2話 下っ端神官の昔話
アーデルハイドは覚えていないだろうが、私と彼は同じ孤児院出身の孤児だった。
特別仲が良かったというわけではなかったが、普通に日常会話はしていたと思う。
記憶にある彼は今と変わらず、どこか浮世離れした人間だった。
白金の髪に剃刀色の瞳。子供なのに利発で理路整然としていて、何事にも公正で、スキがない。常に表情の動かない、まるで作り物のよう。
端正な容姿はおませな女の子たちには人気ではあったが、本人があまり人と話すタイプでないこともあり、孤児院のチビたちは彼を怖がってあまり近づきたがらなかった。
孤児院には、年長者は年少者の面倒を見るという暗黙のルールがあった。
アーデルハイドが最後に院にいた時期は上の年の子たちがどんどんもらわれていったり独り立ちしたりして、私とアーデルハイドの二人が最年長者だったのもあって、自然と私は彼の分まで下の子たちの面倒を見ないといけなかった。
…あの日。
アーデルハイドが今の家族である貴族と初めて面会した日に、彼はちょっと申し訳なさそうな顔で私に言った。
「ニコル…いつもごめん。今日は昼から院長に呼び出されてるから、それが終わったら俺がチビたちの面倒見るよ。お昼を食べたら裏の丘の上でチビたちと待ってて」
アーデルハイドの気遣いが嬉しかった。
当時の私はチビたちと日が暮れるまで丘の上で彼を待った。
でも…結局アーデルハイドは来ることはなく、帰りが遅くなった私とチビたちは院長にこってりとしかられた。夕飯まで抜きにされた。
内心物凄いムカついた。アーデルハイドが約束をやぶったせいなのにって。
院長の怒鳴り声を聞きながらちらっとアーデルハイドを目で探すと、応接室の奥で仕立て屋に採寸されている彼が見えた。
孤児には豪華すぎる生地をあてられ、どんどん豪華な服を着せられ、生まれながらの貴族みたいな近づきがたい空気をまとっているアーデルハイド。
それが、孤児院でみた彼の最後の姿だった――。
その後私は誰にも引き取られることはなく、教会に入って神官になった。
そこでぽつぽつと神童の噂を聞きくようになり、後にそれがアーデルハイドの事だとわかった時思ったのだ。
元々私とアーデルハイドは住む世界が違うんだ…って。
子供の頃、同じ孤児院にいたのが何かの間違いだったんだ。
彼がチビたちの面倒を見るはずもなかった。
アーデルハイドが勇者とわかり世間が大騒ぎになった時、スッキリとした納得感があった。
貴族の子供になれたアーデルハイド。
誰にももらわれず、神官になった私。
チビたちのお世話をして夕飯を抜かれた私と、いい服を仕立ててもらっていたアーデルハイド。
こんな小さな刺なんて、どうでもいいものだったんだと思えた。
何故か勇者パーティーの支援部隊に抜擢されてしまったが、自分に改めて言い聞かせた。
アーデルハイドは私とは住む世界が違う。
孤児院が同じだったのはただの偶然。なかった事くらいの扱いでいい。
住む世界の違う人たちの考えは多分わからない。起こる出来事も予測不能。だから与えられた目の前の仕事をこなすことに集中しよう。
だって魔王の討伐なんて世界の命運、私ごときには背負えない。
背負えるのは、あの浮世離れしたアーデルハイドや聖女様や賢者様、大魔導士様くらい。
実際普通の人間は弱すぎて魔王の前に立つこともできないんだから。
私たち後方支援の人間の出来る事と言えば周辺の民の避難を助けたり、軽いけがを治療したり、炊き出しをしたり、勇者パーティーの旅を支える事しかないのだ。
…だから正直、アーデルハイドが旅をやめる選択をするなんて想定もしていなかった。
多分私だけじゃない、この旅をしていた誰もが想像してなかったと思う。
あのアーデルハイドが後ろ向きな選択をするなんてよほどの未来を見たに違いない。
一人にしてくれと森の奥に消えたアーデルハイドを、勇者パーティーも後方支援の私たちも暗澹たる思いで待つしかなかった。




