第三十二章 美咲を犯人に
美咲の自宅から、事件に使われたとみられる機材と、被害者たちの行動記録がまとめられたノートが発見された。ひまわり園近くの小さなアパートの一室、美咲が一人で暮らす部屋に、家宅捜索が入ったのは、朝の九時だった。
「そんな……美咲さんが……」
磯川の部下たちの間に、動揺が広がった。押収された機材は、専門的な知識がなければ扱えないものだった。ノートには、被害者たちの行動パターンが、詳細に、しかも時系列順に、几帳面な文字で記録されていた。
だが、大輔は、その"証拠"を見た瞬間、違和感を覚えた。
「これは、おかしい」
「何がです」
「美咲さんの筆跡じゃない。彼女は、こんなに整った文字で、長文のメモを書ける状態にはない。それに、この機材の操作は、彼女には難しすぎる」
大輔は、美咲がこれまで書いてきた簡単なメモを、脳裏に思い浮かべた。彼女の字は、もっと大きく、力強く、そして不揃いだった。押収されたノートの文字は、まるで別人が書いたかのように、整いすぎていた。
大輔は、声を落としながらも、迷いなく言った。
その言葉に、部屋の空気が凍りついた。
「誰かが、意図的に、彼女を"犯人役"に選んだ。理由は、簡単だ。彼女なら、"知的障がいがあるから証言が信用できない"という、この街がずっと使ってきた偏見を、そのまま利用できるから」
大輔の声には、これまでにない激しい怒りが滲んでいた。
「僕らを"被害者"として利用し、都合が悪くなれば"犯人"として利用する。この街は、僕らを、いつも都合のいい"駒"としてしか見ていない」
磯川は、押収されたノートを、もう一度、丁寧に確認した。指紋鑑定を急がせると、意外な結果が出た。ノートからは、美咲の指紋だけでなく、微量ながら、別の人物の指紋も検出された。
「戸田さん。あなたの言う通りかもしれません。この指紋、照合を急がせます」
美咲自身は、突然の家宅捜索に、混乱していた。だが、彼女は、大輔たちの前で、はっきりと言った。
「私、これ、書いてない。私の字、もっと、下手」
その言葉に、大輔は静かに頷いた。
「うん。わかってる。君は、僕らが必ず証明する」
美咲は、その日の夜、施設の一室で、一人、震えていた。担当の職員が付き添っていたが、彼女の不安は、簡単には収まらなかった。
「私、また、誰かに"いない人"にされちゃうの?」
その言葉を、後で聞いた大輔は、深く胸を突かれた。美咲の中で、この状況は、単なる「疑い」以上の、もっと根源的な恐怖として、経験されていたのだった。
「美咲さん」
大輔は、翌日、彼女のもとを訪れ、静かに言った。
「君は、"いない人"にはならない。僕らが、それだけは絶対に、させない」




