第十九章 十七件の事故
あかねは、過去三十年分の地元紙・警察白書・市の広報資料を突き合わせ、障がい者が関わる死亡・重傷事故を洗い出した。この作業には、二週間近くを要した。あかねは会社のデスクではなく、自宅で夜中まで、資料の山と向き合い続けた。
同僚の一人が、あかねの様子を心配して声をかけたことがあった。「最近、根詰めすぎじゃないか」と。あかねは、曖昧に笑って誤魔化したが、内心では、自分でも、この調査への執着が、単なる記者としての職業意識を超えつつあることに、うすうす気づき始めていた。
結果は、十七件。
三十年間で、十七人の障がい者が、不審な状況下で命を落とすか、重傷を負っていた。
共通点は、被害者が皆、障がいを持っていたこと。そして、そのすべてが「事故」として処理され、詳細な捜査が行われた形跡がないことだった。あかねは、十七件それぞれの新聞記事の見出しを、一覧表にまとめた。
「駅ホームで転落」「踏切事故」「施設内での転倒」「交通事故」――見出しだけを見れば、それぞれまったく無関係な、ありふれた「事故」の羅列だった。
「十七件……」
磯川は、その数字を見て、絶句した。
「これだけの数が、三十年間、誰にも問題視されなかったんですか」
大輔は、静かに答えた。
「問題視されなかったんじゃない。問題視"させなかった"んです。一件一件はバラバラの事故に見える。だから、誰も繋げようとしなかった。繋げる作業をするには、被害者たちの声を、"聞く価値のあるもの"として扱う必要がある。この街は、その最初の一歩を、三十年間、一度もやらなかった」
あかねは、記事の見出しを頭の中で組み立てながら、低く言った。
「十七人の死。それを"バラバラの事故"のまま放置するか、"一つの構造的な事件"として書くか。それだけで、この街の見え方はまったく変わる」
磯川は、十七件の資料を、一つずつ手に取っていった。被害者の名前、年齢、障がいの種別――それらを読んでいくうちに、彼の中で、これまで抱いていた「捜査官としての客観性」というものが、静かに揺らいでいくのを感じた。彼が「事故」として処理してきた事案の中にも、もしかしたら、この十七件と同じ構造を持つものが、あったのではないか。
磯川は、その夜、自宅に戻ってから、自分がこれまで担当してきた古い事案のファイルを、一つずつ引っ張り出して見直した。深夜、妻が寝静まった後、リビングのテーブルに広げた資料を前に、磯川は一人、長い時間、考え込んでいた。その中の一件、五年前に「単独の転倒事故」として処理した案件に、彼はふと目を留めた。被害者は、車椅子を利用する高齢の女性だった。当時、磯川はその案件を、深く調べることなく、書類上の処理だけで終わらせていた。
「磯川さん」
大輔が、静かに声をかけた。
「あなたを責めているわけじゃない。あなた一人の問題じゃないんです。これは、この街全体の"見る気のなさ"の結果だ」




