第十八章 子どもたち
あかねが集めた資料から、三十年前、この施設で「特殊な環境適応プログラム」が行われていたことが判明した。
障がいのある子どもたちを対象に、特定の音・光・振動への反応を測定するという名目のプログラムだった。資料には、プログラムの目的として「障がい児の感覚特性を活かした、新しい都市バリアフリー設計への応用研究」と記されていた。表向きは、極めて先進的で、善意に満ちた研究計画に見えた。
だが、そのプログラムは、ある時期を境に突然中止されている。理由を記した公的な資料は、一切残っていなかった。
あかねは、当時のプログラム関係者を辿り、元スタッフの一人に接触した。何人もの当時の関係者に断られた末、ようやく電話取材に応じてくれたのは、当時、施設で心理士として働いていたという女性だった。名前を、明かすことは最後まで拒まれた。
「あれは、"適応プログラム"なんて名前のついた、ただの実験でしたよ」
電話越しの声は、低く、疲れていた。
「実験、ですか」
「子どもたちに、特定の刺激――音とか、振動とか――を与えて、反応を記録する。表向きは"福祉のため"って言ってましたけどね。実際には、街の設備に、その子たちの反応データを"利用"する計画があったんです」
「一回の測定は、どれくらいの時間、行われていたんですか」
「正確に、十二分間です。子どもたちを一人ずつ、小さな部屋に入れて、十二分間、刺激を与え続ける。それが、毎日のプログラムでした。あの子たちにとって、"十二分"は、ただの数字じゃなかったはずです。出してもらえるまでの、長さそのものだった」
「利用、というのは」
「街の警報システムとか、案内システムとかに、障がいのある子どもたちが"敏感に反応する周波数"のデータを組み込むって話でした。……皮肉でしょう。本来、彼らを守るためのはずのデータが、別の目的に使われようとしていた」
あかねは、受話器を握る手に力を込めた。
「別の目的、というのは、具体的に何です」
長い沈黙の後、相手は言った。
「それは、僕の口からは言えません。ただ、一つだけ言えるのは――あのプログラムが中止になった理由は、"事故"です」
「事故、ですか。詳しく教えていただけますか」
「……すみません。もう、これ以上は」
電話は、そこで切れた。あかねは、しばらく受話器を見つめたまま、動けなかった。相手の声には、単なる守秘義務以上の、何か強い恐れのようなものが滲んでいた気がした。
あかねは、その後、粘り強く、当時のプログラムに関わっていた別の関係者を探し続けた。数週間後、ようやく、当時、施設の外部委託業者として計測機器の設置を担当していたという技術者に、話を聞くことができた。
「あの計測データが、どこに流れていたか、僕は詳しくは知りません。でも、一つだけ覚えているのは、データの提出先が、途中から、市の福祉課じゃなくて、都市計画課に変わったことです」
「都市計画課、ですか」
「はい。福祉のためのデータのはずが、いつの間にか、"街づくり"の資料として使われるようになっていた。当時、僕もおかしいと思いましたが、下請けの立場で、それ以上は踏み込めませんでした」
大輔は、あかねからその話を聞くと、静かに言った。
「"街の設備に、子どもたちの反応データを組み込む"――もし本当にそんな計画があったなら、今回の事件の"十二分のずれ"や、"謎の機械音"の正体は、その名残なのかもしれません」
海が、静かに頷いた。
「もしそうなら、僕らが感じ取っている"違和感"そのものが、三十年前に、僕らのような子どもたちのデータをもとに、設計されたものだということになります」
その可能性は、その場にいた全員に、言いようのない不快感をもたらした。守るためのはずの技術が、いつの間にか、加害の道具に転用されていたかもしれない――その事実は、あまりにも皮肉だった。




