↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『十三時十二分』 健常者は知らない  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/39

第二十六章 老人の証言

あかねは、当時の施設職員だった老人、田中を探し出した。三十年前の職員名簿の中で、唯一、消息を確認できた人物だった。


田中は、施設の閉鎖後、この街を離れ、隣県でひっそりと暮らしていた。あかねは、電車を乗り継ぎ、丸一日かけて彼の住む町を訪れた。


「よく、私を見つけましたね」


田中は、疲れた笑みを浮かべた。年齢は八十を超えているように見えたが、目には、まだ鋭さが残っていた。彼が住む小さな平屋の縁側で、あかねは録音の許可を取りながら、話を聞き始めた。


田中は、お茶を淹れながら、ぽつりと言った。


「あなたが来ることは、なんとなく、予感がしていました。あの施設のことを調べる人間が、いつか現れるだろうと。三十年、待っていたのかもしれません」


「相沢凛さんについて、教えてください」


田中は、長い沈黙の後、静かに語り始めた。庭先の風鈴が、かすかな音を立てていた。


「あの子は……確かにいました。十八人目の子どもです。でも、ある日を境に、施設から"いなくなった"んです」


「いなくなった、というのは」


「表向きは、"体調不良で転院した"ということになっていました。でも、私たちスタッフの間では、誰も、その転院先を知らされていなかった」


田中の声が、わずかに震えた。


「私は今でも、思うんです。……あの子を消したのは、事故じゃない」


その一言が、あかねの背筋を凍らせた。


「事故でないなら、何だったんですか」


田中は、長い沈黙の後、絞り出すように言った。


「意図的な、"排除"です」


あかねは、その言葉の重さを、しばらく受け止めることができなかった。


「田中さん。もう少し、詳しく教えていただけますか。なぜ、彼女は"排除"されなければならなかったんですか」


田中は、両手で顔を覆った。長い沈黙が流れた。


「あの子は……賢すぎたんです。プログラムの意図に、いちばん早く気づいた子どもでした。他の子たちが、ただ与えられる刺激に反応するだけだったのに対して、あの子は、"これは、何のためにやっているんですか"と、大人に聞いてくるような子だった」


「それが、理由ですか」


「私は、それ以上のことは知りません。でも、あの子がいなくなった直後、施設全体に、"この件については、二度と口にするな"という、暗黙の圧力がかかりました。私自身、それに従ってしまった。三十年間、ずっと、その後悔を抱えて生きてきました」


田中の目に、涙が滲んでいた。あかねは、その涙を、静かに見つめた。


「田中さん。もう一つ、教えてください。当時、あの施設には、美咲さんという子どもは、いましたか」


田中は、記憶を辿るように、しばらく目を閉じた。


「美咲……ああ、いました。小さな女の子でした。相沢さんの子と、よく一緒にいましたよ。あの子だけは、相沢さんの子が、心を許していた、数少ない相手だった」


その証言は、大輔たちの推測を、静かに裏付けるものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。