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『十三時十二分』 健常者は知らない  作者: キロヒカ.オツマ―


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第三十章 真実の半分

大輔は、これまでの情報を、静かに整理し直した。深夜の会議室、四人だけが残っていた。


「相沢凛は、犯人じゃない。でも、彼女の存在――消された十八人目という事実そのものは、確実にこの事件の"核"に関わっている」


大輔は、ホワイトボードに、新たな仮説を書き出した。


「誰かが、消された十八人目の存在を"利用"して、この一連の事件を起こしている」


その仮説に、部屋の空気が、再び張り詰めた。


「では、その"利用している"人間は、誰なんです」


磯川の問いに、大輔は、しばらく答えなかった。


そして、静かに、一人の名前を思い浮かべた。


――三十年前の記事を、誰よりも執念深く掘り起こした人間。 ――十八人目の存在に、誰よりも早く気づいた人間。 ――そして、この事件全体を、誰よりも詳細に把握している人間。


大輔は、これまでの数週間を、頭の中で巻き戻していった。あかねが、最初に切り取られた新聞記事を見つけたときの、あの震える声。三十年前の関係者に、次々と的確にアプローチしていった、あの取材力。そして――彼女が、田中老人の証言を引き出した、あの巧みな聞き方。


すべてが、「優秀な記者の仕事」として、これまで大輔の目には映っていた。だが、それは本当に、ただの取材力だったのだろうか。


大輔は、先ほど病院で聞いた「若い記者と頻繁に連絡を取っていた」という証言を、頭の中で反芻していた。あかねが最初に、大輔たちの前に現れたのは、いつだったか。田辺の事故が起きた、その直後だった。三十年前の資料をすでに調べ始めていたという彼女の説明は、あまりにも早すぎたのではないか――大輔の中で、これまで見過ごしていた小さな違和感が、次々と繋がり始めていた。


大輔は、隣に座るあかねを、静かに見た。


あかねは、その視線の意味に気づき、わずかに表情を強張らせた。


「大輔さん……まさか」


大輔は、感情を押し殺した声で、静かに言った。


「あかねさん。あなたに、聞きたいことがあります」


会議室の蛍光灯が、かすかに瞬いた。誰も、言葉を発しなかった。窓の外では、夜の街の音が、いつもと変わらず、静かに続いていた。


海が、静かにパソコンの画面を、テーブルの中央に向けた。


「戸田さん。もう一つ、確認したいことがあります。坂上さんを脅していたメールの、文章の癖――あれを、あかねさんが過去に書いた記事の文体と、照合してみました」


海の声には、これまでにない緊張が滲んでいた。


「一致率、九十二パーセントです」


磯川は、その数字を、しばらく黙って見つめていた。刑事としての経験が、その数字の重さを、痛いほど理解させていた。九十二パーセントという一致率は、偶然の産物では、まず説明がつかない水準だった。


「海くん。念のため聞くが、この解析結果は、法廷でも通用するものなのか」


「文体解析だけでは、決定的な証拠にはなりません。でも、"疑うに足る根拠"としては、十分だと思います」


大輔は、深く息を吐いた。これまで、共に事件を追いかけてきた仲間の一人が、実は、事件の中心にいたかもしれない――その事実を、まだ完全には、受け止めきれずにいた。


「あかねさん」


大輔は、もう一度、静かに、しかし今度ははっきりと、名前を呼んだ。


「あなたに、聞きたいことがあります。もう、逃げないでください」


あかねは、長い沈黙の後、静かに、両手で顔を覆った。


その仕草だけで、部屋にいた全員が、彼女の答えを、ほとんど確信していた。

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