10話 魔王討伐(大魔導士ルル視点)
大魔導士ルル視点のお話になります。
大魔導士ルルは憔悴していた。
ただ魔王を討伐しに来ただけなのに…なぜこんな事に巻き込まれているんだと憔悴していた。
現在は拠点キャンプを出立し、いよいよ魔王討伐の道中。
ルルたちを見送る拠点キャンプの面々の、隠しきれない疑念の視線を思い出し更に動悸がおかしくなりそうだった。
だというのに、隣を歩く聖女の機嫌の良いこと…。
お前があの神官を衝動的に殺すから!こっちは変な偽装に加担しなくちゃいけなくなったんだぞ!なんでご機嫌なんだ!賢者ルカもルカだ!こんな穴だらけの偽装がアーデルハイドにバレたらどうするんだ!あー!本当は魔導だけやっていたいのになんでこんな事になるんだ!
許されるなら聖女ジェシカを罵倒したい。
ルルを巻き込んだ賢者ルカを罵りたい。
でも、魔王討伐はアーデルハイドなしでは無理なのは事実だ。
人類の未来のために、この秘密は魔王が討伐されるまで絶対守り通さねばならない。
拠点キャンプを出てからアーデルハイドは無言を貫き、物凄いスピードで魔王のいる城に向かっている。
隠者の力によって未来を見直した彼には、既に魔王討伐のビジョンが見えているんだろう。
神官ニコルを聖女ジェシカが殺してしまった時、まず話し合われたのはこの事実をアーデルハイドに伝えるかという事だった。
ルルは素直に伝えるべきと思ったが、これは賢者ルカと聖女ジェシカが猛反対した。
賢者ルカは魔王討伐に影響するという理由で、聖女ジェシカはアーデルハイドに嫌われるのが嫌という理由だった。
では死んだことは伝えるのか、というのは賢者ルカが反対した。これもアーデルハイドの精神状態を思ってという理由。
ならばと死んだことを偽装し、まだ生きているように見せかけた神官ニコルの死体が完成した段階で、次の懸念を賢者ルカが言い出したのだ。
――もしすでにアーデルハイドが隠者に出会って未来をみていたら、この偽装を知る可能性がある、と。
そんな事がもし起こったら勇者パーティーはおしまいだ。
信頼も何もない。
あまりにアーデルハイドに不誠実すぎる。
ふと、以前ジェシカがアーデルハイドに「一緒に未来を背負う」と伝えた時の事を思い出した。彼はジェシカやルルたちの提案にのることはなく、こう返してきたんだ。
『…君たちは本当に、俺の気持ちには興味がないんだな』…と。
そんなつもりはなかったし、彼のセリフに当時は心外だと正直イラつきもした。しかし、今のこの状況を思えば、あながち間違った言葉じゃなかったのかもしれない。
そもそもあの段階で、もしかしたらアーデルハイドはこの未来を見ていた可能性はないのか?だからあの時あんな返事をよこしたんじゃないのか?
賢者ルカの見立てでは「そもそもこの未来を知っていたらアーデルハイドが放置しない。だからその可能性はないのでは」と言っていたが…。じゃあ彼の見た未来のルルたちが何かしてしまったんじゃないのか?
だからあれほど勇者パーティーの仲間であるはずなのに、未来を語ろうとしなかったのではないか?
どんどん暗い思考に陥っているルルとは対照的に、聖女ジェシカは前を進むアーデルハイドに駆け寄り、自身の腕を彼の腕に絡めだした。
ルルはあまりのジェシカのこの場にそぐわない行動に硬直した。
賢者ルカもたまりかねたのか声を上げて彼女をアーデルハイドから引きはがそうとした。
「ジェシカ!何をしているんです!ピクニックに行くんじゃないんですよ⁉周囲を警戒しつつしっかり一人で歩きなさい!魔王討伐の道中なんですよ⁉」
「ピクニックじゃないなんてわかっています。…それに魔王討伐の道中だから、アーデルハイドとこの距離で話したいことがあるのです」
上目遣いでアーデルハイドを見た聖女ジェシカは、アーデルハイドの視線が自分を向いていないのも構わず話続けた。
「アーデルハイド…この旅が終わったら、私と結婚してください」
あまりのジェシカの自分勝手さに、ルルは絶句した。
賢者ルカも同じ気持ちなのか、青白くなっていた顔がもはや紙のように真っ白になっている。
「…今は先の事は一切考えられない。ニコルを救う手立てを探したいんだ」
「私と結婚していても手立てを探すことはできます。むしろ聖女である私の伝手を伴侶になったあなたも使えるようになるのです。治療を優先するなら一番の近道だと思いますよ?」
ルルはこの時、明確にジェシカを軽蔑した。
自分であの神官を殺したのに、救う手立てなどないと知っているのに、あまりにも悪魔的な言動だ。
――でも、そんな彼女の思惑に、不本意とはいえルルも加担してしまっているのだ。
「…考えておく」
アーデルハイドの前向きとも取れる答えにジェシカか嬉しそうにほほ笑んだ。
一方のルルとルカはあまりの罪悪感に二人から視線を逸らす。
…今は魔王討伐の事だけ考えよう。
今この場では、何一つ解決しないのだから。
魔王を討伐して、少し休んで落ち着いたら、アーデルハイドと向き合おう。
――向き合える未来が、残されていると信じて。
◇ ◆ ◇
魔王の治める地の中央、黒黒と輝く大きな城に二本の立派な角をはやした雄山羊の顔を持ち、人間の体と大きな黒い翼を持つ魔王が住んでいた。
あらゆる闇の魔導に通じた強大な闇の魔力そのものとも呼べるその存在は、この世の理から逸脱しているように見えた。
この世に存在する魔力がある一定量邪悪に染まる時、その魔力が凝縮し固まって生まれるのが魔王なのだという。
魔王を討伐する事で魔力は浄化され、世界はまた正しいバランスを取り戻すのだ。
そんな魔王の城に、四人の人間が足を踏み入れた。
抗う事さえ許されないと思わせる闇の波動が四人を襲った。
しかし、一人前に躍り出た男により波動は霧散する。
闇を払う斬撃。その力を振るうことの出来る尊き者を、人々は勇者と呼ぶのだ。
仲間の三人の援護を受け、勇者は魔王へと挑みかかる。
踊るように魔王の攻撃を回避し、時にはいなし、確実に距離を詰めていく。
ひときわ大きな咆哮を上げ、魔王が魔法での攻撃を捨て、勇者に襲い掛かった時。
剣ではなくその腕を勇者は魔王の胸に突き出し、何かを引き抜いた。
次の瞬間、闇は光を放ちながら強い衝撃を伴って爆散した。
――かくして、人類は平和を取り戻したのである。




