第二十八章 森下花の秘密
森下花が、突然、静かに口を開いた。
「私、前から、相沢凛さんの存在を知ってました」
その場にいた全員が、花を見た。
「なぜ、それを黙っていたんですか」
磯川の声には、明確な非難の色があった。
花は、しばらく答えなかった。白杖を握る指先が、かすかに白くなっていた。
「理由は、まだ言えません」
「花さん」
大輔の声にも、これまでとは違う、鋭さが混じっていた。
「僕らは、あなたを信じてきた。あなたの"聞こえるはずのない音"の証言から、この事件は始まった。それなのに、あなたは、大事なことを隠していた」
花は、白杖を握る手に力を込めた。
「大輔さん。あなたたちは、"見えないもの"を信じてほしいと、いつも私たちに求めてきた。でも今、あなたは私に、"すべてを見せろ"と言っている。それは、フェアですか」
その反論に、大輔は言葉を失った。
花は、静かに、しかし、はっきりと言った。
「私にも、私だけが守らなければいけないものがある。それを話すかどうかは、私が決めます」
部屋の中に、重い沈黙が落ちた。あかねが、その沈黙を破るように、静かに口を開いた。
「花さん。私たちは、あなたを疑っているわけじゃありません。でも、もしあなたが知っていることの中に、これ以上の犠牲を防げる情報があるなら――それだけは、教えてもらえませんか」
花は、長い沈黙の後、小さく頷いた。
「わかりました。……全部ではないけれど、少しだけなら」
花は、ゆっくりと語り始めた。
「私が視覚を失ったのは十二年前です。でも、その少し前――まだ目が見えていたころ、私はボランティアとして、ある福祉団体の活動に関わっていました。その団体の設立者の一人が、"相沢凛"と名乗る女性でした」
その一言に、部屋の空気が、再び張り詰めた。
「その団体は、どんな活動を?」
「表向きは、障がいのある若者の自立支援団体――"はばたき会"という名前でした。でも、相沢さんは、いつも、この街の"福祉の裏側"について、独自の調査を続けているようでした。私は当時、彼女の熱意に、ただ純粋に共感していただけです。彼女が、三十年前の施設と、どんな関係があるのかまでは、正直、当時の私は、深く知りませんでした」
花は、続けた。
「私が視覚を失ってから、その団体との関わりは、少しずつ薄れていきました。でも、相沢さんとは、時々、連絡を取り合っていました。……彼女が亡くなったという知らせを受けたのは、四年前です」
花の声には、隠していたことへの、静かな罪悪感が滲んでいた。




