第三十五章 真犯人は一人ではない
だが、大輔は、静かに首を横に振った。
「違う。あなた一人じゃない」
あかねが、大輔を見た。
「あなたが、この事件を計画したのは、事実でしょう。でも――三十年前の隠蔽。記録の改ざん。現在の"事故"を、事故として処理し続けた警察。証言を、都合よく歪めてきた人々。それぞれに、別の人間が関わっている」
大輔は、静かに、一つずつ数え上げた。
「行政。再開発企業。施設の一部の関係者。そして――僕らの証言を、いつも"信用できない"と切り捨ててきた、この社会そのもの」
「誰もが、"自分は正しいことをしている"と思っていた」
海が、静かに付け加えた。彼は、この数週間で調べ上げたすべてのログとデータを、頭の中で一つの図として整理していた。
「片桐さんは、"理想のため"だと思っていた。坂上さんは、"施設のため"だと思っていた。あかねさんは、"正義のため"だと思っていた。……そして僕らを"信用できない"と切り捨ててきた人たちも、みんな、"合理的な判断だ"と思っていたはずです」
磯川が、深く、長いため息をついた。彼は、これまでの自分自身の捜査の在り方を、静かに振り返っていた。証言の重み付け。捜査の優先順位。すべてに、この社会の"当たり前"が、無自覚に染み込んでいたことを、磯川は、今ようやく、正面から認めることができた。
「では、本当の"犯人"とは、一体、何なんですか」
大輔は、窓の外の再開発地区を見つめながら、静かに答えた。
「犯人は、あかねさんでもあり、片桐さんでもあり、坂上さんでもあり――そして、この街全体でもある。僕らの声を"証拠にならない"と切り捨て続けてきた、その積み重ねそのものが、真犯人なんです」
花が、静かに口を開いた。
「大輔さん。それでも、あかねさんのしたことは、許されることじゃない。田辺さんも、佐伯さんも、本当に、命を落としたんです。"社会の構造が悪い"という言葉だけで、その事実は、消えません」
大輔は、花の言葉に、静かに頷いた。
「わかってる。あかねさんは、裁かれるべきだ。彼女自身も、それを望んでいる。でも――彼女だけを裁いて、この街が"解決した"と思うなら、それこそが、この街の一番の罪だ」
その言葉が、その場にいた全員の胸に、深く刻まれた。
後日、片桐謙一郎にも、事情聴取が行われた。三十年前、彼が凍結された道路計画のデータを、その後どのように扱ったのか――その経緯を巡り、彼の証言と、当時の関係者の証言の間には、いくつかの食い違いが見つかった。片桐自身は、直接の関与を否定し続けたが、少なくとも、彼が三十年前の隠蔽の存在を、"知りながら黙認していた"ことは、複数の証拠から、明らかになりつつあった。
坂上もまた、脅迫を受けていた立場ではあったものの、施設内での不正行為については、正式に処分を受けることになった。
磯川は、これらすべての経緯を、正式な報告書としてまとめながら、何度も、ペンを止めた。この事件を、単なる「一人の記者による犯行」として片づけることは、簡単だった。だが、彼は、その簡単な結論を、選ばなかった。




