第三十三章 すべてが逆だった
大輔は、これまでの事件の流れを、もう一度、根本から見直した。自宅の壁に、これまでの手がかりをすべて書き出した紙を貼り付け、一晩かけて、それらを見つめ続けた。
田辺の車椅子の不自然な位置。 花が聞いた、謎の機械音。 翔太が感じ取った、あの日だけの異臭。 監視カメラの十二分間の空白。 大輔自身の設備知識という、都合のよすぎる"手がかり"。 そして今回、美咲に仕立てられた、偽の証拠。
大輔は、それらを一つずつ並べながら、愕然とした。
「――これは、僕らが"障がい者だからこそ気づいた"情報じゃない」
海が、静かに聞き返した。彼もまた、大輔の自宅に呼ばれ、この検証作業に加わっていた。
「どういうことですか」
「これは、全部、僕らが気づくように、意図的に配置された情報だったんだ」
大輔の声が、震えていた。
「犯人は、僕らの"感覚の鋭さ"を、逆手に取っていた。僕らが違和感に気づき、それを繋げ、真相に近づいていく――その一連の動き自体が、犯人の計画の一部だった」
海は、これまでの自分の調査を、頭の中で振り返った。監視カメラの十二分の空白に気づいたのも、時刻同期のログを疑ったのも、すべて自分の意志による調査だと思っていた。だが、もしその手がかりそのものが、あらかじめ「見つかりやすいように」配置されていたのだとしたら――
「戸田さん。もし本当にそうなら、僕らが今、この瞬間、こうして真相に近づいていること自体が、犯人の計算の内なのかもしれません」
磯川が、絶句した。
「つまり、あなたたちは……」
「僕らは、知らないうちに、犯人の"シナリオ"通りに、動かされていたんだ」
その事実は、大輔の中に、これまでにない種類の怒りと、屈辱を呼び起こした。
――僕らの鋭さすら、利用された。僕らの"生き延びるための感覚"すら、誰かの道具にされた。
大輔は、壁に貼られた紙を、拳で軽く叩いた。
「でも、それでも――僕らがここまで辿り着いたことだけは、事実だ。たとえシナリオの一部だったとしても、僕らはもう、真相の目の前に立っている。それだけは、犯人にも奪えない」
その夜、花もまた、電話越しに、大輔にこう語った。
「大輔さん。もし本当に、私たちが利用されていたのだとしても……私は、後悔していません。だって、私たちが気づいたことは、たとえ誰かの計算の内だったとしても、私たち自身の"本物の気づき"であることに、変わりはないから」
大輔は、その言葉に、静かに救われる思いがした。
「そうだな。僕らは、駒だったかもしれない。でも、駒として"動かされた"ことと、僕らが"自分の意志で動いた"ことは、矛盾しない」




