしょうかと、咲菜に差し出す。
咲菜はそれを受け取ると、言われるまでもなく、左手の薬指に通した。ハッとしてこっちに向き直る彼女。
「うん、そう」
うなずく俺に、作名は真っ赤になったかと思うと、おずおずとサンプルリングを抜いて店員さんに返した。
かなりの間ウロウロし、さっきの店で俺は今月分のバイト代をほとんど使い尽くした。残った僅かなお金を頼りに、今、ファミレスの一席で遅い夜食を食べている。
咲菜はさっきまでのように沈んではいない。というか、ちょっと緊張しているみたいだった。実はそんな俺も、なんかさっきから心臓がドキドキして、変な溜息を連発していた。
手ごろなレストランに入り、席を決めると、すみませんと言って咲菜が席を立つ。後姿を見守っていると、果たしてトイレに吸い込まれていった。
そうこうしているうちに注文した料理が並び、いざ食事ということだが、その前に俺は重大なことをしなければならない。高ぶる心を必死に抑え、できるかぎりクールさを装いながら口を開く。
「さ、手、出して」
「は、はい」
俺は差し出された白い細い手を、こわれものを扱うように手で包んだ。その手の細さにいつもながら驚きと、ときめきを感じながら、さっき買った本日の成果を、店の紙袋から取り出した。
慣れないながらも片手でそのケースを開け、その中に鎮座している小さなもの。プラチナのリングをつまみ上げた。
そして俺は躊躇なく、彼女の左手の薬指に差し入れる。
「し、昇太さん……」
さっきサイズ調べたし、何を買ったか目の前で見ていたから分かってるだろ?
そうは思ったが、実際に指輪を付けられた時の彼女の顔を間近で見ていたら、そんなツッコミなどする気も起こらない。
まるでその瞬間、フワッとオーラを纏って体から仄かな光を発しているかのように見えた。表情には余り変わらないようだったが、俺には良く分かっている。咲菜はあまりの感情の高ぶりに、フリーズしているのだ。
固まったままじっと俺を見つめる彼女に、流石にいたたまれなくなった俺は、静かに勧めた。
「なあ、食べよ」
それを合図のように、彼女の目にフワッと涙が浮かんだと思ったら、ポロポロとこぼれ始めた。俺は参ったなと、すっと腰を上げると、ヨシヨシと頭を撫でる。




