八 みんなを困らせた朝
天暦772年 秋
マリア7歳
今朝も、リリアは具合が悪いんだって。
私の侍女が、心配そうに言った。
マリアは、彼女の顔を見上げて、そしてちょっと俯いた。
「……リリアはいいなあ」
なんだか頭が痛い気がする。
「マリアお嬢様、」
「なあに?」
侍女がしゃがんで、目線を合わせてくれる。
大事な話をする時、皆こうしてくれる。
頭が変だ。とても痛いわけではないけど、頭が痛い気がする。
「羨ましいと言うお気持ちはわかります。お母様を取られたように感じるのも。
でも、リリアお嬢様はご病気なのですから、羨ましいと口にしてはいけませんよ。
大丈夫です。奥様も旦那様も、マリア様のことをリリア様と同じくらい愛していらっしゃいます」
「……」
本当に?
リリアと同じぐらい……?
マリアはそう聞こうとしたけれど、侍女の困った顔に口を閉じた。
代わりに、「頭が痛いの」と伝えた。
侍女と話しているうちに、はっきりと痛みが強くなっていた。
私の侍女は人伝に母を呼んで、母はすぐに来てくれた。
ところが不思議なことに、その頃には痛みは和らいで、平気になっていた。
この間と一緒だ。
部屋に入って、駆け寄ってきた母は、侍女や私に話を聞きながら、額に手を当てたり、肌を見たりした。
「……もう本当に痛くはないのね?」
「うん。前と一緒なの。変だったんだけど、すぐに治ったの」
すぐそばにある母の困り顔を見る。
「本当なんだよ。本当に痛かったの……」
母は小さくため息を吐いて、立ち上がった。
何故だか分からないけれど、私はそれにひどく傷ついて、泣きそうだった。
「……マリア。今度も変だと思った時に教えてくれる?
今日はお母様はリリアのところに戻るわね。あの子、今日は熱が高いの」
「……うん」
マリアは、体の前で、両手を握りしめながら、頷いた。
本当なのに。
……本当は気のせいなのかな?
本当は、リリアが羨ましいから、そんな気がするだけなのかもしれない。
大人の方が正しいのかもしれない。
「さあ、お嬢様。お体がもう変ではないのなら、遊びますか?それとも、横になっていますか?」
「……あそぶ」
マリアは遊びに促す侍女に、力なく頷いた。
「そうですか。遊べるのですね?
なら、今日は大人しく遊べるものにしましょうね。
積み木はどうですか?絵本をお読みしましょうか?
……お嬢様?泣いていらっしゃるのですか?」
「え?」
マリアが俯いた顔をあげて、頬に手を当てると、確かに濡れていた。
「お嬢様……。あの、明日は一緒に遊んでもらえるように、私から奥様にお願いしましょうか?」
マリアは首を横に振った。
「いいの。お母様は忙しいから」
「……」
私の侍女はなにか言いたそうな顔をしたけれど、頷いた。
「……わかりました。私には何でもお願いしてくださいね。さて、今日は何をしますか?お供いたしますよ」
マリアは侍女に絵本の読み聞かせを頼んだ。
彼女は、膝にマリアを乗せて、柔らかな声で、絵本を読み始めた。




