第十四章 施設職員
ひまわり園の職員、坂上という中年男性に、疑いの目が向けられた。
坂上には、過去に施設の予算流用疑惑があり、動機と目される点があった。さらに、三十年前の旧支援センターの閉鎖についても、何かを知っている様子だった。坂上は、ひまわり園に勤めて十五年になるベテラン職員だった。彼の経歴を洗うと、若いころに旧支援センターでも一時期働いていたことがわかった。
坂上は、若いころ、福祉の仕事に強い理想を持って飛び込んだ人間だった。だが、長年の低賃金と、人手不足による過重労働の中で、その理想は、少しずつ摩耗していった。予算流用疑惑も、突き詰めれば、施設の運営費が慢性的に不足している中で、苦肉の策として行った、小さな不正だった。坂上自身、それを正当化するつもりはなかったが、「誰かがやらなければ、施設そのものが立ち行かなくなる」という切迫感が、常に彼の中にあった。
磯川が坂上に事情を聞いた際、坂上はふと、こう漏らした。
「正直に言いますけどね、刑事さん。この仕事、長くやってると、たまに思うんですよ。……こういう子たちがいなくなった方が、施設も、家族も、楽になるんじゃないかって」
磯川は言葉を失った。
「今の発言、記録してもいいですか」
坂上は、はっとした表情で口をつぐんだ。
「い、いや、そういう意味じゃなくて……大変だからこそ、僕らは頑張ってるわけで――」
「今、あなたは"いなくなった方が楽になる"と言いましたね」
坂上は、何も言い返せなかった。彼の額に、じっとりとした汗が浮かんでいた。
その場に同席していた大輔は、静かに、しかし冷たく言った。
「坂上さん。あなたの本音、聞けてよかったです。この街の"善意"の顔の下に、いつもそれが隠れているんじゃないかと、僕はずっと思っていました」
坂上は、俯いたまま、しばらく何も言わなかった。
「坂上さん、あなたは十五年間、この施設で働いてきた。その中には、本物の善意もあったはずです。でも、その善意の隙間に、今の言葉のような本音が、ずっと同居していたんじゃないですか」
坂上は、震える声で答えた。
「……疲れてるんです。みんな。僕も、他の職員も、家族の方々も……誰も悪くないのに、誰もが少しずつ、限界に近づいている。そういう時に、ふと、そんな考えが頭をよぎることが……あるんです」
大輔は、その告白を、否定も肯定もしなかった。ただ、静かに、坂上を見つめ続けた。
「坂上さん。あなたのその疲労を作ったのは、誰だと思いますか。あなた自身の弱さですか。それとも――この社会が、福祉の現場に、どれだけ人と予算を割り当ててこなかったか、その結果じゃないですか」
坂上は、顔を上げた。その目には、驚きの色が浮かんでいた。誰かに、そんな風に問いかけられたのは、初めてだった。
「僕は、あなたを責めるためだけに、ここにいるわけじゃない。あなたの中にある"本音"が、どこから来たのか、一緒に考えたいんです」
坂上の肩が、静かに震え始めた。




