↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『十三時十二分』 健常者は知らない  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/39

第二十五章 美咲が知っていた

大輔たちは、三十年前の集合写真を、美咲に見せた。


美咲は、写真の中の十八人目の少女――相沢凛を、じっと見つめた。長い時間、彼女は何も言わず、ただ写真の一点を見つめ続けていた。部屋の中の全員が、彼女の言葉を待っていた。


「この子、知ってる」


その一言に、大輔は息を呑んだ。


「どこで会った?」


美咲は、少し困った顔をした。彼女にとって、時間の感覚を言葉にするのは、いつも簡単なことではない。過去の記憶は、彼女の中で、時系列に沿ってではなく、映像の断片として保存されている。


「昔。ずっと昔。……ここじゃない、施設で」


「別の施設、ということ?」


美咲は頷いた。


「あの子、いつも隅にいた。でも、いちばん、いろんなこと見てた」


磯川が、慎重に尋ねた。


「美咲さん、あなた自身も、三十年前のこの施設に、何か関わりが?」


美咲は、初めて、視線を落とした。指先が、テーブルの端を、無意識になぞっていた。


「わからない。私、昔のこと、あんまり覚えてない。でも――」


美咲は、写真の中の相沢凛を、もう一度指さした。


「この子だけは、忘れない。忘れちゃいけない気がする」


その一言が、部屋の空気を、静かに、しかし確実に変えた。


――美咲自身もまた、三十年前の"消された記録"の、どこかに繋がっているのではないか。


誰もが、その可能性を、口には出さなかった。大輔は、美咲の生い立ちについて、これまで詳しく尋ねたことがなかったことに気づいた。彼女がこの施設に来る前、どこで、どんな幼少期を過ごしていたのか――その記録もまた、驚くほど断片的だった。


大輔は、施設の古い入所記録を、職員の許可を得て確認した。美咲の入所年は、旧支援センターが閉鎖された年と、ほぼ一致していた。入所理由の欄には、「家庭環境による」とだけ、簡潔に記されていた。それ以上の詳細は、どこにも残っていなかった。


「美咲さん。もし話せる範囲でいいので、あなたが子どものころのことを、少しずつでも、教えてもらえますか」


美咲は、しばらく考えた後、小さく頷いた。


「うん。少しずつなら」


美咲は、ぽつりぽつりと、断片的な記憶を語り始めた。大きな部屋。並んだベッド。誰かが泣いている声。そして、隅で静かに座っている少女の姿。


「その子、いつも、私の隣にいてくれた。何も、しゃべらないけど……安心した」


その言葉に、大輔は、静かに胸を締め付けられる思いがした。


「美咲さん。もう一つだけ、聞いてもいいですか。あなたが、この街に来る前――もっと小さいころのこと、何か覚えていますか」


美咲は、しばらく考え込んだ。その表情には、これまで見せたことのない、深い戸惑いが浮かんでいた。


「わからない。でも、時々、夢を見る。誰かが、大きな声で、何か言ってる夢。私、その声、怖かった気がする」


「怖い声、というのは」


「わからない。でも……"忘れなさい"って、言われてた気がする」


その一言に、部屋にいた全員が、静かに息を呑んだ。もし美咲の記憶の断片が、単なる夢ではなく、実際の体験の残響だとしたら――三十年前のあの施設で行われていたことは、彼らが想像していたよりも、さらに深く、子どもたちの心に爪痕を残していたのかもしれなかった。


大輔は、美咲の手を、そっと握った。


「美咲さん。もう、誰も、あなたに"忘れろ"とは言わない。思い出したいことがあれば、いつでも、ゆっくりでいいから、話してください」


美咲は、小さく頷いた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。