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『十三時十二分』 健常者は知らない  作者: キロヒカ.オツマ―


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第三十一章 死者からのメッセージ

大輔たちは、三十年前に処分されずに残っていた、旧支援センターの内部文書を、あかねの協力のもとで精査した。あかねは、これまでの取材で集めた資料をすべて、テーブルの上に広げた。段ボール箱三つ分の紙の束が、蛍光灯の下で山を成していた。


その中に、一枚の古いメモがあった。角が折れ、インクの一部が滲んでいたが、文字はまだ判読できた。


手書きの文字で、断片的に、こう記されていた。


「――いつか、この街は、消したものの重さを知ることになる」 「――十二分は、彼らにとっての"声にならない叫び"の長さ」 「――もし、私が声を上げられないまま終わるなら、誰かが、必ず続きをやる」


日付は、三十年前。相沢凛が施設から姿を消す、直前の時期と一致していた。


まるで、三十年前から、現在の事件が、静かに予告されていたかのようだった。


大輔は、そのメモを見つめながら、低く呟いた。


「これは、遺書なのか、それとも……宣言なのか」


海が、そのメモの筆跡を、写真に収めた資料と照合した。


「この筆跡……相沢凛さんのものと、特徴が一致します。当時の作文の資料と比較しました」


部屋の空気が、さらに張り詰めた。


あかねは、そのメモを見つめる目を、逸らさなかった。


その表情の意味を、大輔はまだ、正確には読み取れずにいた。彼女の目には、悲しみとも、決意とも取れる、複雑な色が浮かんでいた。


「あかねさん。このメモを、あなたはいつ見つけたんですか」


あかねは、しばらく黙っていた。窓の外を、救急車のサイレンが遠く通り過ぎていった。


「……三ヶ月前です。田辺さんの事故が起きる、少し前」


その答えに、その場にいた全員が、息を呑んだ。


「三ヶ月前……つまり、あなたは、最初の事故が起きる前から、このメモの存在を知っていたということですか」


磯川の声には、これまでにない鋭さがあった。


あかねは、静かに頷いた。


「はい。相沢さんが亡くなった後、彼女の遺品を整理する機会がありました。その中に、このメモと、彼女がずっと書き溜めていた、三十年分の日記のようなものが、残されていました」


大輔は、深く息を吐いた。


「あかねさん。あなたは、相沢さんと、どういう関係だったんですか。ただの取材対象、というだけでは、説明がつかない」


あかねは、しばらく沈黙した後、静かに、しかしはっきりと言った。


「彼女は、私の――育ての親でした」


その一言が、部屋の空気を、根底から揺るがした。


「私は、幼いころ、実の両親から育児放棄を受けていました。児童相談所を経て、一時期、相沢さんが関わっていた民間の支援団体に、保護されていたことがあります。彼女は、私にとって、実の家族以上の存在でした」


大輔は、しばらく言葉を失っていた。あかねという人間の輪郭が、これまで彼が理解していたものと、大きく違う形で、目の前に立ち現れてきた。


あかねは、続けて、幼いころの記憶を、静かに語った。


「相沢さんの家には、いつも、たくさんの本と、資料が積まれていました。彼女は、毎晩、私を寝かしつけた後、遅くまで、何かを調べ物していました。子どもの私には、それが何なのか、わかりませんでした。ただ、彼女の背中が、いつも少し、寂しそうに見えたのを、覚えています」


「彼女は、あなたに、三十年前のことを、話していましたか」


あかねは、静かに首を横に振った。


「詳しくは、話してくれませんでした。ただ、一度だけ、こう言われたことがあります。"あかね、もしいつか、この街のことを書く仕事をするなら、忘れられた人たちの声を、絶対に、置き去りにしないで"と」


その言葉を口にしたあかねの目から、涙が一筋、静かにこぼれ落ちた。


「私は、その言葉を、間違った形で、実行してしまいました」

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