第四話 夜空の戦場
三日目の夕刻、丘の向こうから、地響きが聞こえた。
リオンは、貯蔵庫から出て、村の中央広場に立った。一日と一晩で作った、新しい玉と、貯蔵庫に残っていた玉、すべてを、布袋に詰めていた。
三寸玉、十二発――うち四発は師匠の遺した玉、八発はリオンが新たに作った玉。紫の玉、一発。
計、十三発。
五百人を、相手にする。
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シレーヌが、空中から、降りてきた。
「リオン、敵、見えたわよ」
「数は」
「五百、と聞いてたけど、もうちょっと多いかも。六百、七百」
「……」
「軍勢の真ん中に、何かいる。たぶん、魔王軍の将軍クラス」
「鎧の色は」
「紫」
リオンの手が、止まった。紫は、魔王軍の四天王のうちの誰か、を意味する色。
「……四天王が、来てる、ってことですか」
「そうみたいね」
シレーヌの声は、いつもより、低かった。
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軍勢が、丘を越えてきた。
黒い装束の歩兵、五百。騎兵、百。そして、その真ん中に、紫の鎧の、巨大な男。身長、三メートル。両手に、二振りの大剣。背中に、闇色の翼。
魔王軍四天王、紫翼のジェラルド。
リオンは、知らなかった。けれど、シレーヌが教えてくれた。
「リオン」
イグニスが、隣に降り立った。
「俺たち三柱で、四天王と、軍勢、両方を相手にすんのは、無理だ」
「分かってます」
「……どうする」
「先に、軍勢を片付けます。十二発で」
「十二発で五百は、計算合わねえぞ」
「合わせます」
リオンは、最初の三寸玉を、筒に込めた。火縄、点火、打ち上げ。
ぱっ。
紅の牡丹。イグニスが、紅蓮の剣を、振った。一閃で、二十人。
ぱっ。
青の菊。シレーヌが、青い水で、五十人を凍らせた。
ぱっ。
金の柳。フラゴルが、金の雷で、三十人を弾き飛ばした。
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一発につき、平均して、三十人を倒した。
十二発、終了時点で、軍勢は、二百人ほどに減っていた。
けれど、玉は、もう、一発しか残っていない。紫の玉、一発。
そして、四天王ジェラルドは、まだ、無傷だった。
「リオン!」
ジェラルドが、地面を蹴った。三メートルの巨体が、空を飛んだ。背中の闇色の翼が、広げられた。
ジェラルドが、リオンの真上から、二振りの大剣を、振り下ろした。
「シレーヌさん!」
「無理よリオン、間に合わない!」
シレーヌの青い水が、ジェラルドの足を絡めようとした。けれど、ジェラルドの翼が、水を吹き飛ばした。イグニスが、剣を構えた。けれど、ジェラルドの大剣が、イグニスの剣を、二つに折った。フラゴルが、雷を放った。けれど、ジェラルドの翼が、雷を反射した。
三柱の精霊が、ジェラルドの一撃で、地面に叩き伏せられた。
「――リオン」
イグニスの声が、震えていた。
「逃げろ」
「逃げません」
「お前一人なら、逃げられる」
「逃げません」
リオンは、紫の玉に、手を伸ばした。
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「やめろ、ガキ」
イグニスが、叫んだ。
「死ぬぞ、それを打ったら」
「分かってます」
「やめろっつってんだよ‼︎」
イグニスが、地面から、立ち上がった。折れた剣を、捨てて、素手で、ジェラルドに向かおうとした。
「イグニスさん」
リオンは、紫の玉を、握りしめた。
「ありがとうございました」
「ガキ‼︎」
「俺、煙火師なので。打つことしか、できないので」
ジェラルドの大剣が、リオンに、振り下ろされた。
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「――待ちなさい、リオン‼︎」
シレーヌが、空中で、両腕を広げた。青い水が、ジェラルドの大剣を、受け止めた。
「シレーヌさん」
「リオン、よく聞いて」
シレーヌの体が、震えていた。
「私たち三柱、力を、一つにできる」
「え?」
「同時契約者は、滅多にいない。だから、滅多にやらない技だけど――三柱の力を一点に集めれば、四天王くらい、なんとかなる」
「でも、それは」
「私たち三柱の魂を、一発の玉に、込めるの」
「……」
「私たちは、消える。けれど、リオンは、生きる。紫の玉は、打たなくていい」
リオンの手が、紫の玉から、離れた。
「みなさん、消えるって」
「すぐ戻ってこれるわ。次に呼ばれるまで、五十年くらい眠るだけ」
シレーヌが、笑った。
「五十年か、リオン。次にあんたが私を呼ぶ頃には、あんたはおじいちゃんね」
「シレーヌさん」
「玉を、作りなさい。三柱の精霊の魂を、込められる玉。配合帳の、どこかに書いてあるはず」
リオンは、配合帳を、必死にめくった。
――三柱の魂を込める玉。――三連同心。――三発の玉を、一つの筒に重ねて込め、同時に打ち上げる。空中で三色が同心円を描き、その中心に、契約精霊の力が集約される。
「ありました!」
「すぐ作って、リオン」
「……でも、玉は、もう、ない」
「あるじゃない。三寸玉が、ジェラルドに当たらなかった分、残ってる」
リオンは、足元を見た。そう、軍勢に当てた十二発のうち、ジェラルドに防がれた最後の三発が、不発のまま、地面に転がっていた。
リオンは、それを拾った。三発を、一つの筒に、重ねて込めた。
「シレーヌさん、イグニスさん、フラゴルさん」
「なに」
「ありがとうございました」
「お礼は、五十年後に」
シレーヌが、ウインクをした。イグニスが、ちょっと笑った。フラゴルが、初めて、深く頷いた。
「リオン」
フラゴルが、初めて、長く話した。
「お前は、いい煙火師になる。師匠が、自慢できる弟子だ」
三柱の精霊が、青、紅、金の光になって、筒の中の三発の玉に、吸い込まれていった。
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リオンは、火縄を、点けた。三発の玉が、同時に、空へ昇っていった。
ひゅうううう――。
ジェラルドが、空を見上げた。シレーヌの青い水を、振り払って、二振りの大剣を、空に向けた。
けれど、もう、遅かった。




