第二十四章 消された名前
あかねの粘り強い調査の末、十八人目の名前が判明した。
相沢凛。
だが、出生記録、施設記録、学校記録――あらゆる公的資料から、彼女の名前は、意図的に消去されていた。あかねは、複数の情報公開請求を通じて、この事実を一つずつ確認していった。市の窓口の担当者は、いずれも「該当する記録は見当たりません」の一点張りだった。
「ここまで徹底的に消すのは、尋常じゃありません」
あかねの声には、記者としての興奮と、人間としての怒りが、同時に滲んでいた。
「普通、記録の一部が欠落することはあっても、"存在そのもの"を消すのは、相当な権限と手間が必要です。市役所、学校、病院――複数の機関を横断して、同時に、同じ人物の記録だけを消している」
大輔は、静かに言った。
「これは、個人の犯行じゃない。組織的な隠蔽です」
磯川が、低く唸った。
「誰が、そこまでの権限を持っていたんです」
大輔は、遠くに見える再開発地区の高層ビルの骨組みを見つめた。工事用のクレーンが、夕焼けの中でゆっくりと動いている。
「その答えを知っている人間は、たぶん、この街の"表側"で、今も笑って生きている」
花が、迷いのない声で、はっきりと言った。
「相沢凛――その子は、たぶん、まだ生きている。この街が"存在しない"ことにした人間ほど、しぶとく生き残るものです。私たちが、そうであるように」
その言葉は、その場にいた全員の胸に、深く刻まれた。三十年前に消された一人の少女の存在が、今、彼らの前に、少しずつ輪郭を現し始めていた。
あかねは、その夜、自宅に戻ってから、相沢凛という名前を、何度もノートに書き記した。ペン先が、紙の上を滑るたびに、彼女の中で、何か言葉にできない感情が、静かに込み上げてくるのを感じていた。それが何なのか、あかね自身、まだはっきりとは理解していなかった。
その帰り道、大輔は花を、駅まで送っていった。二人きりになると、花がふと、静かに口を開いた。
「大輔さん。片桐さんに会って、どう思いました?」
大輔は、少し考えてから答えた。
「わからない。あの人の言葉には、嘘がないように聞こえた。でも、嘘がないことと、責任がないことは、別だ」
花は、白杖の先で、点字ブロックを確かめながら、静かに言った。
「私、声だけで、人を判断してきました。だから、片桐さんの声にも、確かに、本物の悔恨があると思う。でも、大輔さん。悔恨があることと、行動しなかったことの罪が、帳消しになるわけじゃない」
大輔は、その言葉に、深く頷いた。
「そうだな。僕らは、"善意だったから"で、この事件を終わらせるわけにはいかない」
駅の改札前で、花は、ふと足を止めて言った。
「大輔さん。相沢凛さんのこと、もし本当に見つかったら――私は、彼女に、会ってみたいです」
大輔は、その言葉に、静かに頷いた。
「うん。僕も、同じ気持ちだ」




