第八章 消された新聞記事
地方紙「天城日報」の記者、清水あかねは、三十年前の障がい者関連事故の資料を調べていた。あかねは入社五年目、社会部に籍を置く記者だった。地方紙という規模の小ささゆえに、あかねは事件記者でありながら、地域福祉の取材も兼務している。その二つの領域が、まさか一本の線で繋がるとは、彼女自身、まだ想像していなかった。
あかねが記者を志したのは、大学時代、地域のボランティア活動を通じて、障がいを持つ人々の声が、いかに社会に届きにくいかを目の当たりにしたことがきっかけだった。「伝える仕事」に就くことで、その届きにくい声を、少しでも社会の表側に運べるのではないか――そんな理想を抱いて、彼女はこの業界に飛び込んだ。だが、実際の新聞社の現場は、彼女が思い描いていたよりも、はるかに「効率」と「わかりやすさ」が優先される世界だった。福祉関連の記事は、いつも紙面の隅に、小さく扱われることが多かった。
天城市立図書館の郷土資料室で、あかねは縮刷版を一冊ずつめくっていく。紙の匂いと、古いインクの匂いが、静かな部屋に満ちていた。
ある月の紙面に、不自然な痕跡があった。
一面の記事が、几帳面に切り取られている。改変されるはずのない公的な資料に、明確な人為の痕跡があった。
「珍しいですね……いつからこうなっていたのか、記録がないので」
司書は困惑した様子で言った。彼女は貸出記録を確認したが、この縮刷版が閲覧された記録自体、極端に少なかった。
あかねは、別の新聞社の縮刷版を取り寄せ、照合した。タイトルの断片が、かろうじて判読できた。
「――障がい者施設、児……」
添えられた小さな図表の一部に、彼女は見覚えのある数字を見つけた。
「12」
そして、判読できる文字がわずかに残っていた。
「……分間の空白」
あかねの手が震えた。
三十年前にも、同じ「十二」という数字が、何かの事件と結びついていた。
あかねは、その号の紙面全体のマイクロフィルムを取り寄せ、他の記事も丹念に確認した。だが、切り取られた部分に隣接する記事の見出しからは、これといった手がかりは得られなかった。まるで、その一つの記事だけを、意図的に、正確に切り取ったかのようだった。
あかねは、その日、社に戻ってからも、頭の中でこの発見を反芻し続けた。デスクに報告しようかとも考えたが、まだ確証のない段階で報告すれば、「もっと確実なネタを追え」と一蹴されるのが目に見えていた。彼女は、この件を、しばらく一人で、密かに追い続けることに決めた。
――この街は、都合の悪い記録を「切り取る」ことに慣れている。切り取られた記事の跡は、まるでこの街そのものの縮図だ。僕らに都合の悪い部分だけ、いつも綺麗に消えている。
あかねは発行日を手帳に書き写しながら、低く独りごちた。
「三十年前から、この街は何も変わっていない。ただ、切り取り方が上手くなっただけだ」
図書館を出ると、外はもう夕暮れだった。あかねは、手帳に書き写した日付を、もう一度見つめた。この日付が、これから彼女を、どこまで深く三十年前の闇に引きずり込むことになるのか――そのときの彼女には、まだ知る由もなかった。




