第二十六章 老人の証言
あかねは、当時の施設職員だった老人、田中を探し出した。三十年前の職員名簿の中で、唯一、消息を確認できた人物だった。
田中は、施設の閉鎖後、この街を離れ、隣県でひっそりと暮らしていた。あかねは、電車を乗り継ぎ、丸一日かけて彼の住む町を訪れた。
「よく、私を見つけましたね」
田中は、疲れた笑みを浮かべた。年齢は八十を超えているように見えたが、目には、まだ鋭さが残っていた。彼が住む小さな平屋の縁側で、あかねは録音の許可を取りながら、話を聞き始めた。
田中は、お茶を淹れながら、ぽつりと言った。
「あなたが来ることは、なんとなく、予感がしていました。あの施設のことを調べる人間が、いつか現れるだろうと。三十年、待っていたのかもしれません」
「相沢凛さんについて、教えてください」
田中は、長い沈黙の後、静かに語り始めた。庭先の風鈴が、かすかな音を立てていた。
「あの子は……確かにいました。十八人目の子どもです。でも、ある日を境に、施設から"いなくなった"んです」
「いなくなった、というのは」
「表向きは、"体調不良で転院した"ということになっていました。でも、私たちスタッフの間では、誰も、その転院先を知らされていなかった」
田中の声が、わずかに震えた。
「私は今でも、思うんです。……あの子を消したのは、事故じゃない」
その一言が、あかねの背筋を凍らせた。
「事故でないなら、何だったんですか」
田中は、長い沈黙の後、絞り出すように言った。
「意図的な、"排除"です」
あかねは、その言葉の重さを、しばらく受け止めることができなかった。
「田中さん。もう少し、詳しく教えていただけますか。なぜ、彼女は"排除"されなければならなかったんですか」
田中は、両手で顔を覆った。長い沈黙が流れた。
「あの子は……賢すぎたんです。プログラムの意図に、いちばん早く気づいた子どもでした。他の子たちが、ただ与えられる刺激に反応するだけだったのに対して、あの子は、"これは、何のためにやっているんですか"と、大人に聞いてくるような子だった」
「それが、理由ですか」
「私は、それ以上のことは知りません。でも、あの子がいなくなった直後、施設全体に、"この件については、二度と口にするな"という、暗黙の圧力がかかりました。私自身、それに従ってしまった。三十年間、ずっと、その後悔を抱えて生きてきました」
田中の目に、涙が滲んでいた。あかねは、その涙を、静かに見つめた。
「田中さん。もう一つ、教えてください。当時、あの施設には、美咲さんという子どもは、いましたか」
田中は、記憶を辿るように、しばらく目を閉じた。
「美咲……ああ、いました。小さな女の子でした。相沢さんの子と、よく一緒にいましたよ。あの子だけは、相沢さんの子が、心を許していた、数少ない相手だった」
その証言は、大輔たちの推測を、静かに裏付けるものだった。




