5話 二回目の相談
勇者パーティーが魔獣討伐に向かってから4日。
拠点キャンプの警備をしていた騎士たちの歓声が隠者の森に響き渡った。
「勇者様たちがお戻りになったぞ!!魔獣を打ち取って全員無事に戻られた!!」
食事の支度をしていた私たち神官もにわかに色めき立った。
「ニコル!お出迎えに行こう!」
返事を待たずローズが私の手をつかみざわめきの中に進んでいく。
人ごみの中心には、全身煤まみれの、しかし堂々とした佇まいの勇者パーティー四人がいた。
魔獣討伐を祝福する声ににこやかにこたえる賢者様と聖女様、大魔導士様に対しアーデルハイドは無表情でその場にたたずんでいた。
――全然嬉しそうじゃない。
強い魔獣を倒したのにあの様子なんて…いったいどんな未来を見たの?と動揺していると、不意にアーデルハイドと目があった。
彼の剃刀色の瞳が一瞬見開かれ、ピタリと私に固定される。
無言でこちらに向かってくるアーデルハイド。
周囲の動揺を無視し、私の手をつかみそのままどこかへ向かおうとする彼に賢者ルカ様が慌てたように声をかけた。
「アーデルハイド!討伐から帰ったばかりだぞ!彼女と話すのはあとでいいだろ!」
「…帰ったばかりだからだ。情報を整理したい」
「それなら私たちと整理したらいい、彼女は討伐に参加しないだろ!戦いの事を話されても彼女も迷惑…」
「君たちは俺の見た未来に多く出てきすぎる。 君らだって自分の未来を語られて冷静でいられるのか?それが自分の死でも?」
賢者ルカの言葉に被せるようなアーデルハイドの強い言葉に、あたりがシンとなった。
彼の言葉を受けた勇者パーティーの面々も言葉を返しあぐねているようだった。
「…二人で話をさせてくれ。他の人間は必要ない」
アーデルハイドに引きずられるように連れていかれながら、なるほど…と私はちょっと納得していた。
確かに未来を見た相手に直接その話をするのは気が引ける。いい未来ならまだいいが、今の状況的にそれは難しいだろう。だからたまたまあの夜目に止まった下っ端の私に話すことで頭を整理したわけだ。つまり、パーティーの皆様に話さないのはアーデルハイドの気遣い。思いやりである。
これなら聖女様の懸念も晴れるだろう!と彼女の方をちらりと見ると…。
黄金色の美しいはずの聖女様の瞳が、ひどく暗い色でこちらを見つめていた。
――あ、これがっつり面倒なやつだ。
アーデルハイドに連れてこられたのは、最初に話を聞いた水場だった。
以前と同じ場所に腰を下ろすと、彼は空に魔力を展開する。
「防音結界と空間遮断結界を使った。この水場付近の音は周囲には漏れないし誰も近寄れない」
あまりの徹底ぶりに驚いているこちらをよそに、討伐でついた汚れも落とさずアーデルハイドは話始めた。
「今回の討伐…隠者の見せた未来の中で一番いい未来を選んで進んだ」
「隠者の見せる未来は単一ではない。複数の可能性が生まれるような状況になると、そのすべてがうっすらと同時に進んで見えるんだ」
「今回の魔獣…嵐の魔獣の討伐では大魔導士のルルが死ぬ可能性があった。魔獣と出合い頭に殺されることもあったし、物陰に隠れるのが遅れて粉みじんになった時もあった」
「彼女を失えば残りのメンバーも五体満足で生き残る事は難しかった。…いい未来を選び取れて安堵している。」
彼はここまで一気に語ると、ふらりとした足取りで水場に向かい水で全身の煤を落とし始めた。
鎧を脱げばいいのに、それすら待てないといった風に桶に水を汲み頭からかぶる。なんどかそれを繰り返した彼は、ようやく少し肩の力が抜けたようだった。
アーデルハイドのその張り詰めた様子に、賢者ルカにかけた「自分の未来を語られて冷静でいられるのか?」という言葉を思い出した。
きっとアーデルハイドは彼の見た未来を、本当に私以外に話してないのだろう。…でもそれはいくらなんでも負担が大きすぎるんじゃないか?
「…あなただけがすべてを把握して討伐を進めるのは、お辛くはないですか?未来のお話は、皆様にお話しなさる気はないようですが…」
気が付けはそんな言葉が口からこぼれていた。
私の問いにアーデルハイドが振り向きこちらをじっと見つめてきた。
何か考えを巡らせているのか、長い沈黙が続く。
思い切るようにもう一度水桶の水を頭からかぶり、アーデルハイドは語り始めた。
「皆の命を背負っているという重みはとても感じる。だが…君が心配してくれているような辛さとは少し違うと思う。元々四体の強力魔獣の討伐はそんなに問題とは思っていないんだ。…問題は…」
「…その先、ですか?」
「…」
返事はなかったが、その反応で十分だった。魔王討伐でなにかあるの?それともその先…?
彼の見た未来に思いを巡らせていると、アーデルハイドとは思えない小さな声でこちらに尋ねてきた。
「ニコル…君は…幸せとは何だと思う?」
「幸せですか?」
「ああ…。魔王が討伐されて、未来に憂いがなくなったらそれで皆幸せなのだろうか。俺は…何のために魔王を倒すんだろうか……。俺の幸せは、皆の幸せなんだろうか…」
なんだか魔王討伐の話のはずなのに、物凄く個人的な話をされているような気がする。
こんな魔物に囲まれた森の中で幸福論の話になるとは…。
でも短い期間ではあるが彼の話を聞いていて、この質問が一番真剣なものに聞こえた。私に聞くのは大いに間違っているとは思うが、誠実にこたえたいと思った。
「私の考えですが、アーデルハイド様の幸せはアーデルハイド様の幸せだと思います。皆がもし不幸と思っていてもアーデルハイド様が満足しているなら、それはアーデルハイド様にとっては正解なんじゃないかと私は思います。下っ端神官としては皆を思いやってくださるとうれしいですが」
苦笑交じりにそう答えると、彼の剃刀色の瞳が驚いたように見開かれた。
「…ルカたちはそうは言わないだろうな。力を持つものは持たざる者を導く責任がある。持たざる者は力あるものを支え、持つ者の後に従うものである。…というのが上流階級の基本的な考え方だからな。俺の立場のような人間が俺個人の幸せを考えるなんて、と叱られそうだ」
そう返してきたアーデルハイドの表情は、先ほどより少し緩んでいる気がした。
私の方はというと、彼のその返事の仕方に同じ孤児院で過ごした時間を思った。
今がいくら立派な民を導く立場の人間だとしても、やはり始まりは同じ孤児としての人生だったのだ。
私たちのいた孤児院の院長は悪い人ではなかった。でも、決していい人でもなかった。
慈善事業として孤児院を経営していた領主一族にやとわれた仕事人で、孤児を教え導く人というより『管理』している人だった。
ぐずって泣いている子供は黙れうるさいと物置に閉じ込めたし、子供同士の人間関係やもめ事には当たり前だが無関心だった。院長にとって大事なのは院のルールを守る事。起床から就寝まで決められた時間に毎日を過ごし、孤児たちの正しい生活は院長に手間をかけない、決まった型を逸脱しない生活だった。逸脱すれば罰が与えられる。逸脱を防げなかった周りの子時も罰を与えられた。だから私たち孤児は互いの面倒をみあっていたのだ。
その生活が孤児としての持たざる者が力あるものを支えるための生活だったのかもしれないが、あの頃の私たちは「力を持つ者の持たざる者の導き」なんて高尚なもの微塵も感じていなかった。ただ都合のいいように管理されていただけ。正直ルカ様のおっしゃる高尚なお考えは下っ端の私の人生にはこれっぽっちも響かないし、一体どれだけの上流階級の人間がそんな事本気にして生きているのかと思ってしまう。
もし、アーデルハイドにも同じような思いがあるとしたら。
自分とは立場も違ってしまった、遠くにいってしまったはずの彼を、少し近く感じた気がした。
「アーデルハイド様がどんなお心で魔王討伐をしても、成そうとしている事の素晴らしさは変わりません」
「え?」
彼を安心させたくて、意識してやわらかい笑顔を浮かべながら話した。
「もしルカ様に叱られているアーデルハイド様を見かけたら、私はアーデルハイド様の味方をしようと思います」
あくまでタラレバの話だ。おそらくアーデルハイドはルカ様の前ではこんな話をしたりしない。
でもなんとなく伝えておこうと思った。
私の言葉に特に返事はなく、ただじっとアーデルハイドはこちらを見続けていた。
変な事をいっただろうかと気まずさを感じ視線を地面に固定していると、不意に手に水にぬれた冷たい感触が伝わる。
水の温度が人肌になるまで、アーデルハイドは私の手を握り続けていた。
一体この間に彼がどんな思いを巡らせていたのか、私にはわからない。
次の魔獣討伐の前、アーデルハイドを除いた勇者パーティーのお三方に呼び出された私はとんでもない事を命じられた。
「次の魔獣討伐が成功したら、今後は君と同じテントで過ごしたいとアーデルハイドが望んでいる。もちろん神官である君に不純な行為を強要するものではない。…傍仕えみたいなものだ。彼から直接君にこのことを伝えるのは、色々問題だと判断し私から伝えさせてもらった。人類の未来のために、君のやるべき使命ととらえて厳粛にアーデルハイドに仕えて欲しい」
硬い表情のルカ様の言葉。続けていかにも張り付けた笑顔で聖女様も私に命じた。
「あなたも末端とはいえ神に仕える神官です。くれぐれもアーデルハイド様に懸想などせぬよう。わかりましたね」
早速叱られているアーデルハイドの味方をするという発言を取り消したくなったのは言うまでもない。




