8話 最後の魔獣討伐(賢者ルカ視点)
賢者ルカ視点のお話になります。
賢者ルカは思い悩んでいた。
拠点キャンプの中の自分のテント内で、ずっと考え続けていた。
――どうしたらアーデルハイドが討伐をやる気になるのだろう…と。
前回の魔獣討伐での彼の言動を思い出す。
彼はなぜあの下っ端神官にあそこまでこだわるのか。
彼が言うように私たちの死の可能性を直接本人に伝えるのは気が引けているのだろうとは思っていた。 だからこそ聖女ジェシカの言葉と私たちの決意の言葉で、彼の気持ちを和らげようとしたのだ。
私たちは自分の死の可能性に向き合うと。一人で抱えなくていいと。我々は魔王討伐の仲間なのだから。
しかし結果は期待とは真逆であった。
おそらく私たちには、この度始まって以来の亀裂ができてしまっている。
「あの神官のおかげで討伐が進んでいる面もありますが…厄介な存在ですね」
あの神官個人には何の思い入れもないが、アーデルハイドへ与える影響が無視できないレベルなのは疑いようもない事実だった。
アーデルハイドはこの討伐の旅の要なのだ。…いや、それだけではない。
彼は魔王討伐後の人類にとっても必要な人材なのだ。
容姿、能力、人格、どれをとっても素晴らしく足りないのは血筋くらいなもので、王家の分家筋である聖女ジェシカの彼への様子を見ると、旅の後は末端とはいえ王家の一員になる可能性すらある。
そんな栄光が目の前にあるのに、なぜ聖女ジェシカではなくあの神官と仲を深めるような行動をするのか。
互いに命を預けあっている仲間のジェシカではなく、ただ拠点キャンプで待機しているだけの神官なのに…。
いくら思考を巡らせても全くアーデルハイドを理解できないと途方にくれていると、今まさに考えていた男の声がテントの外から聞こえた。
「ルカ、いるか?悪いが少し話せないか?」
私と…話がしたい?
やっとあの神官でなく、仲間を頼る気になってくれたのか?
私はアーデルハイドの訪問を歓迎した。
彼の方から距離を縮めてくれようとしているなら歩み寄りが必要だ。
あの神官の事で思うところはあるが、そこは大目に見るべきだろう。
「アーデルハイド…君から話しに来てくれて嬉しいよ。前回の討伐の時、私たちは君を怒らせた…そうだろ?あの神官との間の事に色々言い過ぎたから」
「別に怒ってはいない。ただあそこであれ以上ニコルの件で君たちと話す必要を感じなかっただけだ」
「そうか…、じゃあ今日は?討伐の相談か?必要ならビアンカとルルを呼ぶが」
「必要ない。君から二人に伝えてくれればいい。…次の魔獣討伐は、隠者の見せる未来でほぼ完ぺきに近い確率で勝利できる。だが魔王の討伐の未来は複雑ではっきりは見えなかったんだ」
なるほど。
確かにアーデルハイドが隠者から未来を見せてもらってからしばらく時間がたっている。
どんな風に未来を見せてくれるのかは知らないが、時間とともに記憶は薄れるものだし、その意味でも不明瞭なのかもしれない。
「それで、君はどうしたいんだ?」
「次の魔獣を討伐したら、丁度前回隠者に力を借りてからひと月くらいになる。魔王討伐の前に、俺にもう一度彼女の協力で未来を見直させてほしい」
確かに…それが一番安全な対策かもしれない。
彼の提案に反対する理由がない。それに…単純にアーデルハイドが私に相談に来てくれて、こうしたいと討伐への意志を聞かせてくれたのが嬉しかった。
「賛成だアーデルハイド。私も魔王討伐前にもう一度未来を確認したほうがいいと思う。ジェシカとルルには私から伝える…でいいか?それとも後で話し合いでもするか?」
「君に任せる。俺が伝えるより君が話した方がいいだろう。…ジェシカは俺とニコルの関係に思うところがあるようだしな」
ニコル…あの神官の名前か。
確かにアーデルハイドとジェシカが話したら、話が彼女の事に脱線するかもしれないな。
「わかった、私に任せてくれ。…君が俺を頼ってくれて嬉しいよ。共に魔王討伐を成し遂げような」
「ああ、よろしく頼む」
テントを去る彼の背中を見送る私の気持ちはかなり上向いていた。
やはり、アーデルハイドはみなに必要な男なのだ。
ジェシカとの関係は気になるが…それは当人たちに任せる方がいいのかもしれない。
この旅が終わるまで、アーデルハイドを支え切って見せよう。
賢者として、改めて身を引き締めた。
――この話し合いから三日後、勇者パーティーは最後の魔獣討伐結構を拠点キャンプの面々に宣言し、出立した。
◇◆ ◇
魔王の治める地の南側に、底なしの沼に住む大蛇の魔獣が住んでいた。
その頭部は二つに枝分かれしており、右は炎、左は氷の息を吐く。時には炎、時には氷で獲物を翻弄し、弱ったところを沼に引き釣り込丸のみにするのだ。
沼の底には、この魔獣に捕食された様々な生き物の骨がうず高く…まるで地層のように積みあがっているという。
そんな大蛇の餌場に、四人の人間が足を踏み入れた。
彼らは何故か餌場の主より沼の事を理解しているような立ち回りで、あっという間に沼の主である大蛇のもとにたどり着いた。
大蛇の魔獣は彼らの接近に気が付かず、近頃餌をたべていないなと空腹を抱えながら呑気に過ごしていた。
その状態を知っていたのか、賢者がそっと大蛇に幻術をかけた。
幻術により、自分の尾っぽを餌と勘違いした大蛇は、自信の尾っぽに炎と氷で襲い掛かった。自身で自身の体を傷つけ疲労し、更に空腹が増し、更に自身を傷つけついには自分を食らい始めた。
最後には二つの頭部だけ残り…。
――底なし沼の餌場の主は、沼底の骨の山の頂上で、骨の地層の最後の1ピースになった。




