第十七章 閉鎖された施設
大輔、花、海、そしてあかねは、三十年前に閉鎖された「旧市立障がい者支援センター」の跡地を訪れた。
四人が顔を合わせるのは、これが初めてだった。それぞれ別のルートから同じ真相に近づいていた彼らを、一つの場所に集めたのは、あかねの提案だった。「点と点が、ようやく線になりそうです」――あかねはそう言って、大輔に連絡を取ったのだった。あかねは、これまでの取材で得た情報を、大輔に丁寧に説明した。田辺と佐伯の事故、ひまわり園の警報の空白、そして三十年前の道路計画――それらが、あかねの中でも、静かに一本の線として繋がりつつあった。
建物自体はすでに取り壊されていたが、隣接する旧管理棟だけが、朽ちたまま残されていた。フェンスの一部は錆びて崩れ、雑草が膝の高さまで伸びている。大輔の車椅子では入りづらい地面だったが、海が黙って、瓦礫をどかしながら道を作ってくれた。
「よく、これだけ放置してましたね」
あかねが呟いた。
「放置じゃない」
大輔は、崩れかけた壁を見上げながら言った。
「これは、忘れるための時間稼ぎです。人は、目の前から消えたものを、少しずつ忘れる。この街は、三十年かけて、"忘れる"という作業を、ゆっくり完了させようとしていた」
管理棟の内部には、かつて子どもたちが描いたとみられる絵が、壁一面に残っていた。色褪せてはいるが、消えてはいない。埃をかぶった床には、割れたガラスや、朽ちた木製の椅子が転がっていた。大輔は、その部屋の隅に、小さな机が一つだけ、当時のまま残されているのを見つけた。机の表面には、無数の細かい傷が残っていた。子どもたちが、鉛筆や爪で、何かを繰り返し刻みつけた跡のようだった。
その中の一枚に、大輔たちは目を奪われた。
大量の「12」という数字が、幼い筆致で、壁いっぱいに描かれている絵だった。数字は、几帳面な列を成しているものもあれば、乱雑に重ねて書かれているものもあった。まるで、何かに取り憑かれたように、繰り返し繰り返し、同じ数字が描かれていた。
花が、その場に立ち尽くした。目は見えないが、大輔が絵の様子を説明すると、彼女は静かに、壁に手を伸ばした。指先で、乾いた絵の具の凹凸を確かめる。
「――描いた子は、何を伝えたかったんでしょうね」
海が、静かに言った。
「数字は、言葉を持たない子どもたちにとって、唯一、誰にも歪められない"叫び"だったのかもしれません」
海自身、幼いころ、言葉よりも先に数字を理解するようになった記憶がある。音のない世界で育った子どもにとって、数字は、誰の解釈も介さずに、まっすぐ意味を伝えてくれる、数少ない「確かなもの」だった。
大輔は、その絵を写真に収めながら、低く呟いた。
「この街は、僕らの"言葉"はいつも聞き流してきた。でも、数字と絵だけは、消し損なった。皮肉なもんだ」
あかねは、管理棟の別の部屋で、古い書類の束を見つけていた。湿気でところどころ変色していたが、まだ読める部分もあった。彼女はそれを丁寧に一枚ずつ、スマートフォンで撮影していった。書類の中には、当時の職員の勤務記録や、施設の予算報告書らしきものも混じっていた。あかねは、それらすべてを、後で時間をかけて読み解こうと、丁寧にファイルにまとめていった。
四人は、その日の夕方まで、旧管理棟の中を、隅々まで調べ続けた。誰も、多くを語らなかった。ただ、それぞれが、この場所に残された「消えなかったもの」の重みを、静かに感じ取っているようだった。




