第十三章 戸田大輔への疑い
署内で、大輔への疑惑が本格的に浮上した。
都市設備の知識。事件現場へのアクセス。第一の被害者、田辺誠との面識。
条件は、不気味なほど揃っていた。
「戸田さん、あなたと田辺さんは、どういうご関係で?」
尋問に近い口調で聞いてきたのは、署の別の刑事だった。この刑事は、これまでの捜査には関わっていなかった、いわば「外部の目」として送り込まれた人物だった。名前を、須藤といった。須藤は、これまでの磯川の捜査方針に、内心で疑問を抱いていた一人だった。
「同じ障がい者団体の集まりで、何度か顔を合わせただけです」
「その団体というのが、少々過激な活動で知られていますね。行政への抗議活動なども」
「過激、ですか」
大輔は、その言葉を反復した。頭の中に、これまでの活動の記憶が、次々と蘇る。段差の解消を求める陳情。バリアフリー条例の改正を求める署名活動。市議会での意見表明。それらすべてが、この刑事の目には「過激な活動」として映っているらしかった。
「僕らが"歩道の段差を直してほしい"と声を上げることが、あなたの中では"過激な活動"なんですね。じゃあ聞きますが、段差を放置し続けたこの街の方は、何と呼ぶんです?」
刑事は答えなかった。
須藤は、大輔の団体の過去の活動記録を、すべて調べ上げていた。市議会での陳情、行政への公開質問状、時には市長との直接交渉――それらの記録を並べると、確かに、「積極的な政治的活動」という印象を与えるものだった。だが、大輔にとって、それらはすべて、生活に直結する、切実な必要から生まれた行動だった。
「僕を疑うのは構いません。でも、疑う理由が"車椅子ユーザーで、行政に文句を言ってきた人間だから"だとしたら――それは捜査じゃない。ただの、僕らへの逆恨みです」
刑事は、しばらく大輔を見つめた後、静かにファイルを閉じた。
「戸田さん。あなたのアリバイは、確認が取れています。第一の事件の時刻、あなたは団体の会合に出席していた。他の複数人の証言と一致しています」
「それなら、なぜ今、こんな質問を」
「念のため、です」
大輔は、その「念のため」という言葉の重さを、静かに噛みしめた。健常者に対しては、決して使われることのない「念のため」。彼らは常に、この社会にとっての「念のため」の対象であり続けている。
須藤は、部屋を出る間際、ふと足を止めて言った。
「戸田さん。個人的な意見ですが……あなたの団体の活動、僕はニュースで見たことがあります。正直、あの時は"また面倒なことを"としか思っていませんでした。でも今日、あなたと話して、少し、考えが変わりました」
大輔は、その言葉に、何も返さなかった。ただ、静かに頷いただけだった。
その夜、磯川は、久しぶりに実家に立ち寄った。年老いた母と、弟の亮が、一緒に暮らしている家だった。亮は、四十を過ぎた今も、簡単な軽作業を行う作業所に、休まず通い続けている。
「兄ちゃん、最近忙しいの?」
亮が、屈託のない笑顔で聞いてきた。磯川は、曖昧に頷きながら、答えた。
「ちょっとな。大事な事件を、追ってる」
「がんばって」
亮のその一言は、いつもと変わらない、単純な激励の言葉だった。だが磯川には、その言葉が、これまでとは違う重みを持って響いた。彼はふと、大輔の団体が、市議会で訴えていた「バリアフリー条例の改正」という言葉を思い出していた。あの陳情が実現していれば、亮が一人で街を移動できる範囲も、少しは広がっていたのかもしれない。磯川は、これまで、そのことに、正面から向き合ったことがなかった自分に気づいた。
母が、静かに、亮の分の夕食を用意しながら言った。
「光一。あなた、最近、優しい顔してるわね」
磯川は、その言葉に、何も答えられなかった。




