第六章 十二分
天城中央署、会議室。蛍光灯の下、コーヒーの紙コップが並んでいる。
海が、ホワイトボードに三つの時刻を書き並べた。
田辺誠の転落――十三時十二分。 佐伯の事故――十五時二十四分。 ひまわり園の警報未記録――十七時三十六分。
「間隔を計算すると、すべて二時間十二分です」
会議室が静まり返った。
「そんな、馬鹿な」
磯川が呟いた。
「偶然だとしたら、精巧すぎます」
海は淡々と言った。
「偶然なら、こんな並び方にはなりません。健常者の感覚では気づきにくい規則性です。でも数字にすれば、一目瞭然です」
「まだ偶然の可能性も――」
「磯川さん」
大輔が遮った。
「あなたたちはいつも"まだ偶然の可能性も"と言う。でも僕らは、その"可能性"の隙間で、何人も死んでいる」
沈黙。窓の外では、夕方の街の喧騒が、遠くかすかに聞こえていた。
「これは事故じゃない。誰かが意図を持って設計している"何か"です。そして、もしそうだとしたら――僕らは、犯人にとって"殺しやすい"存在として選ばれている」
海が、静かに付け加えた。
「そして、犯人にとって都合がいいのは、僕らが何を言っても"証拠にならない"ことです。刑事さん。僕らはこの街では、生きている証拠より先に、死んだ後の"事故報告書"の方が信じられる存在なんです」
磯川は、その言葉を、しばらく噛みしめるように黙り込んだ。彼自身、これまでのキャリアの中で、いくつもの「事故」を、深く調べもせずに処理してきた記憶があった。それは怠慢だったのか、それとも、この社会のシステムが、そうさせてきたのか。磯川には、その境界線が、急速に曖昧になっていくのを感じていた。
磯川は、ふと、自分の弟のことを思い出していた。彼の弟は、幼いころから軽度の知的障がいを抱えていた。子どものころ、磯川は、周囲の子どもたちが弟をからかうたびに、拳を握りしめていた記憶がある。だが、大人になるにつれ、彼はいつしか、その怒りを表に出さなくなっていた。「仕方のないことだ」と、自分に言い聞かせるようになっていた。今、大輔たちの言葉を聞きながら、磯川は、その「仕方のないことだ」という言葉が、いつから自分の中に、当たり前のように居座るようになったのか、考えずにはいられなかった。
「戸田さん。少し、時間をください。この件、上に報告する形を、考えます」
その一言は、これまでの磯川の態度とは、明らかに違う響きを持っていた。




