9話 勇者との約束
最後の魔獣討伐を終え拠点キャンプに帰還した勇者パーティーは、もう次の魔王討伐を見ているようだった。
今までとは違い帰還して早々様々な指示を言い渡される。
私たち神官もキャンプの荷物を整理したり、勇者パーティーの使う物資を整理したりあわただしく過ごした。
アーデルハイドも忙しいのか、最後の魔獣討伐が終わってからは一度も会話らしい会話はしていなかった。今までが普通ではなかったのである。
それに加え、アーデルハイドは単身隠者にもう一度会いに行くことになったようで、彼の準備の手伝いもあってより会話の暇なんてなかった。
あっという間に彼が隠者のもとに出向く前日になり、少し時間に余裕ができてきたなと過ごしていた夜。久しぶりに話がしたいとアーデルハイドに呼び出された。
準備の手伝いで彼のテントにつめていることはここ最近では珍しくなかったが、改めて話すために呼び出されるのは少し変な気分である。
以前彼の笑顔を見た時から、遠かった彼が本当に近くなったように錯覚してしまって…。
よくない状態なのである。
「明日は隠者のもとに赴くのですよね。早くお休みになった方がいいのではないですか?」
気遣い半分、距離を置きたい半分でそう声をかける。
そんな私の様子には気づかず、アーデルハイドは少し緊張した様子で話し始めた。
「…ニコル、君にはとても感謝している。君がいなかったら俺は魔王討伐を続ける意味を見失っていたと思う。こうして話すようになったのは偶然の産物だが、…俺はこの縁を大事にしていきたい。だから一つ約束をしないか?」
「約束ですか?」
「ああ。魔王を討伐したら、君に恩返しをすると約束する。だから、魔王を討伐して国に帰ったら、また俺と話してくれないか?そこで君の望みを聞かせて欲しい。どんな望みも、俺の叶えられるものなら叶えてみせる」
アーデルハイドの言葉を素直に喜ぶべきなんだろう。
私みたいな下っ端神官にここまで心を砕いてくれるなんて…と。
でも、約束を望む彼の姿が、孤児院で私に約束を残して去って行った彼の姿を思い起こさせた。
――ここでの約束はきっと叶わない約束だ。
アーデルハイドは本気かもしれないが、きっと叶わないものになる。
そんな風に思っているのを気取られたくなくて、笑顔を張り付けてお礼を言った。
「ありがとうございますアーデルハイド様。そのお心だけで十分嬉しいです。私からあなたに何かを望むなんて…恐れ多くてできそうにありません」
「恐れ多いなんて思わないで欲しいが、やはりそれは難しいか?」
「…わたくしは本来アーデルハイド様と目を見て話すこともない立場の者ですので」
孤児上がりの神官なんて、本当に神殿でも下っ端なのだ。
私は偶然回復魔法を多少使えたのと、多くの上級神官たちは貴族出身の者が多く、私の勤める神殿の上級神官が死の危険が伴う魔王討伐の旅に参加するのを恐れた結果、押し付けられる形でここにいるのだ。
神殿に戻れば上流貴族や、まして勇者などの関わる神事になど参加もできない神官に戻るだけ。
子供の頃と同じである。
「…君の迷惑にはなりたくない。…なら、今思いつく望みを聞かせてくれないか?俺と会うのが難しいというなら、望みだけでも知っておきたい」
望みなんてわからない。
彼に、ということではない。私は自分の人生において誰かに何かを望んだことがほとんどないのだ。
明確に思い出せるのは、子供の頃にアーデルハイドと約束したチビたちのお世話くらい。
それすら叶えられはしなかったけど。
「…でしたら、魔王討伐が成されたら、神殿の世話している孤児たちに会い行ってあげてください。それで、ほんの少しでもいいので遊んであげてください。きっととても喜ぶと思います」
彼に孤児たちとのことを願ったのは、子供の頃の叶えられなかった願いを間接的にでも叶えたかったのかもしれない。
少し目を見開いたアーデルハイドは、すぐに表情を笑みに変えてこの約束を受け入れてくれた。
そんな彼の姿を見て、今度こそ…私が見届けられなくても、願いが叶ったらいいなと夢見るくらいは自分に許してもいいかと思った。
だが、おそらくこの約束も果たされたりはしない。
アーデルハイドが隠者のもとに向かうのを拠点キャンプのみなで見送った数刻後、聖女ジェシカのテントに呼び出された。
彼女のテントに入るなりこれまでの聖女の皮を完全に脱ぎ捨てて一方的にまくし立てられた。
「昨日のアーデルハイドとのやり取りを聞きましたよ…、あなたはなんて厚かましい人間なんでしょう!神官ふぜいが勇者であるアーデルハイドに何かを望むだなんて!彼が許したとしても私が許しません!貴方なと彼の隣に立つこともおこがましい!ましてやこの旅が終わった後も話すですって⁉そんなの許されるはずがありません!」
盗み聞きしていたのか、昨日の私とアーデルハイドのやり取りについてとにかく激怒していた。よくは思われていないだろうと思っていたが、まさか皆に聖女とあがめられる人がここまでの激情を隠しもせずにこちらにぶつけてくる。
「あのような言葉を彼からうけるのは、私のような女こそ相応しいのです!何でも一つ願いを叶えるなんて…!話を聞く程度、私にだってできるのに!受け止めるとお伝えしたのに!なぜ…なぜこの女なのですアーデルハイド!」
自分でも気が付いていないのか、聖女ジェシカからもれ出した聖女特有の力『神気』が、テント全体を激しく振動させ始めた。
「何事ですジェシカ!神気を抑えなさい!!」
何事かと聖女ジェシカのテントに飛び込んできた賢者ルカが彼女に呼びかけるが、彼の言葉にいっそう腹が立ったのか聖女ジェシカの神気がより膨れ上がった。
「うるさい!!!!!!!!」
強烈な光の後、体が吹き飛ぶような衝撃を感じた。
視界が明滅して自分の状態がわからない。
「おい!君!しっかりしろ!!ジェシカ早く彼女を治療するんだ!」
「嫌よ!そんな女死んでも問題ないでしょう⁉ルカまでその女の方がいいのですか!」
「君は何を言ってるんだ⁉それでも聖女か!この事態をアーデルハイドになんと説明するつもりなんだ!」
意識が遠くなっていく。
こんな状態になって気が付く。
自分は…もうとっくにアーデルハイドの事が好きになっていたんだと。
存在が遠すぎて、好きになってもこんな面倒ごとに巻き込まれるだけなのに。
本当にバカみたいだ。
瞼の裏に一瞬アーデルハイドの笑顔が浮かび、私の意識とともに消えていった。
その後、隠者のもとから帰還したアーデルハイドに神官ニコルが瀕死の重傷をおったと伝えられた。
キャンプのはずれで魔物に襲われ、気が付いた時には虫の息だったこと。
体の傷は聖女ジェシカが癒したが心臓が止まったままだったこと、この場ではこれ以上の治療が難しいため大魔導士ルルが彼女の体を氷漬けにして現状維持していること。
まだ希望はある。彼女を救うためにも魔王を早く討伐する必要があること。
顔色を真っ青にした賢者ルカが、アーデルハイドにそれらすべてを伝え、ニコルの安置されているテントに案内した。
その後アーデルハイドは魔王討伐出立ギリギリまで、氷漬けにされた神官ニコルの傍を離れようとはしなかった。




