↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『十三時十二分』 健常者は知らない  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/39

第十四章 施設職員

ひまわり園の職員、坂上という中年男性に、疑いの目が向けられた。


坂上には、過去に施設の予算流用疑惑があり、動機と目される点があった。さらに、三十年前の旧支援センターの閉鎖についても、何かを知っている様子だった。坂上は、ひまわり園に勤めて十五年になるベテラン職員だった。彼の経歴を洗うと、若いころに旧支援センターでも一時期働いていたことがわかった。


坂上は、若いころ、福祉の仕事に強い理想を持って飛び込んだ人間だった。だが、長年の低賃金と、人手不足による過重労働の中で、その理想は、少しずつ摩耗していった。予算流用疑惑も、突き詰めれば、施設の運営費が慢性的に不足している中で、苦肉の策として行った、小さな不正だった。坂上自身、それを正当化するつもりはなかったが、「誰かがやらなければ、施設そのものが立ち行かなくなる」という切迫感が、常に彼の中にあった。


磯川が坂上に事情を聞いた際、坂上はふと、こう漏らした。


「正直に言いますけどね、刑事さん。この仕事、長くやってると、たまに思うんですよ。……こういう子たちがいなくなった方が、施設も、家族も、楽になるんじゃないかって」


磯川は言葉を失った。


「今の発言、記録してもいいですか」


坂上は、はっとした表情で口をつぐんだ。


「い、いや、そういう意味じゃなくて……大変だからこそ、僕らは頑張ってるわけで――」


「今、あなたは"いなくなった方が楽になる"と言いましたね」


坂上は、何も言い返せなかった。彼の額に、じっとりとした汗が浮かんでいた。


その場に同席していた大輔は、静かに、しかし冷たく言った。


「坂上さん。あなたの本音、聞けてよかったです。この街の"善意"の顔の下に、いつもそれが隠れているんじゃないかと、僕はずっと思っていました」


坂上は、俯いたまま、しばらく何も言わなかった。


「坂上さん、あなたは十五年間、この施設で働いてきた。その中には、本物の善意もあったはずです。でも、その善意の隙間に、今の言葉のような本音が、ずっと同居していたんじゃないですか」


坂上は、震える声で答えた。


「……疲れてるんです。みんな。僕も、他の職員も、家族の方々も……誰も悪くないのに、誰もが少しずつ、限界に近づいている。そういう時に、ふと、そんな考えが頭をよぎることが……あるんです」


大輔は、その告白を、否定も肯定もしなかった。ただ、静かに、坂上を見つめ続けた。


「坂上さん。あなたのその疲労を作ったのは、誰だと思いますか。あなた自身の弱さですか。それとも――この社会が、福祉の現場に、どれだけ人と予算を割り当ててこなかったか、その結果じゃないですか」


坂上は、顔を上げた。その目には、驚きの色が浮かんでいた。誰かに、そんな風に問いかけられたのは、初めてだった。


「僕は、あなたを責めるためだけに、ここにいるわけじゃない。あなたの中にある"本音"が、どこから来たのか、一緒に考えたいんです」


坂上の肩が、静かに震え始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。