第十一章 映像の死角
久保海は、監視カメラのタイムスタンプを、より広範囲に洗い直していた。彼の部屋には、複数のモニターが並び、深夜まで青白い光が灯り続けていた。
複数のカメラに共通する、十二分間の不自然な空白。
海は、その空白の"境界"を、秒単位で特定していった。膨大なログファイルの中から、パターンを見つけ出す作業は、健常者なら数日かかるところを、海は一晩でやり遂げた。
「戸田さん。これは、単純なシステム故障じゃありません。空白の開始と終了のタイミングが、複数のカメラで完全に同期しています」
「同期している、というのは」
「誰かが、一つの命令で、複数のシステムのログを同時にいじった、ということです。個別の故障なら、こんなにきれいには揃いません」
大輔は、その言葉を聞きながら、ある確信を強めていた。
――これは、素人の犯行じゃない。この街の設備を熟知している人間の仕業だ。
その"熟知している人間"の条件に、真っ先に当てはまるのは、他でもない自分自身だということに、大輔はまだ気づいていなかった。
海は、感情のない声で付け加えた。
「僕は、音のない世界で育ちました。だから、"何かが起きていないように見せかける"ことの怖さを、誰よりもよく知っています。無音は、平和の証拠じゃない。ただの、隠蔽の証拠かもしれない」
大輔は、海の横顔を見つめた。彼の年齢を考えれば、まだ二十代前半のはずだ。だが、その口調には、年齢に不釣り合いなほどの、静かな凄みがあった。
「海くん。君は、どうしてそこまで、この事件に肩入れするんだ」
海は、しばらく黙っていた。モニターの光が、彼の顔を青白く照らしている。
「僕が子どものころ、施設の避難訓練で、警報が鳴っていることに気づかなかったことがあります。人工内耳をつける前のことです。周りの子どもたちは、みんな避難していた。でも僕だけ、何が起きているかわからなくて、教室に一人、取り残されていました」
「……それで?」
「幸い、先生が気づいて、大事にはなりませんでした。でも僕はあの時から、"気づかれない"ことの怖さを、体で覚えています。この事件で消されている"音"は、たぶん、僕があの日、聞けなかった警報と、同じ種類のものです」
海は、その日の記憶を、今でも鮮明に覚えている。教室に一人取り残された数分間、彼は周囲の異変に、まったく気づけなかった。後になって、その数分間がどれほど危険なものだったかを知らされたとき、幼い海は、初めて「聞こえない」ということの意味を、恐怖として理解した。それ以来、彼は自分なりの方法で、「聞こえない代わりに、何を頼りにすればいいか」を、模索し続けてきた。数字とデータへの信頼は、その模索の末に辿り着いた、彼なりの「安全のための言語」だった。
「大輔さん。僕にとって、このログの解析は、単なる調査じゃありません。かつての自分を、今度は僕自身が、助けているような感覚があるんです」
大輔は、その言葉に、静かに頷いた。




