第二十一章 片桐謙一郎
再開発会社の社長、片桐謙一郎が、初めて表舞台に登場した。
品のいい初老の男性で、地元の商工会や福祉団体との関係も深い。市民からの評判は、決して悪くない。むしろ、彼が主導する再開発計画には、「バリアフリー先進都市・天城」というスローガンが掲げられ、多くの福祉団体から支持を集めていた。
三十年前、彼は市役所の職員であり、旧支援センターの都市計画担当者だった。当時の同僚たちの証言によれば、片桐は、若手職員の中でも際立って情熱的な人物だったという。「彼が描いた将来図は、当時の役所の中では、かなり異色だった」と、ある元同僚は振り返った。
大輔たちは、片桐に面会を求めた。片桐のオフィスは、再開発地区の一角にある、まだ真新しいビルの最上階にあった。窓からは、天城市の街並みが一望できた。壁には、これまでの再開発プロジェクトの完成予想図が、何枚も飾られていた。そのどれもが、車椅子ユーザーや白杖を持つ人々が、笑顔で街を歩く姿を描いていた。
「戸田さん、でしたね。お噂はかねがね」
片桐は、柔らかい笑みを浮かべた。名刺を差し出す仕草にも、長年、大勢の人間と対峙してきた者特有の、隙のない丁寧さがあった。
「三十年前の道路計画について、伺いたいことがあります」
「ああ、あの計画ですか。懐かしいですね」
片桐の表情に、動揺は見られなかった。
「なぜ、あの計画は凍結されたんですか」
片桐は、少し考えるように目を伏せてから、静かに答えた。
「時代が、まだ早すぎたんですよ」
大輔は、その言葉の裏に、何かもっと具体的な理由が隠れている気がした。
面会が終わり、大輔たちがオフィスを出ようとしたとき、片桐の秘書だという若い女性が、エレベーターホールまで見送りに来た。彼女は、周囲に誰もいないことを確かめてから、小さな声で言った。
「あの……余計なことかもしれませんが」
「何でしょうか」
「社長は、毎年、あの施設が閉鎖された日に、一人で、どこかに出かけられます。誰にも、行き先を言わずに。今年も、もうすぐその日です」
大輔は、その情報に、静かに礼を言った。エレベーターが降りていく間、彼は、その秘書の言葉の意味を、何度も反芻していた。




